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流浪の民  作者: 仲夏月
29/36

第29話


 ハルフェンバック領の領都での草原の可汗(ハーンとの会談は、ここまで準備して上手くいかないはずはないだろうと自負する程度には成功したと言える。

 王太子ルドルフ殿下は、可汗と和やかに歓談した上、先方からのもてなしの茶も美味しそうに頂き、草原部の重鎮と簡単な挨拶を交わして、相手の言葉や文化にも理解があることを示し、いずれ彼が国王となっても両者には変わらない友情と友好の誓いが立てられた、ということである。

 極東人は流石に悪目立ちするから、ということでレオは外交の表だった場には一切出なかった。

 むしろ、そうできて彼はほっとした。


 草原部は、極東人とも関わりが深い。今回は東方王国とよりつながりの深い西部の者が出てきているが、東側には極東に定期的に派遣される使者を務めている者もいるそうだ。


 流石に、郷里の父はもう出奔した自分に関心が無いだろうが、何かの折りに西国に出てきたリ=ウォンという極東人が話題にならないとも限らない。

 できるだけ、草原部の特に東側の者には顔と名前を覚えられぬ方が良いだろう。


 修道院の院長から聞かされた範囲では、父は地方にそれなりの領地を持つ裕福な貴族出身の官吏だが魔法使いでは無かったのもあって中央で出世できる程の力は得なかったらしいし(だから余計に極東の宮廷魔術師がレオの実父かも知れないと言うことで利用したかったようだ)、父違いの兄もおぼろげ乍らに魔法使いでは無かったという記憶だけはあるので中央政府に出仕しても武官止まりだろう。魔法使いであることが出世の最低条件である極東国の中で、他国や他領域と接触する役職にはおそらく関わらないはずだ。

 それに、父も兄も、きっと恩知らずの次男のことなど聞いても恨みが増すだけだ。

 わざわざ、探したいものでも無いだろう、と自分を落ち着かせた。


 可汗との会談を終え、王城に戻ってからあまり時間を置くこと無く、国王が亡くなった。


 国王となったルドルフには、尊敬していたと言う先代の死を悼む時間もあまり許されなかった。

 草原の南方部と砂漠が少し不安定さを見せていたからだ。

 サミュエルの部下であるアマデオの姿もあまり王城で見かけなくなった。

 安全な王城の中とは言え、レオやその同僚も幾分緊張した日々を過ごしていたが、今回はそう戦が長引くことは無く、国境は早々に従前の落ち着きを取り戻すことができた。


 王城内が、ようやく落ち着いて国王の即位を寿ぐ事が出来るようになった頃、レオはセオフィラスから矢鱈と格式張った書簡を受け取ることになった。


「招待状?」

「うん、そう。来てくれるよね?」


 どうやら、戦で少し時間が空いたがセオフィラスの18歳の誕生日を祝う夜会を伯爵家で催すそうである。その際には今年10歳になるという彼の妹の誕生日も一緒に祝うそうだ。


「え?俺が行ったら場違いすぎじゃない?」


 レオの休憩中の執務室にひょっこり現れたセオフィラスは、向かいのソファで書簡を見るなり見せたレオの困惑顔にそんなぁと少し子供っぽく口をとがらせた。


「そんなことないよ。レオが僕と親友なのは外務部の皆も侍官達も皆周知のことだろう?僕の成人の祝いに君が来ないなんておかしいじゃないか」


 あと、これはお願いなんだけど。


 セオフィラスは、少しだけ申し訳なさそうではあるが、大変使命感に満ちた顔でレオの顔を拝む。


「ティリー・・・マチルダがさ、エスコート役はレオじゃなきゃ嫌だって言うんだよ」

「ええ・・?」


 数年前に、レオは王都に来て暫くの間セオフィラスの実家であるリッテンベルグ伯爵家の町屋敷に滞在していた。王城に出仕する準備をしながら王都の事を知るためであった。最初は適当な下宿で良いと思っていたレオだが、慣れていない極東人にはまだ危ないとセオフィラスやサミュエルに言い含められての事であった。その頃7歳のセオフィラスの妹は、初めて見る異国人のレオに兄と同じくまったく屈託を感じない無邪気さを以て親しくしてくれた。その後も、時折私的にリッテンベルグ家を訪問するレオに小さな淑女は歓迎してくれたのである。


「大がかりな夜会じゃないし、まだ10歳でティリーは社交に出るまでにまだそれなりに時間もあるから、今回は彼女の我が儘を聞いてあげたい気もするんだよね。あと数年経ったらそろそろ縁談の話しも考えないといけないし、でも今年何処かの貴族の男の子に頼んだら、多分勘ぐる者もいるだろう? そういうのはまだ早いかなぁって」


 だから、御願い出来ないかなー?


