第30話
その日、サミュエル・ランド伯爵は久しぶりに南方軍から王都に戻ってきていた。
少々気になる案件があったためである。
南方の情勢も随分良くなったので随時本営に詰めて無くても良くなった事もあり、少しの間王都に戻り直に確認することにしたのである。
王城に到着してすぐに見知った侍官の部屋を訪問すると、相手は数年ぶりの再会に目を丸くしていた。
「サミュエル様、如何したんですか?」
「いや、ちょーっと野暮用でな。ついでにお前の様子も見ておこうと思って。これでも一応身元保証人だからな」
「どうせアマデオさんからあれこれ聞いているでしょうに。でも、ありがとうございます。おかげ様でなんの憂いも無く働いていますよ」
「何か、変わったことはあったか?」
「それ、先日もアマデオさんに聞かれたんですが、何かありましたか?」
「いや、ねぇけど。なんか困ってたりしてねぇかな?って思ってな」
「前から思っていましたが、二人とも俺が15-6のガキの侭だと思ってますよね? 妙なことに巻き込まれているなら、ちゃんと相談しますって。・・・あ、すみません。ゆっくりお話したいところなんですが時間が無くて」
レオは、手元の時計を確認してこれからの不在を詫びる。
「なんだ、外出なのか?」
「あ、はい。侍医殿、えと元医官殿ですね。彼から王立病院の前に棄てられた魔法使いの赤子が居るから名付けを手伝えって、急に呼び出されてしまって。魔法使いなら誰でもやれる事に治療師の魔力を使わせたくないし、お前今日休みなら暇だろ、出てこいって・・・・相変わらず人使い荒いから」
では、行ってきます、と私服姿のレオは少し急ぎ足で出て行った。
・・・という様子を、困惑顔で国王と見知った外交官に説明すると、レオの親友を自認する外交官があきれ顔で当たり前ですと言い切った。
「レオがわかっている筈無いじゃないですか。王城一番のトンチキですよ?」
「俺も解ってないと思う。王妃の話相手として参内する令嬢の中にレオ目当てがいるらしいが、誰が見てもあからさまなのに気の毒なくらいに相手にされていなくて、王妃もそろそろ可哀想だから令嬢に諦めよと言うべきかと思っているくらいだぞ?」
「・・・・なんだって、ハーリヴェル家の当主じゃ無くて、令息のハルフェンバック子爵から俺に問い合わせが来るんです?」
ここまでの状況が一切飲み込めないサミュエル・ランド伯爵が取り急ぎ王城に来て二人に面会を申し込んだ理由が手元にある。
「いきなり、"レオニード・ゲゼルをハルフェンバック子爵の後継に迎えたいが、身元保証人として障りがあるとお考えか"って書簡貰ったら、何が如何してそうなっているんだってなるでしょう?」
「前から、子爵がレオを狙ってるなーって薄々感じてはいたんだけど、領地の屋敷の家令とか、そっちかなと思っていたんですよ、草原の言葉も上手だし。で、相談があるって言われて何を聞いてくるかと思えば、"ウチの妹に婿を取らせようと思うんだけど、ゲゼル侍官って誰かお相手いたりする? そもそも、彼ってその辺りどうなの? きっとモテると思うんだけど、あの顔でとっかえひっかえってタイプじゃないよね?"って言うじゃないですか。もう驚くやら面白くなるやらで。もちろん"あの王城一番のトンチキにそんな器用なこと出来るわけないでしょう。お相手云々だって、陛下がそろそろ気を揉む程度にはいませんよ"って保障しておきました」
そもそも、とサミュエル・ランドには納得のいかない事がある。
「草原部のお姫様・・・ハーリヴェル家のご令嬢は、陛下のご側室になられるって話じゃなかったですか?」
「その話を、当の俺にすらおくびにも出さなかったレオがお前に話すとは思えないんだが?」
先代国王の側近等や侍官の数名等少人数しかしらない筈の情報を何故南方軍の上層部が知っているのだ、という国王の言外の追求に、サミュエルは実ににこやかに返した。
「爺共の周辺って割りと脆いんですよねぇ、ってだけは忠告しておきますよ」
「僕、それは初耳だ。レオは知っているんですか?」
「そもそも、俺とそのご令嬢の仲を良いように取り持て、というのが爺共からレオに指示されていたことだぞ。あいつ、しれっとした顔でご令嬢と俺の間で上手く事が運ぶようにいろいろ画策していたらしい」
いずれ、ギッチギチにシメル。
隠し事をされていたのが一番気に食わない国王に、仕方が無いでしょう侍官なんだから、と一番年下ながらぴしゃりと言い切れる外交官は続いて首をかしげた。
「陛下がご存じと言うことは、側室云々というお話は無しになったんですか?」
「表向き、爺共と侍官達には引き続きご令嬢と俺の仲が上手くいくようにと周囲が取り持っているという事になっている」
仕返しだ、とばかりに国王の顔が大変悪い表情である。
「子爵からは、もう少し準備が整うまではこのままのらりくらりして欲しいってさ。王妃に全部話したら、彼女も大いに乗り気でね。ご側室の噂を聞いたら、大変傷ついた振りでもしておくそうだ」
「準備とは?」
「立ち居振る舞いや貴族との付き合い方は侍官を努めるくらいだから、まったく問題無い。領地に関する情報と草原部の内情の把握や草原の言葉の問題は、陛下に付き合っている内に関心が出たせいか自分で勉強しているみたいで、最近じゃご令嬢も舌を巻く程度みたいですよ。家柄問題は、いちおう極東の貴族の出自って言う陛下のお墨付きと、サミュエル様が後見人ってところでなんとか整える。最近は僕に付き合ってよって言って不審に思われない頻度で公爵家のお茶会とかには連れて行ってるから、すでにあちらのご当主や奥方様にはお目通り済みです。陛下の信の厚い侍官ってことでご当主には好印象ですね。あとは、公爵家の現当主にご令息が"爺はそろそろ隠居しろ"って引導を渡すタイミングを狙っているところ」
