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流浪の民  作者: 仲夏月
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第7話

 「さぁて、お立会いお立会い。今宵も当一座へようこそ!」



 口上師が朗々とした響きで舞台の幕開けを宣言している。

 その袖でそっと客の様子を観察しながら、リオンはふうと息をついた。


 「今日も満員だね。」

「ありがたいこった。」


 筋肉の塊のような腕に大振りの剣をにぎりめ、ザムエルの声が返事をする。

 

 幕開けの出し物は、客にインパクトを与え、気分を盛り上げるためにも重要だ。

 ここでコケるわけにはいかない。

 

 自分の衣服の手首にまかれた飾りがジャラジャラと音を立てる。

 白い手袋は二の腕から手の甲までを包んで。中指の指輪で止めるようになっている。

 白い衣服の上からまとうのは、ひらりと薄い水色の生地でそれは蜻蛉の羽のように繊細に透き通る。

 金髪に良く映える赤い飾りは、しゃらんと涼しい音で人の注意を引くはずだ。

 顔の半分を隠す白い羅を両耳にかけるように固定しながら、やや釣り気味の瞳でリオンは自らに気合を入れるべく、大きく深呼吸をした。


 「・・・あと、一年、てトコだな。」

「何が?」


 ザムエルの声に、リオンが振り向く。白い衣装の背中をぽんと叩いて、屈強な相棒は腕を組み、ひょろりとしたリオンの足先から頭のてっぺんまでをひととおり見る。


 「お前の格好だ。そろそろ、女物も限界かなと思っているところなんだ。この半年で背も伸びたし。そうなると、出し物の内容も変えないとな。」

「ほんと? この格好やめていいの?」

「まだ、先の話だぞ。“男だが女だか良くわからない不思議な軽業師がいる”っていう線で惜しい気もするんだが。・・・まぁ、最近、この辺が男っぽくなりやがったからなぁ。服でごまかせるのも今のうちだな。」


 がしがしと、確認するかのように、大きな手で最近骨ばってきた肩が掴まれる。


 「そうそう、最近考えている新しい技もあるんだ。今度やってみようや。」

「うん・・あ、でも。俺でいいの? “男だか女だかわからない”のがいいなら、最近入った子にも身軽そうな・・。」

「阿呆。相棒を変えられるものか。」


 ぺしっと額を小突かれて、当然と言う顔をみせた男は、剣をぶら下げ、舞台袖でリオンの前に立つ。


 その背中の影に隠れるように、おし、とリオンはうれしさを抑えながらも、両のこぶしを握り締め、布下に隠れた口元を緩ませた。



 歌と楽器以外にもなにか芸があったほうが良いだろう。身軽のようだから、ためしに軽業をやってみろ、といったのはザムエルだった。

 言われるがままに手ほどきを受けるうちに、それなりに上達したらしく、舞台に上げてもらえるようになった。

 

 だが、初舞台の日に渡されたのはひらひらと風にのって軽やかに舞う女物の衣装であった。

 

 抵抗したのは言うまでもない。こんなの嫌だ。といったのだが、ザムエルとカテジナは冷たくも現実的だった。




 お前に、「一人前の男」の役は早すぎる。




 ひょろひょろと細長い肢体と線の細い首や肩は、成長中とは言っても華奢な印象を与える。

 もともと修道院育ちのリオンは、身こそ軽く敏捷性に優れてはいるものの、筋力そのものは大してなかった。

 筋肉の塊のようなザムエルと並べば、貧相に見えるのはそれは当たり前だ。

 ならば逆にリオンの見た目の華奢さと脚力のギャップを生かしたほうが良いと、二人が判断したのも、今ではわかる。


 あの時は、唯、嫌で。

 恥ずかしいという気持ちとみっともないという気持ちがぐちゃぐちゃになって。

 じゃあ舞台に上がらないと拗ねてみたが、相手は一枚も二枚も上手であった。



 「それなら、あんたは用済みだ。荷物まとめて出て行きな。」

 

 カテジナの冷たい言葉に、リオンはひくりと喉を鳴らした。



 「あんたが卑屈になれば、その分客はわかるよ。みっともないもん見せたら、唯じゃ置かないからね。」



 カテジナの台詞がぐっさりと響いて。リオンはしぶしぶ首を縦に振ったのだった。

 一度舞台に上がってしまえば、案外気にならなかった。むしろ、顔を半分かくしていたのが幸いしたらしく、集中できた。もっとも、他の踊り手達のようににこやかに微笑んだりすることはかなり無理があった。ならばいっそ無愛想でいてやれと腹を括ったら、クスリとも笑わないのがかえってものめずらしかったらしい。“結局アイツは男なのか女なのか”と不思議がられ、リオンとザムエルの軽業と魔法を使った芸はそれなりに人気を博している。




 「では、今夜の幕開けは、蒼き炎を操る不思議を皆様にとくと御覧あれ。一座一番の腕自慢ザムエルと、炎を従える軽業師“リオン・ル・フェイ”のお出ましだよ。」



 口上の声に、思わず、腰砕けになるリオンである。


 「この口上、なんとかならない?」

「文句なら口上師に言え。」


 

