客室滞在
にゃあ、てしっ。
「.....。」
んみゅー、たしったしっ
「んんーぅ....」
なぁんッ!ででででででっ
「きゃー!痛たたっ......」
なかなか起きないことに不機嫌そうなかまぼこは枕元に座り頬を「秘技!連続肉キュウ起きてパンチ!」を繰り出していた。予想外の起こされ方をした私はしばらくぼーっとしていたが、寝る前(正確には気絶する前)に起こった事を思い出し慌てて周囲などを見渡した。
そこには40帖はあろうかという部屋にはどっしりと重厚な木で出来たテーブルがあり、ソファやベッドカバーなどは白い布に繊細な刺繍が施されていた。シルクやベルベッドなのでは.....と英国王室のようなスイートルームのような高級感あふれる場所に恐怖を感じた。
なにか異常事態だと脳内信号が鳴っている。
「夢....?かまぼこは猫よね??」
黒髪の少年を思い描きキョトンとしているかまぼこを見つめた後、現実逃避に羽毛布団のような白のフカフカの掛け布団を羽織るとかまぼこが「にゃぁん」と甘えて一緒に包まって来た。この甘え方はかまぼこだ....と考えていたその時、バサリと布団がはがれ頭上から爽やかな声が聞こえた。
「失礼します。エリック様、女性の寝室に入る時期にはまだお早いですよ」
いかにも騎士ですって感じの茶色の目の茶髪男は、”女性がいる布団をめくる”という自分がしている最低なことを棚に上げ、黒猫を親指と人差し指でつまみ上げた。
「離せよスミス!」
私がが頬をつまんで夢じゃないと確かめていると、ぼふん!という聞き慣れた音と共に黒髪の少年が現れた。やはり黒いローブを着ていて現在は首根っこを掴まれてバタバタしている。
「か、かまぼこ?」
「真由子さんおはよう。ようこそ僕らの世界へ」
かまぼこ、もといエリック君とやらににっこり話しかけられたがまだ混乱している私に、騎士っぽい人が左手を胸に当て礼をして声をかけてきた。
「おはようございます、ミス。お話の通りお美しい方ですね。いまは混乱してらっしゃるようですので詳細は後ほどお話致しましょう。それより今のお姿をどうにかなされた方が....」
そう言われて自分の姿を改めて見ると、洗剤のCMで見かけるような真っ白のネグリジェから脚は太ももまでめくれていて、V字に開いた襟ぐりからは胸がきわどい部分まであらわになっていた。
「!!??」
「私には目の保養なんですけどねぇ」
こっちを見ながらブツブツ呟いている男と「スミス見るなよ!」と手を振り回しどうにか視界を遮ろうとしているかまぼ....エリック君(まだ混乱中)を見ながら服を整えつつ、色即是空!無!など考えビジネスライクモードに切り替えた。
「すいません、取り乱してしまって。私は片岡真由子といいます。こちらはどこでしょうか?今の状況やあなた方は....」
「僕が話してあげるー!」
挙手をして近づいて来たが、騎士さんににまたも襟首を掴まれていた。
「とりあえず侍女を数人よびますので身支度を整えてからにしましょう」
そう言われ部屋に入って来た数人の侍女に、私は花が浮かぶお風呂で丹念に隅々まで磨かれるはめになった。入浴中に少しだけ頭の整理が出来たけど、朝のはずなのにぐったりだよ....
ー*ー*ー*ー
ピンクのもっさりとしたドレスを着せられそうになったので、慌ててクローゼットにあるシンプルな青いワンピースを着て髪を一つに結い侍女たちから逃げた。侍女たちは残念そうにしていたので次は要注意だ。
「それでどういう事なんですか?」
現在、朝兼昼食のスコーンを食べながらこうなった経緯やこの世界のことなどの詳細を聞いた。とりあえずかまぼこはエリック君だという事はわかった。魔術の存在を聞いたし、なんといくつかの魔術を披露してくれた。マジックだと思っていたが、さすがの私も炎が部屋を包む幻覚には驚いた....