「・・・・・・」
リッテンベルグ卿の説明を聞いている内に、サミュエル・ランド伯爵の表情が、なにやら市場に子羊を売りに出す牧場主のようなものになっていく。
「それって、外堀が埋められているって言わないか?」
「それはもう、見事にガシガシ埋められてますねっ」
「セオ、楽しそうに言うな、嬉々として加担するな」
「俺も、このくらい強引な手でも使わなければあいつに縁談なんぞ来ないと思っているから、概ね賛成なんだが」
国王は、ふと神妙な顔を見せる。
「・・・リオンが、絶対嫌だって言うならそこは引いてくれって子爵に言ってあるんだ」
民の身から爵位を得るということは、それなりに苦労はする。
まして、極東人という境遇で東方王国の貴族として名を連ねるということなれば。
自分のような苦しい想いはして欲しくない。
その言葉には、国王の内情が少しだけ透けて見えたが、セオフィラスは静かに異論を述べた。
「宮廷魔術師でもなくて治療師でもなくて、王の侍官を選んだレオには、良い話だと思いますよ? だって、陛下の近くで自分の出来る事をやろうと思うなら、貴族の位は少しレオを自由にしてくれるもの。子爵が言っていましたよ、"妹がやりたいことをきっと彼は否定しないでくれると思うから、彼には子爵の力で出来る事を陛下の為に使って欲しいんだ。だから、私は彼に義弟になって欲しいんだよ"って。・・・レオは、レオなら、多分この話受けると思います」
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「おー、悪ぃなぁ。休みの所呼び出しちまってよ」
「そう思うなら、臨時報酬ははずんでください」
王立病院の医局でちっとも悪びれていない様子の相手に、たまの休みを献上することになったレオはつんと顎をそらした。
レオの要求に、それはまぁ、事務長に言っておく、となんとも歯切れの悪い顔で頼りない回答をした後、侍医はレオの首回りにガシッと自分の腕を絡ませる。
「で、如何だった?」
「棄てられる直前までちゃんと世話されていたみたいで、とくに栄養状態も悪くなさそうでしたよ。治療師の方と相談して魔法使いの名前を付けておきました。あとは孤児院につなぎをつけるそうです」
「そうじゃねーよ、いや、それも気になっているけど」
悪いが俺ぁ忙しいから自分で治療師の診察室に行ってくんな、と伝言されていたので依頼内容の報告を聞きたいのかと思えばそうではないらしい。
侍医は、にんまりと口の端っこをゆがめる。
「あの治療師、美人だろ? 腕も良いんだぞ? お前さんと似合いかもなーって前から思っててさ。あとで挨拶がてら今後も情報交換とかしたいとかなんとか言って、お茶でも誘ってみるのはどうだ?」
「侍医殿、魔法使いの子供をダシにしたんですか?」
あんたそれでも医者かよ、とは口に出さないまでも表情で少し非難めいたことを伝えると、侍医は多少の罪悪感は覚えつつも言い訳がましい。
「そーいうなってよー。治療師に余計な魔力使わせたくないのは本当だよ-。お前もう21だろー? その気になれば引く手数多なんだから、そろそろ御婿に行きなさいって」
「侍従とか侍官で独身って全然珍しくないじゃないですか」
「そりゃ、侍従たちの多くは修行がてら王城にいるからな、若いのは独身が多いさ。侍官のなかでも重鎮とか、貴族出身で爵位がある奴は所帯持ちが多いだろ?・・・・だからさ、町屋敷の家令とか家扶とかさ、そっちに転職して、嫁さんと一緒に王都の街で暮らすってのもありじゃないか? 有力貴族の家の家令なら王城の侍官よりむしろ報酬が良いし。その上変な貴族のもめ事に巻き込まれることもないし、ましてや一部の貴族や侍従みたいに変な嫌がらせしてくる奴からもおさらばだぞ?」
「もう、ほとんど絡んでくる人いないですよ・・・・知っていたんですか? 貴方が侍医になるずっと前ですよ?」
「ランド伯の部下からさ、リオンにえげつないことする連中がいるって事は聞いていたんだわ」
「アマデオさんだな・・・・もう・・・」
大きくため息をついた後、レオは侍医の腕から逃れ、きちんと正面を向く。
「俺は、王城以外で働く積もりはありませんし、結婚もまったく考えていません」
「えーーー?」
「侍医殿が、俺を心配してくださっていることには感謝いたします。でも、もう変な嫌がらせをしてくる人はいないんですよ、これは本当です。それに、俺はこの国で自分がやれることを考えて、王城の侍官を選んだんです。だから、王城以外では意味が無い。それで、やれ極東人だ異国人だと言う奴には好きに言わせておけば良いんですよ。それに、結婚云々なんて、まっとうな家族がなんたるかも知らない極東人の俺には想像もつかないし、そういう余裕も無いです」
しゃんと背を伸ばしてまっすぐに侍医を見つめたレオに、侍医はしゅんと肩を落とす。
「すまねぇ。俺のお節介だった」
「侍医殿の御厚情は解りましたから」
怒っているわけじゃないですから、と朗らかに笑って、レオは外套を抱え直す。
「そのうち自分に余裕が出て、独り身がなんだかなーって思い始めたらお節介をおねがいしますよ」