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流浪の民  作者: 仲夏月
33/36

第33話



 東方王国には、今年も良い風が吹いているように思えた。

 国王の生活も安定しており、それを支える侍官や女官達も日々充実して働いているようである。


 レオの息子と同じ年に生まれた王女だけ、というのが現在ルドルフ王と王妃の間の子供ではあるが、それでも周囲は、すっかり丈夫にかつ賢い王子に育っていくイェルヴァ公子もいる事だし、まだこの先お子に恵まれることもあるだろうという安心からか、側室だの妾だの面倒くさい事を彼の元に持ち込んでくる者もいなくなった。


 侍官長と呼ばれて数年経ち、なんとかそれなりにやっていると思えるようにはなった。

 子爵家のことも、領地のことも、草原部のことも、妻が中心となり上手くいっている。


 5歳になった息子のフィルバートはやんちゃ盛りである。

 4歳になった去年からは年に数ヶ月は父母の元から離れて草原の岳父の所で他の親戚達と一緒に過ごす事になっている。草原での通り名である"バトゥ"を与えられ、馬の世話から武具の取扱まで、"可汗ハーンの孫"ではあっても、他の子供と同じく仕事が割り振られるのは良いことだと、妻とも話し合った上でのことである。

 草原の厄介親父は、厄介であるが愛情深い、ということは年々わかるようになった。

 岳父もレオを孫の父親として経緯を払ってくれており、"リオンが許さぬことをバトゥに強いるつもりは無い"として、丁寧に説明した上で孫の教育に力を入れている。

 草原の民としては、馬の扱い・剣の技術・毒の知識は必要だ。

 それは、一年にも満たない期間とはいえ、草原の旅芸人と共に過ごし、ザムエルという名の剣士に荒事をたたき込まれた自分も経験したことである。

 それが可汗もわかっているので、"リオンには下手に隠すより全て話した方がむしろ良い"と判断したようだ。

 セオフィラス辺りに言わせると"貴族の子弟がうける教育では無いと思う"らしいが、レオはいずれフィルバートが"可汗ハーンの孫"を標榜するなら、普通の貴族の子弟とは違って良いだろうと思っているし、フィルバートが魔法使いで無い以上、サミュエル・ランドや草原の可汗のような者の意見を重視した方が良いだろう。