 おそらく、妹の期待を一身に背負っているであろう兄の顔でセオフィラスは珍しく必死であった。


「ご挨拶したらすぐに引っ込むからさ、その間だけお願い。少しだけ、ウチのお姫様の王子様になってくれない?」



--------------------------------------------------------------



 一世一代の大役を果たした、とレオは思った。



 小さな淑女を丁重にかつ紳士的にエスコートする役目は予想以上に緊張したが、どうやら今夜の主役のお姫様の意向に沿うことが出来たようで、客人達の前から辞し屋敷の奥へと入る前に大変満足そうな御礼の言葉と子供らしい抱擁を頂戴することができた。


 当日は私の王子様だから絶対白地に金糸の縫い取りのある衣装にしてね


 ご指定に従って用意した上着は、正直レオには面はゆい程度には派手で、大役を務めた後は早々に脱いで無造作に腕にかけると、彼は足早に会場の隅っこの椅子を陣取る。


 小さな令嬢の付き添い役から外れると、一気に場違いな感覚を覚えざるを得なかった。

 特に極東人のエスコート役に興味関心を払う者がいないのがとても居心地が良く、レオはこの後の時間を程良くやり過ごす為に様子を眺める。


 少し、気を抜いたその姿に聞き慣れた声がかけられた。


「王子様、お役目ご苦労様でした」

「ちゃんとサマになっていたねぇ」

「これはハーリヴェルのお嬢様にハルフェンバック子爵様」


 反射的に立ち上がると、レオは丁寧に礼を施す。

 ハーリヴェル公爵家の兄妹が少し悪戯っぽい瞳を輝かせていた。

 ハルフェンバック子爵はセオフィラスの同僚なので当然出席なのだろう。


「お姫様はご満足そうでしたわね」

「なんとかお役目を果たせたようです」

「もう脱いだの?折角王子様っぽく似合っているのにさ」

「そういう柄にもないですし・・・なんというか、肩こっちゃって」


 腕にかけた少々派手な衣装を困ったように掲げると、ご令嬢は鈴を鳴らしたように笑う。


「ゲゼル侍官殿らしいですわね」

「俺には少々場違いだとは思うのですが、セオ・・リッテンベルグ卿に頼まれては断れませんよ」


 そこで、子爵は令嬢を促す。


「少し、伯爵とお話があってね。申し訳ないのだが、この跳ねっ返りのお目付を君に御願い出来るだろうか?」

「まぁ、兄様。少々お口が過ぎるのでは無くて?」

「畏まりました、子爵様」


 侍従宜しく承服すると、子爵は軽く頷いてその場を離れる。


 レオは、取り残された令嬢に椅子を勧めた。


「それとも、御庭をご覧になりたいですか?」

「ううん、ここで良いわ。私もあちこちでご挨拶をしたから少し疲れました」


 令嬢は、レオが先ほどまで腰掛けていた椅子の隣に腰を下ろす。


「何かお飲み物をお持ちしましょうか?」


 その言葉に、令嬢は首を振った。


「お構いなく。今日は貴方も御客人なのだから、そういう使用人ぶった行動はかえってここの家人を困らせますよ?」

「は、はぁ・・・」


 そう曖昧に返して、レオも先ほどまで座っていた椅子に腰を下ろす。


 暫く、お互い口を閉ざしたまま少し離れた位置でにぎやかに過ぎていく時間を傍観する。

 音曲に併せてダンスに興じる者や、親しい者同士でおしゃべりに花を咲かせるもの。おそらく、セオフィラスの近づきになりたいらしい諸家の令嬢達は、とびきりのおしゃれをして妍を競っている。


「みんな、きらきらしていて本当にお姫様みたいね」


 しみじみとした台詞に、レオは目を丸くしたあと、小さく笑った。


「何を仰っているんですか」


 おそらく、ハーリヴェル公爵家が今日の招待客の中で最も格が上の筈だ。

 そこのご令嬢が何を言い出すのやらとレオは呆れる。

 

「今日のお客の中では一番のお姫様のようなものでしょう?」

「これでも、草原を出た頃は、あたしはお姫様になるんだって思っていたわよ?」


 少し砕けると"あたし"と自称するのは、草原時代の名残なのかも知れない。

 自分から遠いものを観るような視線を目で追って、レオは軽く首をかしげる。


「草原でも、公主グンジと呼ばれていたのでは?」

「そうだけど、でも草原に居たときは、部族の男の子や女の子と一緒になって毎日馬を乗り回していたから、あまり自覚はなかったわ。だから、公爵家の養女になることが決まったときは、あたしは頑張って物語のような強くて賢くて綺麗な西域のお姫様になって草原の皆を護るんだって、そう思ってたの」


