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流浪の民  作者: 仲夏月
34/36

第34話


 とりあえず、あの宿は引き払ったぞ。

 

 という従者の差配に感謝しつつ、レオはジヴァルを隣にしてまずは王城に戻ることにする。

 落ち着いて話が出来る場所は王城内の自分の執務室の奥にある私室しか無い。


 ジヴァルの滞在先は、あまり治安の良いところでは無かった。

 懐具合を鑑みて、なるべく安い場所を選んだ結果なのだろう。

 王都に着たばかりの極東人なら、妙な輩に騙されて、気がついたら見知らぬ土地で売られていた、という可能性も無いわけではない。


『どうして、あんな宿にしたの?』

『兄上にいつ会えるかわからないし、長期滞在するにはなるべく安いところが良いと思って』


 世間知らずな上の計画性のなさに、ため息しか出てこない。


『気がついたら知らない国に売られていた、なんて目にあっても仕方が無い場所だぞ? 西国には、極東人は珍しいから売れるって狙う輩もいるんだから』

『え?そうなんだ?気をつけるよ』


 無邪気すぎる反応に思わず眉間を軽く揉む。

 従者は、周囲の様子を確認して、そっと二人を案内した。


「こっちなら、人目に付かないで城に入れる」

「なんでそんな道を知っているんですか?」


 思わず胡乱げな目を向けると、従者はにへらと笑う。


「まぁ、聞かねぇでくれよ」


 どうやら、以前よりこうやって城に入ってはレオの様子を見に来ていたらしい。

 有能な従者のおかげで、王城の中の私室まですんなり入ることが出来た。


「ほら、俺を連れて行ったら役に立っただろ?」

「ええ、もう十分解りましたよ。・・・すみませんが見張りを御願い出来ますか?少し彼と話をしたいので」


 任せておきなと言いつつ、従者が部屋の外に出ると、ようやくレオは息をつく。

 ジヴァルは、王城の部屋の中をきょろきょろと好奇心で満ちた表情で見まわしている。


『すごいなぁ・・西国の城は』

『お茶でも飲む?・・・俺は下手だけど』

『下手なの? でも喉が渇いたから嬉しいよ』


 素直に喜ぶ相手に、未だ彼の意図が計りかねているレオは内心如何したものやらと困惑しつつ、茶を入れてやる。

 ようやく、人心地ついた様子のジヴァルは、カップを両手で包むようにして茶を含む。

 茶器の使い方がよくわかっていない様子に、ついつい口を挟んで世話を焼いてしまった。


『そういう使い方はしないんだよ、ここを持って』

『あ、どうりで熱いと思った』


 へへ、と笑う顔がどうにも自分の息子を想起させる。

 黒い髪がそう見えるのだろうかと胸の奥がざわついて仕方が無い。

 それを取り払うかのように、レオは本題に移ることにした。


『で、何故俺がこの国に居るって解ったんだ?』

『兄上、ツァイ家に書簡を送ったろう? リーフェイが見せてくれたんだ』

『リーフェイ・・ツァイ・リ=フェイのこと?』

『そう、私の守り役なんだ』


 ツァイ・リ=フェイは確かに父違いの兄であるから、書簡を手にした可能性が高い。

 書簡は無事に極東に着いた事を確信しつつ、レオにはさらに気になることがあった。


『さっきから、俺を兄上と呼ぶけど、どういうこと? 学兄、なら解るんだけど』

『え? だって、貴方と私は母違いの兄弟だよ? 母上同士は双子の姉妹だから、従兄弟でもあるね』


 その瞬間のレオの表情は、ジヴァルを硬直させるのには十分である。

 自分の為に入れた茶を入れたカップが小さく振動したのをなんとか抑えて、レオは小さく訊ねる。


『・・・・俺の実父の息子?』


 ジヴァルは、ある程度レオの拒絶を予想していたのだろう。

 顔色ひとつ変えること無く頷く。


『そういうこと』

『だ、誰? 宮廷魔術師だって・・』

『あの頃の父上は対外的にはそう自称していたよ。基本的に本来の素性を明かさない家だし。わたしも15で自分の家に戻されるまで、自分の家の事はもちろん、貴方が兄だって事も知らされていなかったから、貴方が驚くのも当然だと思うよ』