「真由子さんには魔力はあんまりないから使えないかもしれない」と言うことだが、そんなものが私にあったことに驚きだ。この話はまた後日詳しくしてくれるそう。
そしてエリック君がこの国の第2継承者ということも聞いた。しかもここはお城の中らしい。
確かにびっくりしたけど、いきなり継承権など言われてもよくわからない。ほんの数時間前までかまぼこは普通の猫だと思っていたし、魔術や魔力もないものだと認識している世界に住んでいたからよく理解できない。何より態度を変えてほしくないというエリック君の感情の揺れが伝わって来た。
かまぼこって呼んでほしいらしいけど、殿下にはさすがにやめておこう。かまぼこって魚の練り物だもの....。しかしかまぼこってこの世界にもあるのか?スミスさん曰く、どうやら輸入品であるらしい.....
そういえば何か忘れているような??まぁいいか。
今、エリック君とテーブルに向かい合わせに座って食べているスコーンには木苺のジャム、ハチミツバター、ホイップ、融かしたチョコレートを付けて食べる。なんて幸せ!だっておそらく全部日本じゃバカ高い無添加天然ものなんだから。
どうやらこの世界の食料が私の世界のものと通じているらしい。チョコはチョコとして存在し、スコーンはスコーンとして存在している。和食である白米や醤油などは他国からの輸入品となるらしい。ここスーリアス王国とは西欧みたいなものだと位置づけした。この国の言葉も通じるし文字も読めるけどこれは私の持つ魔力のおかげらしい。
私がこっちにこなければならなかった理由はやはり、煙のように消え誰の記憶にも残らなくなるという「存在の消滅」らしい。さすがにそれは嫌だ。では記憶を消すというのはどうかと聞いたところ、記憶を消すことや意識を操ることは戦争が終わったこの世界では大罪となるんだとか。まぁ確かに記憶操作などされたら可能性としてだが事実誤認や大量虐殺なんかも安易になる。
あの時のエリック君の少し申し訳なさそうな顔が浮かんだ。連れてくるということはもう帰れないということらしい。
怒りを感じずにはいられなかったが、あの世界にいても自分は誰にも必要とされないと感じていたから良かったのかもしれない。英臣ともなんだかよくわからないままになったけど、この世界の話を整理しているとどうでもよくなった。いや、正確には多くの情報を得ることで無意識に思考がそっちへ向かないようにしていた。みんな誰しもパートナーがいて、そして家庭を作る。それらをとってとてつもない「義務」や「労働」に思えてしまう自分は歪んでいるのだろう。
「どうかしました?」
エリック君の隣りに立つスミスさんが色々話してくれながら気遣ってくれる。
「あっ、いや、ちょっと疲れちゃって」
慌ててごまかして笑う私の得意技。
「とりあえず、あなたの身元は隠しこの客室に留まっていただきます」
なにか欲しいものやしたいことなどありますか?と問われ、しばらく考えたのち、
「まず、戸籍など個人の証明になるものや働く職場、住む場所の手配をお願い出来ますか。多分どこでも生きていけると思....」
思うので、と繋がる言葉はエリック君の叫びで遮断されてしまった。
「ダメ!!ダメだよ!僕、真由子さんがいなきゃ寂しい.....」
「かまぼこ....」
思わず呟いてしまう。お願い!と言われギュッと抱きつかれた。まるでコアラが木から落ちないようにしているようだ。
「エリック様、真由子様が困って...いっ..!」
ぴたっとスミスさんの動きが止まった。どうしたんだろ。
「じゃあ僕の遊び相手でいいでしょう?この国のこととか僕勉強してて詳しいからいっぱい教えてあげる。政治や経済の流通、暮らしていくなら貨幣や生活の知識も必要でしょ」
下からおねだり、まるでにゃーん!(ゴハン!)と言われてるみたいでぐらついてしまうじゃないか。確かにこの国のことは学ばないと生活していけないからここに留まるのは合理的だ。
「そう言ってくれてありがとう。お言葉に甘えてこちらで学ばせてもらうね。よろしくね。かまぼこ、もといエリック君」
まるで太陽のように笑顔を向けてくる。あまりの可愛さにほお擦りして頭をなでなでいいコいいコしまった。
その頃、少し離れた所では額に少し汗が浮かんでいるスミスが「は、腹黒....」と息も絶え絶えに胸を押さえていた。
やっぱり何か忘れているような.....?まぁいっか!
確実に忘れ去られた存在がいますね。
次は出てきます!(変態ヤローが)
ありがとうございました。