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流浪の民  作者: 仲夏月
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第9話

これ以降、間接的に若年層に不適切な内容が含まれているかもしれません。自己責任でご覧ください

 地獄とは、信仰を失った者が行くところです。







 しわがれた声が、静かに言い聞かせる。

 



 何処にいても、何をしていても。神は貴方を見ていますよ。

 常に、貴方のそばに。





 院長先生、と小さくつぶやく。








 ・・・・ここは、その地獄ですよ。







____________☆___________________________




 この軍で“傭兵”とは二つの意味を持っている。


 “後払い”の傭兵と、“前払い”の傭兵だ。


 報酬を払う時期が違うだけ、の違いではない。


 “払う相手”が違う。



 “後払い”の傭兵は、戦後の功績に合わせた褒章も含めて、その「当人」へ。



 “前払い”の傭兵は。

 “「当人」を連れてきた”ものへ。



 “支払い済みの傭兵”のその後は、“雇い主”の自由だ。



 「支払った分」は働いてもらうが。

 その後のことは知らない、らしい。




 “お前はあまり役に立ちそうも無いな”




 彼を見たとき、“雇い主”はそういった。



 “・・・・・まぁ、いい。病院にでも行っていろ。死人の始末くらいは出来るだろう”





 「起きろ、坊主。」





 その言葉だけで、彼は自分のことだと、認識した。

 

 今日も、地面は堅かった。薄い毛布程度では、ごつごつしたそこを柔らかくはしてくれない。

 のろのろと身を起こし。半分閉じたような目をこする。



 座り込んだ膝に、乱暴に紙に包まれた堅いものが放られた。


 「さっさと喰え。」



 無言で、包みを開く。ぼそりとしたそれは、唯でさえ乾いた喉を余計に干上がらせた。

 ちびりと、水筒の水を含む。配給は一日一回だから、あまりたくさん飲むのは、やめておいた。

 そうやって、まずい携帯食料と水で腹を膨らませて、一日が始まる。


 すっかり伸びた髪を一度束ねなおし、彼はやっとのことで立ち上がる。



 「しっかり働け。今日も、野郎どもが担ぎこまれてくる。」


 兵舎、と「呼ばれる」場所から、出ると、日差しが目にまぶしい。

 いや、もう、そんな感覚どうでも良かった。

 どうせなら、すべての感覚を遮断したい。

 

 触覚も、嗅覚も、味覚も、すべての感覚なんていらない。


 彼は、ぼんやりとした頭の芯のしびれをともに、与えられた仕事場へ入っていく。


 そこは、すでになれた匂い。

 鉄くさい、血の匂い。

 排泄物の匂い。

 わずかに、消毒の匂い。



 「衛生兵は良いよな。最前線に出るわけじゃねぇし。お前は、安全な場所で淡々と包帯換えてりゃ、それですむんだからな。」



 包帯を替えてやっていると、兵士の一人が悪態をつく。


 「済ました顔してねぇで、なんとか言えよ。ぁあ?」


 片腕を無くした苛立ちからか、兵士の吐き出したものは、少年の頬にぺとりと張り付く。彼は無言でそれを袖でぬぐった。

 

 

 「へ。この腰抜け。」

 

 その無様さに、いくらか気が晴れたのか、兵士は乾いて皮の浮かぶ唇を曲げた。



 相手は、何も言い返さずに、淡々と消毒をすませ、包帯を巻きおわると、すくりと立ち上がった。



 ガツン


 立ち上がる際に、細いが武骨で筋肉質な腕が兵士の胸倉をつかみ、一度持ち上げた後、力いっぱいベッドにたたきつけた。

 その物音に、周囲の兵士達が、それぞれ首だけを動かして物音の中央に目を向ける。





 「やかましいな。大人しく寝てろ。」





 あくまで冷静な声。感情の一片も混ざっていないような、そんな声である。

 その、やけに朗々とした響きは、兵士の臓腑をぞろりと凍りつかせるに十分であった。



 「それとも、俺が一生寝かしてやろうか? 楽だぞ? 死ぬまで、何もしなくて良いからな。」



 ぎろりと動く緑碧の瞳

 

