側にいたい
side オルベルト(社長)
少しだけR15です。お気をつけ下さい。
多くの成人男性が着ているスーツを真似て着ていると周囲が振り返る。特に女どものチラチラ窺う視線が鬱陶しい。あまり目立ちたくないため不本意だが猫になって探していた。
異界渡りをして2日目、魔力の消耗が激しく身体が鉛のように重い。常に探知魔術を張り巡らせている。また猫の姿の方が術を施す面積が少ない上、万が一見つかった時猫なら即座に逃げられるので姿眩ましの魔術で姿を見られないようにした。そして日々の激務もあり疲れがピークに達し目も開けるのも億劫になってきた。小道でうずくまっているとエリックの防御魔術の気配がした。同時にふんわりと香る魅惑的な香り。
そこで意識が途切れた。
ー*ー*ー*ー
国民や周囲の皆には俺が王位を継ぐと思われている。それもそのはず、王位第1継承者としての国政や外交の責務、そして政治を行う宰相の補佐として慌ただしく国政に関わってきた。
決して貧しい国ではない。むしろ大国で領土も広く貿易も最も盛んだ。だからこそ平定と発展を同時に進められる。
戦争に対する騎士団や魔術団は残ってはいるが、無益な争いは起こすつもりはない。いつ開戦を仕掛けてくるか分からない好戦的な他国への備えだ。今後のことを考えると出来るだけ争いは控えたい。そのためには何でもするつもりだ。
スーリアス王国の成人は16歳。あと数年で俺は出来るだけ国を安定させなければならない。理由は誰にも語るつもりはない。そのことを考えると、数年前に夜盗に襲われて負った古傷が疼く......
ー*ー*ー*ー
弟のエリックは魔術の才に特に優れたうえに、薬学や人体学にも精通している。なのにいつも周囲を混乱に巻き込む。そんな所に今回の騒動だ。悪夢なら目覚めて欲しい。
そう、これは悪夢だ。スプーンで粥や栄養補給させられている、見知らぬ女に甲斐甲斐しく。
「お身体大丈夫ですかぁ?」
にこりと笑ってゆっくりと撫でてくる女の後ろからは、黒猫の視線。尻尾を揺らし面白い物でも見るような眼差し。ややこしいことになる前に早く連れて帰らなければ。
風呂へ入れられる際はさすがに驚き抵抗したが、大人しくせざるを得なかった。この女は見かけによらず強引だ。まぁ気の強い女は嫌いではないが。
エリックがいらない情報を流してきた。
確かに良い身体をしている。
スレンダーで色白、胸は豊満とはいかないが大きく柔らかかった。長い黒髪やすっきりした目や口元が艶やかで儚げな雰囲気を醸し出している。おそらく無意識なのだろうが。現在、猫の姿である自分たちに対しての扱いなども丁寧だ。
先ほどの粥がとても美味しかったことを思い出した。シンプルな見かけだったが素朴な優しい味。城での食事の概念はただの栄養摂取だった。なのに今回の粥一つにしても、心惹かれる何かがあるような気がした。
「ねねね、気に入ったでしょ。真由子さんのこと」
「.....明日にでも戻るぞ。ギルが首を長くして待ってるはずだ」
「げぇっ」
目の前の猫は「んぎゅぅ」とまるで蛙のひしゃげたような声を出した。
そんな弟はこの女にはひどく執着していた。身をすり寄せて甘える仕草をする姿に驚きを隠せなかった。
大抵の場合ギルや俺など、近しい者の前では嫌な顔をしてくる。スミス曰く、「悪魔」「腹黒」だそうだ。また、臣下や侍女など他人に対しては、一見かわいらしく見せているが、時折恐ろしく冷たい目をしているのを知っている。
一体この女になにがあるというんだ。
その理由はすぐに分かった。エリックとこの女は、どこか似ている。数日過ごしてどんな人間か察し、共鳴した部分があるのだろう。
それだけではない何かもある。半ば強制的に女と寝る羽目になった際、夢も見らずに安心して寝れた。首を傷つけてしまった代償に、回復術を込めて血を舐めた瞬間、今まで香っていた匂いが一瞬だけ強くなった。もしやと思ったが、可能性はかなり低いため気のせいだと思っていた。
段々と浮かび上がってきた首のアザを見るまでは。
ー*ー*ー*ー
「連れてくればお前は帰るんだな?」
「わかってる。だから早く行けよ。あの雰囲気は真由子さんに絶対よくない」
女のことは別にどうでもよかったが、女を店内から連れてくれば異界へ帰る、という取引きをした。なのでこの世界の服を着て、店の側の暗闇から、明るく照らされた店へ入った。