 ただ、結構なやんちゃ坊主である。

 負けず嫌いなので、力の差があるはずの年上の者と本気で剣でやり合い、負けても何度も挑む。

 とりあえず興味が出ると考え無しに触ろうとするので、毒蛇や毒虫を触りかけて叱られっぱなしである。

 ただ、それら息子の所業を彼を送って領地の屋敷に来たついでにレオに報告する可汗は始終ニヤニヤしていたのでどうやら良い傾向だと思っているらしい。

 "基本放っておるが、死なぬ程度には見ているから心配するな"と言うことで、彼の息子は草原で至極ノビノビと成長しているようである。

 "あと2、3人は受入可能だぞ?"と変な催促までされた気がして、流石にその時ばかりは岳父に少々恨めしい視線を送っておいた。


 王都では、至極貴族らしい生活を送る。

 剣術はサミュエル・ランドが時々顔を出しては遊びながら教える他、普段は彼の弟子が相手をしている。

 ランド伯の弟子はもと孤児である。

 王都の隅で痩せ細り、目だけをぎょろりとさせていた彼を保護して連れて帰った後、公爵家の家付き騎士の養子となり現在は息子の守り役として子爵家で養育している。

 勉学には少々早いかも知れないが、それはレオが遊び半分で教えている。

 魔術書は彼には不要ではあるが、結果としてある程度読めるようだ。


 時折、屈託の無い満面の笑みが、"誰か"を彷彿とさせるのが少しもやっとするが、その"誰か"が全く思い当たらないので、レオはまぁ、良いかとすぐに忘れてしまっていた。



 ある日、国王から人払いをされた上で同席を求められた。


「セオフィラスから、書簡らしいものが紛れていたと密かに報告があってだな」


 どうやら、外務部に届いた書簡の中に、妙な物が一通紛れていたとのことである。

 正式なルートで届いた書簡ではなく、王城の荷物に紛れていたもので、表書きが周辺の国の文字ではないのでまずは外務部に届けられたという経緯とのことである。


「どうも極東語じゃないか、と言う事でな。お前に内容を確認して欲しいと。俺に処分は一任するそうだから、まぁ開封してくれないか?」


 極東語、と聞いて一瞬頬が痙攣したが、なんとか平生を維持するように努める。

 その緊張は、旧友にはすぐに伝わった。


「・・・大丈夫か?」

「あ、うん」


 ふう、と大きく息をついて、書簡を開ける。

 いくつかつなげられた横長の巻紙には、縦書きで黒々とした文字が見事な配列で並んでいる。


「長・・・・」

「格式張ってるなぁ・・」


 極東の様式に沿った、格調高い書簡なのだろうと思えた。

 文字も見事である。

 おそらく相当に教養のある人物が認めたものに思えた。


 "誠惶誠恐、稽首頓首して祗んで呈す"


 と始まった書簡に、レオは目をチカチカとさせた。


「・・・・俺、ここまで教養が必要な文章理解出来ない・・・」

「そうなの?」

「あっちの古典の引用と比喩ばっかりなんだよ・・ええと・・・・」


 かろうじて、なんとか理解が及ぶ部分をつなぎ合わせて言いたいことをくみ取ろうとする。


「ウォン大兄・・って・・俺のことか」

「あぁ? お前宛の書簡なのか?」

「俺の名前はツァイ・リ=ウォン、で年下からなら"ウォン大兄"という言い方をする事はあるよ」

「ツァイ、が家名なの? ゲーゼルヴァインドってのは?」

「あれは、修道院の中で使う家名だよ。ワケありが多いからさ、修道院の中では西国式の家名を使うことが決まりだったんだ。それでも、俺みたいに醜聞持ちの子供の噂は問答無用で広まるけど」

「で、これだけ長々と書いて、結局何をお前に言いたいんだ?」


 そこで、レオは呆れたように口をへの字に曲げた。


「この都に来たから俺に会いたいだって」

「サッと言え、さっと」


 少なくとも、この長さの紙と文字の量を使って言う話では無い。

 二人は、仰々しい手紙を前に脱力するしかなかった。

 レオは、とりもなおさず、書簡の差出人を確かめ、記憶に残る名前であることを確認する。


「・・・差出人はジ=ヴァル・・・、あジヴァルか」

「ジヴァル?・・・・あぁ、お前の後ろをいつもチョロチョロしていたあいつか」


 どうやら、覚えているらしい国王によく覚えているなと目を見開くと、彼は子供の頃の記憶をたどりつつ、以前のやんちゃ坊主の笑い顔を見せた。


「だってさ、あいつ。お前がツンケンしてても、一向に怯まないでいっつも纏わり付いてたじゃ無いか。最後にはお前も根負けして相手してただろ? それにお前によく似て可愛いかったし」

「え?似てた?」


 ぞわっと鳥肌にも似た感覚が肩をすくめさせる。

 幾分年上の国王は、懐かしそうに他意の無い笑顔を向ける。


「お前達は15になるかならないかであの修道院から出て行くことが多かったし、まっとうな奴は互いに変な詮索はしないよう自然と躾けられていたからそこまで気にしていなかったんだろうけどさ。俺はさ、お前達より少し年上だったから、その分割とよく周囲が見えたし覚えてもいるんだ。子供だから顔つきは変わるだろうけど、それでもジヴァルとリオンは割と似ているから、実は親戚かなぁって思ってた。けど、あそこはワケあり子供が多いからそういうこと口にするのは御法度なんだろうなと思って黙っていたんだ」


