第8話
次の日の朝。騒々しい物音で目を覚ました。
物音、というレベルではない。
悲鳴と、怒号と、馬のいななき。
・・・何、これ・・。
不安で、ざわりと肌があわ立つ。
意識が覚醒した瞬間、周囲の音は一気に音量を上げた。
「何がおきてるんだ?」
「リオン! リオン! 起きて!! 起きとくれ!!」
ばさりと、天幕が上がって、カテジナが転がり込んでくる。その顔には、今まで見たこの無い緊張と、恐怖が張り付いている。
「カテジナ、一体何が起きたんだ?」
「町の近くで戦が始まったんだ。もう街中まで兵士が来てるんだよ! はやく逃げないと!」
あわてて、リオンはベッドから飛び起きた。荷物をまとめ、衣服を整える。護身用に持っておけと前にザムエルがくれた短剣を腰に結わえるとカテジナの震える肩を軽く叩いた。
「みんなは?」
「いま、座長が集めてるよ。」
「うん。じゃ、行こう。」
リオンの、その手に、ぐしゃりと何かが握らされた。
ずしりと重みのあるそれは、金子の袋らしい。
「何?これ。」
「女達と一緒に行動してたら、だめだ。あんたは一人で逃げな。」
強い口調で告げられた内容に、リオンは目を見張る。
「な、なんでだよ!? 俺だって・・。」
「東方王国に行くんだろう!! ここで、死ぬわけに行かないんだろう!? なんのために、ザムエルがあんたを鍛えたと、思ってるんだい!!」
・・・・・・なんだって?
後半の台詞に、リオンは喉を凍らせた。
「一人で、生きていけるように。一人ででも、何処ででも、生きていけるように。・・・ザムエルがあんたに武器を振り回したのは、あんたに“せめて一人で逃げおおせる力だけでも”与えたかったから。世間知らずで、坊主崩れのあんたが、一人でしっかりと前を向いて生きていけるように。・・・あたし達の子供みたいに、死んだりしないように。」
詳しいことを聞くことは出来なかった。追い立てられて、天幕を出る。
「早くお逃げ! あたし達はなんとかなるから! 絶対、絶対、死ぬんじゃないよ!!」
「カテジナっ。無事で!」
数度、振り向いて、走り始める。
逃げる、といっても。ただ走るだけだ。
戦は、もう街中へと迫っていた。
馬が、兵士が。もみ合っている。
剣戟と、怒号と、悲鳴と、血しぶきが、あたりを埋め尽くしている。
「・・・うそだろ・・・・・。」
暫く走った先の、目の前の光景に、リオンは言葉を失った。
もう、町の外が何処に方向なのか、彼にはわからないほどに、戦闘が視界をさえぎっていた。
砂埃と、血煙で、行く手を阻んでいる。
これじゃ、カテジナたちだって、無事じゃすまない。
第一、俺一人で逃げるなんて、いやだ・・・・!!
意を決して。彼はまた戻る。
一座がテントを張っていた場所まで。
・・・・・と、思われる場所まで。
そこもすでに兵士達でごった返している。
「カテジナーー! ザムエルーー!」
ありったけの大声で叫ぶ。
兵士の戦闘を避けながら、名を呼びながら走る。
足元をすくわれ、地面に接吻をした。
じゃりっと砂が口の中に入る。
起き上がろうとした瞬間、がしっと背中が踏みつけられた。
「な・・!」
「あぁ、なんだ男か。まぁ、あまり役には立ちそうもないな。」
何するんだよ! 暴れようとして、今度は顔を踏みつけられた。
「あぁ? まだ自分の立場がわかってないようだな。・・・・最近は、兵士の数が足りて無くてなぁ。どっちの陣営に売りつけても追いつかないんだよ。・・・お前は、これから前線に行くんだよ。どっちの陣営かは・・まぁ、あとでのお楽しみ、だがな。」
淡々とした声が、あたりの喧騒からは嘘のように静かに聞こえてくる。
「こういった戦で混乱したところに何時までもぐずぐずしているのが悪いんだぜぇ? 坊主。」
また、じゃりっと砂が口に入る。
「今日は、まぁまぁ良い狩ができたなぁ。女が十数人に、小僧が一人か。」
・・・女が・・。
ぞわりと腕があわ立つ。
魔法を唱えようとして、指を動かそうとするが、その腕に縄が巻かれる。喉元にひやりとした鋭いものが当てられた。
「おっと、暴れるなよ。・・・アイツみたいに、なりたくなかったらな。」
男の声が指し占めす方向に、目を向ける。
屈強そうな腕に握り締められた大きな剣。
・・・・・・・あれは・・・・・・。
うつろな瞳が、こちらをじいとにらんでいる。
てめぇ、なんで戻ってきやがった。
そんな言葉が聞こえてきそうで。
リオンは、ありったけの声でその名を呼んだ。
「ザムエルっ ザムエルっ!!」
「うるせぇっ。黙れガキ!」
がつんと後頭部に強い衝撃を感じ。
リオンはそのまま記憶を失った。