が、あの女は今にも涙が出そうなのを必死で我慢するように見えた。細い一本の線が張りつめたようだ。向かいの男はそれに気付いてないのか、少しだけ余裕が見える表情で笑っていた。突然腹の底から怒りともいえる感情がせり上がってきた。足音を鳴らし近づく。
「真由子。迎えに来た。帰るぞ」
この男はそんなに大した器じゃないと改めて見て思った。多くの臣下や民と接するのでそういう感覚が身に付く。一瞬で見分けられなければ命を奪われる危険だってある。偽善や悪意、もしくは何も持っていない人間は上辺にも表れるものだ。
ぽかんと見上げてくる女の華奢な腕をつかみ、腰を支えて連れ出した。そう、弟とのただの取引きのためだ。
店を出ると女は気を失った。男とどんな会話をしたのか分からなかったが、うっすらと涙が浮かんでいた。この軽い身体を思わずそっと抱きしめた。そして......自分の勘違いでバレた。
「よかったね、兄さん。二度と会わない男なんかに牽制しつつ店から連れ去るなんて、何気に気になってたでしょう?」
この騒動の元凶なうえ、女の前で「兄様」と呼んで猫かぶりする弟に殺意を覚えた。
よく気絶するこの女を連れて帰った後、女が寝ている部屋へ入り、顔を眺める。エリックが執着する人間。あの存在の可能性がある女。そして、なぜだか放っておけない存在。
その感情の正体がよくわからずに、顔を撫で回し思わず口づけた。放っておけないだけじゃない。側に置いておきたいと思った。何を考えているのか知りたい、笑って喜ぶ顔が見たい。どんな顔でも見たい。その瞬間、思わず欲望を秘めた舌が相手の口内へ深く侵入させてしまったが、心地よさに背筋が震えた。無意識に続きを欲している。
何度かこの女が作った食事を食べたが、また食べたいと思わせられた。プライドや義務で作る城専属のシェフの料理より、自由な組み合わせで味の変化を楽しむ料理に惹かれる。そしてなぜかこの女の側にいるといつも見る悪夢も見ず、頭痛もなくゆっくり眠れた。連れて帰ったのは、術がバレたからもあるが、またあの食事を作ってもらう為。側にいさせる為。そして......エリックの為でもある。
苦しそうな女の声で意識を引き戻した。深い口づけが名残惜しく感じたが、エリックも訪れるだろうと早めに引き下がる事にした。
溜まっていた仕事が片付いた頃、女を晩餐に誘った。贈っていた赤いドレスは細い腰を際立たせてより一層、女性らしく見せていた。異界では優しく笑う聖母のような女を、シャンデリアの光が女の姿を妖艶に変えていた。
そして、聖母など思った自分を取り消したくなった。
なぜか俺にだけ突っ掛かってくる。エリックのことや、バレて強制的に連れて帰ったことなど反省はしている。もう二度と向こうの世界へ戻れなくなったことで多くの物を失ってしまう状況にもさせた。
いきなり怒ってしまいにはグズグズと泣き出し猫になれとまでぬかしてくる。酔っぱらいに何を言っても不機嫌になるから猫の言葉で「なぅ、んにゃあ」など分からないよう突っ込んでいた。さんざん上司や仕事、英臣という男や友人の話などをしていたが、しまいには勝手に下着一枚を残しほぼ裸になった。一体何の拷問だ?似非聖母には飲ませすぎてはならない。
人間に戻り移転術で自室へ運び、少しだけ味わいたいという気持ちと、目が覚めた時の反応の見たさに所有印を刻む。ベッドに横たわる女の綺麗な白い肌を撫で、ピクピクと跳ねる身体を押さえつける。
「んむ...はぁん」
アザがある首を一瞥し、柔らかな胸や色香を漂わせる背中など全身に印を刻んだ。段々と大きくなる悩ましい声が上から聞こえてきて自制が効かなくなりそうになる。
「真由子、か」
この女が望んだように、この世界で生きていけるよう教養などの面で一から教育していくつもりだ。
「んっ」
幸せそうに眠る女に、最後は何度も啄むようなキスをして抱きしめて眠りについた。また悪夢は見なかった。
*
「真由子さんのあのアザは何?足首にまでキスマーク見えたんだけど」
「さっきからグチグチと、お前は何をしにきたんだ?それがどうした」
「意識の無い女に手を出すなんてサイテー。それってどうなの。犯罪でしょ?」
「.......。」
痛い所をつかれ返事に窮す。
その後、真由子には匿名でドレスや宝石(ちなみに主に赤や深紅の)が贈られたという。
歩く18禁ですね、もう。どこを舐め回しているんだか。