 一体、誰が言い出したのやら、魔女リオンとはかなりありがたくないあだ名である。

 いくらなんでも、魔“女”は無いよなと彼は肩を落とした。


 「さぁ、今日も頼むぞ。相棒。」



 ザムエルの野太い声とともに、リオンは舞台へと一歩足を踏み出した。



 心拍が震えるような太鼓の音ともに、ザムエルの振るう剣を身軽に交わしながら、炎に照らされた筋肉がうなり声を上げているような剣の動きに合わせ、すれすれを交わしながら跳躍を重ねる姿に人々は賞賛と歓声をくれる。

 

 だが、その中に、興を削ぐような声が聞こえているのも、事実であった。


 「男なんざ見たくもねぇ。引っ込めー。」


 酒を飲みながら、男が二三人、最前列で野次を飛ばしている。

 周囲の客は至極迷惑そうに、ちらりと一瞥して無視する。

 客の一人が、一人の兵士と目が合うや、絡まれている様子もみえた。


 あぁ、またあの兵士か。


 白い羅の下でため息混じりに口の端を引く。

 男達は酒瓶を煽って、酒臭い声を飛ばした。


 「やい、金髪。お前は男か、女か、はっきりしろ!」



 我慢しろ。


 ザムエルの目が、そういっている。

 


 わかってるよ。相手するだけ、バカだ。



 そう目で返して、淡々と動きをこなす。


 暫く無視を決め込んでいたものの、男達の野次はいっそうひどく、客達はすっかり興ざめした様子で、少しずつ席を立つ者も出始めた。



 「おもしろくねぇぞー!」


 面白くないのはこっちだよ。


 そろそろ、どうにかしてほしい。

 そう、思い始めた頃に、ひときわ大きな声でリオンの耳に響く声があった。


 「金髪! 男でも女でもいいぞ! 俺の相手をしろ!」


 むかっと頭に血が上り始めるが、なんとか抑える。



 だが、次に叫ばれた言葉は、彼にとって到底我慢できるものではなかった。



 「どうせ、お前も娼婦の子だろう! 金ならあるぞ!」



 その瞬間。

 きゃっという女の悲鳴が聞こえた。


 舞台を明るく照らす篝火が、それまでの何倍もの勢いで炎を吹き出す。


 リオン、と名を呼んだのはザムエルだったか、袖で見ていた口上師か。


 あっと言う間に、ザムエルの片方の手にある短剣を奪い取る。

 大きく、弧を描くように宙返りをし、舞台を飛び出した。



 「・・・・・わ・・・。」



 ぶいん、とうなり声を上げて、切っ先が兵士の眉間に迫る。


 周囲の男達は、ひっと声を上げて距離をとった。



 「お望みどおり、相手になってやろうか?」



 冷え冷えとした声が、朗々とした響きで兵士にかけられる。


 ごうごうと勢い良く噴出す炎が、かがり火から漏れんばかりに天に向かってほえていた。



 「・・・・悪かった・・・。」



 どこからか、きゃーーという悲鳴が聞こえた。


 その声をが、やけに遠くに聞こえる。


 額に浮かぶ汗がやけに冷たくあごに伝わる。


 肩で息をついて、リオンは短剣を握り締めたまま、兵士の瞳をにらんだ。

 



_________________________☆_____________________________________________




 客になんてことをするんだと、座長に散々叱られた。



 「客の野次に我慢できずに、剣を向けただぁ!? 一体何を考えてるんだ! おまけに、兵士と喧嘩しやがって! おかげで今日の興行は台無しだ! これで悪い評判が立ったどうする! お前が責任取れるのか!」

「・・・・・。」


 結局、その日の舞台は舞台にならず。客に金を戻して閉めることになった。


 素行の問題はともかく、客は客だ。客の野次を我慢できないでどうする。それでもお前はいっぱしの旅芸人のつもりかと、一刻ほど怒鳴られている間、リオンは殴られた頬を時折押さえ、頭をたれたままであった。


 「・・・すみません。」

「こんなことじゃ、お前を舞台に上げるわけにいかん。」


 しばらく、軽業も音楽もやるな、頭を冷やせ。


 そんな言葉を最後にリオンはやっと開放された。

 星空が輝いて静かにひっそりとしている。

 本来なら、今頃は舞台の終わりの高揚した雰囲気に包まれている筈だったが。今日は、いやに重ったるい空気が帳を下ろしていた。



 「こってり絞られたねぇ。」

「・・・・カテジナ?」


 座長のテントを出たところで、声をかけられた。

 先ほど、綺麗に結った髪をすでに梳いて、一座きっての踊り子が腕を組んで立っている。


 「兵士二人と喧嘩するなんて、やるじゃないか。」

「短剣とられて、顔殴られただけだよ。」

「・・・まぁ、確かに、泥仕合も良いトコだったけどね。まったく、何さ。この髪。」

「明日、適当に切りそろえるよ。」


 兵士ともみ合った際に、腰まで伸びた髪の半分が無残に切られている。肩に届く長さに切られてしまった一房をつまんで、特に感慨もなくつぶやいたリオンの手を細い手が掴んだ。