 

 “病院”に行くことがあったら、衛生兵の“瞳”は、見てはならないと他の兵士に言われたことがある。

 恐ろしい悪夢を呼び起こす瞳なのだそうだ。




 アイツは、“ここだけ”死人にするらしい。




 兵士にそう教えた仲間は、人差し指で自分のこめかみを叩いたことを思いだす。




 「・・・。」




 兵士は、ごくりと喉を鳴らし、大人しく横になる。

 それを冷たく見下ろして、彼は別の兵士に近づいた。



 「坊主。俺の足がかゆいんだよ。掻いてくれ。」

「そんなもん、とうに無いだろう。幻覚だよ。」


 冷たく言い放ち、彼は、水差しを交換する。




 「坊主、手術だ、手伝え。」


 奥から、声がかかる。その声に、抑揚の無い淡々とした声が返事をした。



 「はい。」



 あぁ、また、あの声を聞くのか。と、胃の奥がぎりっと音を立てたような感覚がした。


 麻酔なんてお上品なものは無い。

 手術、なんて高等なものでもない。


 ただ、壊疽を起こし、どうしようもない腕や足を簡単な消毒だけで切断する。ただ、それだけだ。

 

 それからあとは、時間との勝負だ。


 戦が終わるのが先か。

 己の命が尽きるのが先か。



 あえて言えば。

 この病院での一番の「古参」は医官で、次が彼である。


 あとは、皆どっこいどっこいの「新入り」ばかり。

 まぁ、今のところ、一人だけ、「奇跡の生還」を果たして前線復帰したものもいたが。彼は少々事情が違う。




 こんなとこ、病院だなんて笑えるよな。


 ふふ、と口元が笑みを作る。



 ・・・・・まぁ、いいや。



 彼は、考えることをやめた。



 みんな、いないし。


 こんな場所で、あいつと、連絡なんて取れるはずないし。


 此処がどこだか、なんて知らないし。

 どっちの軍かなんて、興味ないし。



 目隠しをされて、この場所に放り込まれて以来、彼はずっと「ここ」に居た。

 ひょろりとした手足に、華奢な風貌は、「雇い主」をいささか失望させた。

 普通の兵士としては役に立たないだろう、病院でも手伝わせろと言うことで一応、衛生兵ということになっている。

 施療院での経験が一応功を奏して、なんとか、医官達から役立たずだとはいわれていない。

 おまけに、クルスを持っていて、もともとは教会にいたと言ったら、そちらのほうが喜ばれた。



 ・・・まぁ、「俺達」の気休めだけどな。一日一回、経典でも音読してくれ。



 兵士の一人の遺品から、泥や血でぼろぼろになった本をもらう。

 こんなところに信心深い者もいたものだ。

 俺なんか、クルス持ってる事も忘れてたのに。

 

 皆に、毎日読んで聞かせるのも仕事のひとつとなった。

 ただ、文字を目で追って声にしてやるだけ。



 意味なんか、考える気も起きなかった。




 ここは、どこかの戦場のようだった。

 東方王国の軍か、それとも敵対する国かどうか、はっきりとはわからないし、そもそもどうでも良かった。


 逃げ出す、なんてことは端からどうでも良かった。

 そんなことしたところで、何処だかわからない場所で野垂れ死にするのが落ちであるし。

 前線に近いところで迷えば、間違いなく、巻き込まれる。

 ここは、とりあえず、安全で。とりあえず、寝る場所と食べるものはある。

 

 


 腹が膨れれば、それでいいかな。




 「仕事」をしていれば、とりあえず、食事はもらえたから、それでよかった。



 ・・・ザムエル。


 あのうつろな瞳が、彼から何かを抜き取っていた。



 あんな「死」を彼は知らなかった。

 あれほど、無残で、うつろな存在もしらなかった。


 いつも、神の言葉で送り出される存在たちとはまったく違っていた。



 そして、此処で同じ様な塊になっていく存在に、どんどん、彼は何かを抜き取られていった。



 「坊主! さっさとしろ!」



 医官の怒号が、聞こえる。



 彼は、はぁいと投げやりに返事をした。


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