 急に、令嬢はレオに意識を向けた。


「草原の旅芸人の話を聞きたいわ。貴方がとても綺麗で格好いいって言った踊り子さんはどんな方だったの?」

「舞台の上では、って限定ですよ。普段は癇癪持ちだし、我が儘だし、俺は何度怒鳴られて煙管を投げつけられたか。・・・ま、次の日咥えた煙管から魔法で火柱立てさせてやったらもう投げなくなったけど」

「・・・ぶ・・・」

「けど、あたしが皆を護る、って意識は人一倍強かった。どんなトラブルでも絶対一番前に出て行ったし・・・、出て行って無礼な客とはギャンギャン喧嘩するから、ヒヤヒヤしたけど。でも、一歩も引かなかった」


 そこで、レオは少しだけ困ったような笑みを令嬢に向けた。


「お嬢様には少し気持ち悪いかも知れないけど。正直、一晩幾らだって言われたことはありますよ? ・・・そういう客がね、たまに居るんです。踊り子とか、金さえ出せば自分の好きに出来ると勘違いしてそういう事言う奴。その時も、彼女は俺より小さいのに俺の前に出て行って"この子にそういう仕事は指示していない。第一、あんたみたいな客はウチにはお呼びでないんだよ!一昨日来な!!"って水撒いて塩撒いて、・・・続いでに俺も魔法で火を撒いて。あとで、やり過ぎるな馬鹿って二人で座長に怒られたけど」

「・・・今は、どちらに?」

「戦に巻き込まれて離ればなれになってしまったから、生きているのかどうなのかも解りません」

 

 ふと、令嬢が自分の右腕にそうっと触れていた事に気がつく。

 申し訳ない、と令嬢は目を伏せた。


「辛いことを聞いてしまったわね」

「あ、いえ。生きていれば、何処かで会えるって思うから、大丈夫。そもそも、あのカテジナが唯々人に流されているはずはないから、きっと何処かで派手にやっていますよ」

「すごいな・・・、そんなに強くて格好いい草原の女性が何処かにいるのね」


 羨望の様にも感じる声色に、レオは正直にぽろっと心情を零す。


「え・・・アニーシャ様も格好良いけど」


 きょとんとしてようにも見える表情に、少し焦りを覚えつつ答える。


「え、だって。ハルフェンバック領のことをすごく勉強なさっているのが解りますし。草原部の情勢を陛下に正直に伝えて、この国と草原部が一番良い関係を継続するには如何したら良いかという点を常に気にかけておいででしょう? カテジナみたいに相手に怯まず啖呵切る方法以外にも、相手と堂々と渡り合うやり方ってあるんだなーと・・・、それって男女関係なく、格好いいと思います」


 素直に思った事を述べる。

 令嬢は、驚いた表情をすぐに逸らす。


「お父様達にとっては、お前にそんなことは求めてない、って感じみたいだけど」


 少し皮肉じみた笑みが何を意味するかはレオには嫌でも解ってしまった。


 即位して大分落ち着いたから、側室の件についてそろそろ本腰を入れられるだろうと侍官長は言っていた。

 傍目には、ご側室候補としては筆頭の様である。

 確かに、交流は続いているし、陛下は他に名前の挙がったご令嬢に関心を持っている様子はない。


 入内となれば、今この令嬢が力を入れている事は全て要らぬと言われるであろう。


 令嬢の自嘲に、レオには何もいえないのが少し歯がゆかった。


「あら? 兄様とリッテンベルグ卿が呼んでいるみたいだわ」


 沈黙が少し堪えられなくなってきた頃に令嬢が遠くの様子を目に留めた。視線の方向に顔を向けると、セオフィラスと令嬢の兄が軽く手を上げているのがわかる。


 立ち上がり、着慣れない上着を羽織ると、レオは令嬢の前に手を差しだした。


「俺がアニーシャ様の力になれる事って大してないですが。せめてここから兄上の所までは、貴女は物語のような強くて賢くて綺麗な西域のお姫様ってことにしましょうよ」


 柄にもない事をしたと少しだけ後悔を引き連れ、令嬢に付き添って無事に兄の元に届けると、レオは親友に帰宅の旨を告げる。


「えー?もう帰るの?」

「侍従の朝は早いの。では、お嬢様、子爵様、これにて失礼いたします」


 あまりゆっくり話が出来なかった、と今夜の主役は不満そうであるが、いつもなら私室で翌日の仕事の段取りを確認している時間である。

 レオは、三人に丁寧に退去の礼を施し、背を向ける。


 この広間を出るまでは、ちゃんと上着は着ておこう、と思った。



 










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