 「いらっしゃい。髪切ってあげる。」



 明るく周囲を照らすかがり火の側に椅子を一個置いて、リオンはそこに座らせられた。

 自分の背後でハサミを動かしながら、カテジナが無言で彼の髪を切っている。



 「・・・あんたの母親って、如何いう人なの?」



 暫くの沈黙の後に、急に言葉が始まる。リオンは、へっと肩を揺らして叱られた。


 「うごくんじゃないよ。」

「・・・・・あんまり、言いたくない。」



 そのまま、また沈黙が支配した。

 じゃきん、じゃきん、という音だけが火の粉とともに闇に吸い込まれていく。

 赤い炎に金の髪がちらちらと光って、案外綺麗だなと思う。



 ・・・だれから受け継いだのか、俺は知らないけどさ。



 俺は魔法使いだから、髪はそこらに放らないでといったので、カテジナは丁寧に麻袋に切り取った髪を入れている。不定期に動かされるハサミの音と、時折自分の頭に触れる細い指の感覚が、リオンの気持ちをようやく落ち着かせていった。

 


 「あたし、娼婦の子よ。」

「・・そうなの?」


 おもわず、後ろを向こうとして、ぐいと頭が押さえらた。

 

  

 「ほらぁ、動かないの。・・・もっとも、直接あたしが知ってるわけじゃないけどさ。前の座長・・・今の座長の親父さんに、母親が生まれたばかりの赤ん坊だったあたしを売ったみたい。」

「・・・・。」



 売った、という言葉がやけに軽く言い放たれた。



 「まぁ、思えば。そっちのほうが良かったわよ。でなきゃ、あたしも今頃女郎やってる筈だし。あたしを売り払うことで、自分と同じ境遇から遠ざけようとしたせめてもの親心、ってとこかしらねぇ。」

「・・・・。」



 淡々とした口調で、つむがれる言葉は、じゃきん、じゃきんという音とともに、やけに静かにひびく。



 「母上、は・・。」

「ははうえぇ? なに、そのお上品な物言いはさ。」


 頓狂な声に、一瞬言葉を詰まらせた後、リオンはほつほつと言葉を続ける。


 「・・・・・母は、自分の家の借金の肩代わりのために父と結婚して。だけど、父じゃない何処の誰だかわからない男との間に俺を生んだ。そして、俺のこと、生まれてこなけりゃ良かったって顔しながら、死んでいった。」

「それで、あんた修道院に放り込まれたんだ。」


 と、いうか。金持ちの家の子だったんだねぇ。驚いた。


 からからと笑いさえ聞こえてきそうな、そんな明るい声で、カテジナはリオンの髪を整える。



 「ほら、出来た。あら、いいじゃない。あんた、長いのをただひっつめてるだけだったから。これからはそうしなさいよ。」



 自分の目の前に鏡が手渡される。その鏡には、頬の輪郭に沿って切られた金髪がさわさわと頬に影を作っている自分がいた。後ろに手をやると、先が細く長くなっていて、随分と軽い。


 「・・なんか。」

「なによ、あたしが切ったのが気に食わないの? 邪魔なときにはちゃんと一つに束ねられるわよ。」

「・・・違うけど。」


 なんか、妙だなぁと思う。

 いままで、見たことの無い顔に見えた。



 「あんたの母親の、好いた相手の子なんだから、胸はりなさいよ。」


 鏡の自分の後ろには、優しい笑顔。自分の頭をぽんぽんと叩いている。



 「そんなの、わかんないよ。」

「きっと、そうよ。」



 妙に断言されて、リオンはきょとんと目を見開いた。



 「なんで、わかるんだよ。」

「本当のことなんて、誰も知らないじゃない。だから、そう思ってるほうがいいのよ。あたしを売った母親が、本当はどうしてあたしを座長に渡したのかなんて、あたしがわかるわけないじゃない。本当は、あたしのこと、うっとおしかったのかもしれないし。だけど、“自分のことを思ってそうした”と思っておくほうがいいのよ。結局“あたしが如何思うか”なんだもん。」


 そうなのかなぁと思う。


 「・・・卑屈に生きるんじゃないよ。あんたが、誰の子でも、“あんたはあんた”なんだから。自分のことは、自分で決めるしかないでしょ。生きてるのは、あんた自身なんだから。」



 麻袋、どうする?

 金髪の入った袋のことを聞かれ、リオンは小さく答える。


 明日、自分で焼く。

 いろんなものを含めて、焼き払う。


 返事をしながら、何かがこみ上げてきて。


 リオンは、肩が震えてきた。


 「カテジナ。」

「なぁに?・・あんた、何泣いてるのよ。」

「泣いてなんかない。」


 ぐっと唇をかみ締め、リオンは頭をたれた。


 「ありがとう。」

「なによ。髪切ったくらいで。あぁ、その髪、あたしに少し頂戴。魔法使いの髪って御利益ありそうだから、お守りにしておくわ。」


 うん、いいよ。



 顔を見ないで返事をする。


 

 それは、あとで後悔した。




 ・・・・そのときのカテジナの顔を、もっとちゃんと見ておけばよかった、と。


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