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流浪の民  作者: 仲夏月
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第3話

 寄宿舎脇に立てられている細い塔が独居房だった。


 三日間、そこで謹慎するように告げられた。

 

 むしろ、謹慎程度で済んだことが嘘のようである。

 

 魔法で火達磨にされかけた少年がリオンを追い出せと院長に詰め寄ったらしい。

 

 そこをルドルフが擁護したようだ。



 「そも。発端は彼の無礼な言葉によるものです。あんな失礼なことを言われて、今まで黙っていたゲーゼルヴァインド君の心中を察します。彼を御処断なさるなら、俺はここには居られませんね。父に話して修道院を移していただきます。・・・もっとも、詳しい経緯を父には説明しなければなりませんが。」

「それは・・・。」

「この修道院の中で身分に関わらず人と付き合い、勉学に励むようにと父に得々と言われてまいりましたが、こう権威を振りかざす人々の間では勉学どころではありません。」

「・・ご子息。」


 戻りかけた意識の中でそんな会話を聞く。

 

 相変わらず、外面のいい奴だと思いながらまた意識の深いところへ引きずり込まれていた。






 「・・・独居房って、静かだなぁ・・。」



 壁の高いところにぽっかり開けられた窓から見える月を見つめて、リオンはつぶやいた。そのつぶやきさえ、こだまとなって壁から跳ね返ってくる。

 

 

 「最近、ルドが居るから、毎日騒がしかった。」


 一人が、こんなに静かだと思わなかったのは久々に一人きりで過ごす夜だからだろうか。

 

 いつもなら、ルドルフの話に付き合って、腹を抱えて笑って、ぶつぶつと不満を言うのをなだめて、作文の綴りをチェックしてやって・・・忙しいはずなのに。


 

 

 ・・・・リオン。感情のままに力を振るってはいけません。魔力に頼り、その力を制御できないようでは、これから先もっと苦しむことになりますよ。一人でよく考えなさい

 


 独居房に入れられる前に、院長から告げられた言葉をもう一度かみ締める。

 立てた膝に顔をうずめて、少年は膝を抱えた。



 しばらく、そのままじりとも動かないでいると。がちゃがちゃと鉄の扉が動くのがわかる。独居房の格子の向こうの小部屋の扉が動いて、銀髪の少年がひょっこりと現れた。



 「リオン。腹減ったか?」

「ルド? どうしたんだよ?」

「食事もっていかせてくれって頼んだんだ。下の看守さんにもちゃーんと許可取ってるから。俺の分も持ってきたから、一緒に食べようや。」


 籠を片手ににっこりと笑って、ルドルフはつかつかと石の床の音を鳴らす。そのまま、格子越しに背を向けてすわった。



 「いいのかよ。まさか勝手に抜け出してきたんじゃないんだろうな?」

「大丈夫だって。院長にもちゃんと言ってるし。」


 そういいながら、パンをひとつ渡す。下の隙間から、トレイに乗せた深皿に入ったスープもよこしてきた。

 


 「さて、今日も感謝して、頂きます。・・・ちゃんといわねぇと、お前怒るからな。」

「・・・いらない。」


 パンをトレイにおいて、リオンは膝を抱えて格子に寄りかかる。格子をはさんで、背中が温かい。

 パンを口の中に放り込み、咀嚼しながら、ルドルフはそうだと背中越しにリオンを一瞥する。



 「お前さ、魔術得意なんだな。あんな炎見たこと無かった。」

「・・・・魔術師なんじゃないかって、噂してる奴がいた。」

「何が?」

「俺の本当の父親。・・・・・宮殿に出入りする魔術師の誰かじゃないかって、それとも、大聖堂の神官かもとも・・。俺に聞かれて無いと思ってて好き放題言ってた。」


 ふうん・・・。

 

 ルドルフがスープをすする音が聞こえてくる。ふわんと暖かい匂いが鼻を通る。


 「修道院の食事ってのも、慣れれば美味いもんだなぁ・・。」

「ルド、ごめん。」

「何が?」

「記憶半分なんだけど。俺の事かばってくれてたの聞こえたから。」


 顔を横に、床に話しかけるようにつぶやくリオンに、気にするなよとルドルフは笑う。


 「ありゃ、ちっとやりすぎだけどな。・・・・お前、俺の代わりに怒ってくれたんだな。ありがとう。」

「そんな、いい話じゃないよ。」

「・・・お前さ、ひょっとして騒ぎ起こせば父親が来るとでも思ってるの?」

「・・・。」


 背中を格子からはずして、ルドルフの背中を見つめる。銀髪の少年の背中は、身じろぎもしない。


 「・・・・何したって、来ないよ。」

「否定はしないんだな。」


 そのまま、沈黙が流れる。リオンは、また格子に背中を預けた。

 

 

 また、ルドルフはほつりと聞いた。

 

 「誰かに、止めて欲しいのか?」

「・・・・わからないんだ。」


 リオンは、膝を抱えたまま、壁に向かって返事をした。

 

 

 「俺、父上が嫌いなのかそうでないのか、わからないんだ。ただ、俺が何したって、父上には届かないだろうし。それなら、何したっておんなじだって、そう思うと力が止まらない。」

「ふうん・・・。」



 また、しばらくの沈黙が流れる。

 

 

 「じゃあ、俺が止めてやるよ。」

「え・・?」


 顔を上げ、格子の向こうの背中を見つめる。

 

 「ほら、俺もなんだ。将来侯爵になるとかいう男だしさ、度々ぶち切れて暴走する奴を友達に持つってのもなんだか困るしさぁ。」

「・・・暴走って・・。」


 ぷっと吹き出したリオンの目の端にパンが差し出される。

 

 「いきなりぶん殴る前に言いたいこと言えよ? 俺みたいにスマートに、知性漂う物腰で、なっ? ・・・・お前が言われっぱなしだから、相手が図に乗るんだよ。」

「・・・何が知的に、だよ。」


 パンを受け取る。


 格子に背を預けて、一口パンを口にしかけたところで、ルドルフの声が響いた。

 

 「それからさ、あの取り巻き以外の連中・・・。あいつらに相手にされてない奴らの中には結構お前の味方居るみたいだぞ? ・・・そういうの、ちゃんと見ろよ。お前が寄せ付けないから、誰も近寄ってこないんだからな。」

「・・う、うん。」

「早く独居房からでろよ? 俺の小論文、誰が綴り見るんだよ~。」

「・・・・自分で辞書引けよ。四つも年下の俺に何時までも綴りなおされてるんじゃ“侯爵”になっても先が思いやられる。」

「おまえなぁ。そういうの生意気って言うんだぞ。」



 ちょっと嫌そうな声が聞こえて。リオンは思わず笑みをこぼした。

 くすっと笑いながらかみ締めたパンは。

 



 いつもより塩味が強かった。







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