 で、どうする?と国王が訊ねる。

 緊張で少し震える手を無理に押さえ、レオは書簡におとしていた視線を上げる。


「・・・一度、会ってみるけど。・・・悪いけど、この件はまだ俺とルドの間だけにしてくれないか?何が目的で態々こっちにまで来たか見えないし」

「その方が良いな。外務部には、薬草の品書きが紛れてたから処分したって言っておくよ」


 その日の夕方に、少し帰宅が遅れるとだけ自宅に使いを出してレオはジヴァルが滞在しているという宿に足を向けた。

 一人で行こうと思っていたが、結婚時にサミュエル・ランドから"婿入りするのに従者の一人も連れて行かないなんて俺の顔を潰す気か"と少々強引に付けられた従者が目を三角にして怒るので、渋々一緒に行くことにする。


「一人で良いのに・・・」

「あぁ? 俺ぁ、お前の従者なんだぞ、こういうときについて行かないで如何するんだよ」


 従者、と言ってもお目付役のような気がしてならない。

 レオは、肩から力をなくしてため息をつく。


「絶対、サミュエル様には言わないでよ、アマデオ」

「お前、俺のこと見くびってんのか? お前が結婚してからこっち、俺がランド伯の間諜めいたことをしたことがあるか? 毎日、それこそおはようからお休みまでハルフェンバック家の暮らしを守るアマデオ様だぞ?」


何処かの商会の謳い文句のような口上に、何それと返しつつ、レオは従者がこれ以上ない程度には自分に付いてきてくれていることを肯定する。


「・・ない・・・」

「理解したなら、宜しい。あと、宿には俺が行ってそのジヴァルさんとやらを連れてくるから、お前はこのあたりの路地で待ってな」


 その言葉に、はぁ?と顔をしかめると、それ以上の迫力で黙らされた。


「"ハルフェンバック子爵"をあんな場末の宿屋に連れて行けるかっ。いいな?お前が来て良いのは、この通りまで。後は俺がなんとかする。書簡を持って行けば目印になるだろ?」

「あ、あと・・・これも渡してくれないか。彼は魔法使いの筈だから、これをみたら俺の手の者だって証明になるし」


 すっと腰に結わえた短刀を抜いて髪を少し削る。

 白い紙に丁寧に包んで従者に渡すと、彼はそれを大事に抱えて、通りの奥へ消えていく。


 ジヴァル、という名前で思い出すのは、自分が修道院を飛び出す前の日の彼の顔だった。

 リオンの養父が来た、と教えてくれたあの蒼白の顔色。


 何故、俺が東方王国にいるのがわかったんだろう。

 数年前に極東に送った手紙が何か関係しているのかも、とは思うが、何故彼に繋がっていくのかが理解出来ない。

 それに、あの書簡の壮麗な文字と格調高い文章。

 ・・・良家の子弟の筈である。


 緊張で、鼓動が止まらない。

 胸に手を中ててなんとか落ち着けと言い聞かせる。


『兄上!』


 極東語の響きが、周囲から際だって聞こえたように思えた。

 声の方向に振り返ると、フードを被って顔の造作がわからぬようにしたひょろりとした立ち姿。

 その後ろに、アマデオが軽く手を上げている。


『よかった!無視されても仕方ないと思ってた』


 バサリと被ったフードを外して、満面の笑みを零す。


「・・・・・・っ」


 自分と同じ、緑碧の瞳

 黒い髪。

 広い額


 自分の息子が、"誰か"に似ているような気がしていた答えにようやく気がつく。


『会いに来てくれてありがとう!リオン!』



 十年も経てば自分の息子はこのように笑うのだろうか。


 相手の笑みにぞわぞわとした感覚が背中を襲う。

 レオは自分の顔色から血の気が引いていくのを中半他人事のように捉えた。









 


















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