 努めて冷静に、とにかく冷静にと言い聞かせながら相手の言葉を聞く。

 弟は、ゆっくりとその名を告げた。


『私の名前は、シュ・ジ=ヴァル。父系に則った貴方の名前はシュ・ジ=ウォンだ』

『・・・シュ・・・・・シュ家だって!?』


 極東ではひとつしか無い家の筈だった。

 宮廷魔術師どころではない。

 ますます、色を無くしていく自分の表情に、ジヴァルは驚くよねとある種申し訳なさそうに肩をすくめた。


『うん・・・・、極東の国皇が私たちの父親。そして、貴方が皇太子ってわけだ』

『・・・なにを、しに来たの?』


 震える声で、ここまで来た目的を尋ねる。

 ジヴァルは、茶器を丁寧に戻して、居住まいを正す。

 真摯な瞳が、真っ直ぐにこちらを射貫いてきた。


『一度、私と一緒に国に戻って欲しいんだ』

『断る』


 一も二も無く返すと相手の視線を避ける。


『もう私を居ない者として欲しいと、書簡には書いたはずだ』 

『それは貴方の都合だろ?』

『とにかく、そんな話ならこれ以上は聞けない』

『私は、貴方と一緒でなければ帰れないよ、そう決めてここまで来たんだ』


 立ち上がって、彼に背を向けた。

 これ以上は頭に血が上って冷静に話が出来そうにも無い、と頭を軽く抑える。

 今日は、これまでだとレオは来訪者に告げた。


『とにかく、今日はこの部屋を使うと良い。寺院と同じだから使い方は一通り解っているだろ? 悪いが見張りは付けさせて貰う。明日、別の場所を手配するよ』

『兄上、私の話を聞いて』

『これ以上まともな神経で君の話が聞ける自信が無い』


 そう言うと、相手の顔を見ることなく、部屋を飛び出す。

 私室から出てきたレオの様子に、従者はすぐに駆け寄ってきた。


「どうした?」

「いえ、なんでもないです」

「阿呆。その顔が何でも無いって事あるか。あの男、お前の何なんだ?」

「まだ・・・冷静に言葉に出来ません」


 片手で顔を覆ったレオの背中を、アマデオはそっと触る。


「俺に出来る事があれば、ちゃんと言え。なんとかするから」

「・・・今日は、彼をここに泊めます。外に出ないように見張って欲しい」

「うん、解った。他には?」


 促されて、レオは思いつく事をまず口にした。


「王都の中で、人目に付かなくて治安の良い場所に家を一軒借りてください。口が堅くて彼の身の回りの事が出来る者も2名ほど手配して欲しい」


 わかった、任せろ。


 その言葉に心底安堵して、レオは両手で顔を覆い、大きく息をついた。



----------------------------------------------------------------------------------


「うあー、本当にジヴァルだ、久しいなぁ」

「うわぁ、ルドだ、懐かしいなぁ。お久しぶりです」

「ルドルフ様、だ」


 流石に、国王に報告はしなければならないので、翌日に私室に隠したジヴァルをルドルフに会わせると、二人は至極無邪気に旧交を暖め始める。

 子供のような様子に、眉間の皺が深く刻み込まれるような思いでレオは努めて冷静にジヴァルに釘を刺す。

 国王に対する態度として、まぁ遠国の皇子として見れば不思議では無いが。

 彼はとても無邪気である。


「だって、わたしにとっては、面倒見の良い大兄だよ?」

「今は違うんだ」

「いいよ。堅苦しいことは言いっこなし。しかし、極東からはるばるよく来たなぁ」


 なんだよ、西国の言葉喋れるじゃ無いか。

 

 修道院育ちのジヴァルが日常会話に問題があるはずはなかった事に今更気がついて、気を遣った自分が損をしたような気になっている。

 しかし、独特の言い回しには慣れていないようで、ジヴァルは小首をかしげた。


「ふぇるう゛ぁんす、って何?」

「極東のことを西国ではそう言うんだよ」

「へえ、そうなんだ。綺麗な響きだね」

「で、お前何しに来たの? 間諜?」


 あまりに率直なルドルフ王の尋問に、思わずといった様子でジヴァルが声を上げた。


「ど直球で聞く辺りがルドだね。兄上」

「おま・・・・」

「え?お前、リオンの弟なの?」

「そう。母違いの兄弟」

「道理で、似ているわけだ」

「ジヴァル、これ以上は駄目だ。"閉嘴"!」


 レオの顔色に、ジヴァルは解ったよと口を閉ざす。

 大きく、息をついて自らを落ち着かせた後、レオは旧友に頼み事をした。


「・・・少し、整理する時間が欲しいから。ルド、待ってもらえる?」

「いいぞ。態々あの国からここまで来てお前に話があるって事は、それなりに大きなことだろうからな。いずれ話をしてくれればそれで良い」


 従者は、やはり有能であった。

 その日の夕方には、指示通りのこじんまりした家が準備出来たという事で早速ジヴァルを連れて移動することにする。


「とりあえず、暫くここで好きにしていて」

「へえ、兄上の家?」

「違うけど、たまには様子を見に来るよ。日々の暮らしに困るようなことはしないから」


 そもそも、ジヴァルの言っていることが本当なのかすら怪しい。

 一晩、家で考えたら、少し落ち着いたレオはまずは様子を見ることにした。

 妙な動きを見せたら、そこでまた考える事にしよう。


 そんなこちらの思惑など露知らぬ様子で、ジヴァルは家の内装を見まわして頬を緩めている。


「へえ、西国の家ってこんな感じなんだ」

「このアマデオは俺の従者で、毎日君の様子を見に来るから言付けがあったら彼に言って。他の2名は君の身の回りの事をやってくれるよ」

「出かけたいときは、誰か付いてきてくれるの?」

「それは、案内させる」

「うん、わかった」

「あと、これ」


 そう言うと、レオは辞書を一冊渡す。


「暇つぶしになるか解らないけど、やるよ」

「へえ、辞書か。ありがとう、助かるよ」


 素直に受けとったジヴァルは、ついでレオの手首をぎゅと掴む。

 思わず手を引こうとして、だが予想以上の力強さに、少し体がふらつく。

 

 ジヴァルは、掴んだ手首の力以上に緊張で少し揺らぐ瞳をこちらに向けた。


『兄上、ちゃんと話を聞いて欲しいから、わたしはここで待っているよ』



 だから、お願いだ、という声が少し震えていた。



『逃げないで』



 その言葉を最後に力が緩む。

 手を振りほどき、レオは背を向けた。



「・・・・・また、来る」



 それが今できる精一杯の返事であった。










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