第23話
「・・・・・俺は、"前払いの傭兵"については何も知らんぞ。サミュエル・ランド」
ひととおり、レオのこれまでの旅の経緯を聞いて、侯爵は口の端を吊り上げた。
その声の威圧感に、騎士は申し訳ございません、と頭を下げる。
「それに、第一。俺はその拷問めいた情報収集のやり方についても聞いていない」
本当はそこまで話したくは無かったが。
侯爵の詰問に、サミュエル・ランドが早々に白状し、その後は洗いざらいレオも話さざるを得なかった。
今まで、知らされていない情報が多いことに、総司令官は大いに不満の様子である。
「サミュエル、俺はそういう捕虜の扱いを指示した覚えは無いぞ?」
「はい、申し訳ございません」
「それは人道にもとると、俺は言ってなかったか?」
「はい、その通りでございます」
「南方軍が敵と同じ事をして如何するんだ」
「言い訳しようもございません」
「やめろ、ルド」
とうとう、レオは口を挟む。
「それで、情報が入らないと怒るのはお前だろ? そういうのを綺麗事と言うんだ」
旧友への言葉にはやや棘があった。
「拷問だろうが尋問だろうが。俺達が必死で手に入れた情報で、象棋の駒を動かすようにほいほい軍を動かしてたのはお前達上層部じゃないか」
不機嫌そうに顔をしかめて、レオはルドルフを見据えた。
「傭兵と名の付いた奴隷を売買しているって知って、取締りしたところで、じゃぁ、現地の兵隊の状況をどう改善するんだよ。人も物資も足りない上、中抜きする奴もいる。鬱屈がたまった歩兵は軍民問わずそこかしこで問題を起こす。そもそも、最前線の兵隊の状況なんて把握することすら困難だ。俺が衛生兵してた頃に聞いた患者の噂話のなかには、サム様だって知らない話がごろごろしてるよ。それこそ、選り抜きの精鋭部隊の戦功だ。大概は、まともに話せない内容ばっかりな!」
侯爵の言葉がとまる。レオは、ため息をついて、首を振った。
「何時の間にやら、随分ご立派な御貴族様になったんだな。・・・・・綺麗事ばっかり言って」
ふつふつと湧き上がる感情をなんとか制御しようと、知らず拳に力が入る。
レオは、ぽろぽろと今まで内側に閉じ込めていた物を吐き出していく。
「俺だって奴隷紛いの傭兵なんて許される話じゃないってわかってる。サム様から、自由になる金なら払ってやるから部下になれって言われたのも、・・・正直屈辱だった。捕虜の扱い方も、良いとは思ってないよ」
"己の腕に、命を賭けてみるか?"
あの日、サミュエルから言われた台詞を思い出す。
あのときから、自分の時が再び動き出したことは間違い無いと思う。
・・・・"正しい"道では決して無かったけど。
目の端にじわっと何かがにじむのを必死で堪えて、レオは絞り出すかのように声を上げる。
「だけど、非道だですませて代替案はナシか? そんな綺麗事が通用するのは、綺麗な染みのない服着て、ちゃんと風呂に入れて、毎日きちんと食事が取れる奴だけだ。血の染みが落ちない服を着て、一日一瓶の配給の水をちびちびなめて、ぼそぼその食料で腹を膨らませていた俺には、やらされているのが尋問だろうが拷問だろうが、流されているのが泥の河だろうが血の河だろうが、このまま腐って生きるよりは、それよりましなら何でも良かった!・・・・頭ごなしに怒鳴りつけて威圧する前に、どうして自分のトコに情報が回ってこないのか考えろよ」
この次は、口にしてはいけないとわかっていた。
わかっていたけれど。
「言っても・・・・・、言っても、無駄だと思われてるんだろうが。えぇ? 侯爵様よ!!」
「・・・・レオ・・・」
レオ、そこまでは、言うな。
前のめりになる肩はいつの間にか武骨な両手で抱えられるように押さえられ、サミュエルの呟きがひっそりと聞こえてくる。
「・・・・・・・」
唇をかみ締めて、だまったままリオンを見つめる侯爵は、続いてむうと口を尖らせた。
「・・・何故、お前はサミュエルの味方をするんだ。・・・何故、俺に連絡をくれなかったんだよ!」
「できるもんなら、やってたよ!出来るわけないだろ!俺は"前払いの奴隷"で"卑しい極東人"だからな!」
そこで、息が切れる。
少しだけ、頭が冷えて、レオは幾分声を抑えた。
「サム様が居なかったら、俺はとっくの昔に死んでいる。お前の居る国で、お前の動かす軍の中で、お前が絶対知りえない場所で・・・、お前には到底想像も付かない死に方してるよ。そして、お前は間抜けにも俺からの連絡を延々と待ち続けてるってな」
少しだけ口の端がつり上がる。
「随分滑稽な話だな?」
その言葉に。
ルドルフは、今までに無い程に血の気を失った表情で黙り込んだ。
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「侯爵が草原部のツテで極東の修道院に暫くいたことは知っていたが・・・・そこで知り合ったのか」
サミュエルは、執務室に残されたレオからルドルフとの関係を聞かされると、大きくため息をついた。
侯爵は、周辺の部隊の駐屯地を視察するということで数人の護衛と共に出かけていった。案内役を兼ねた従人としてセオフィラスが同行している。
サミュエルと向かい合わせに座り、レオはうなだれていた。
ぽつぽつと、聞かれるがままに修道院でのことについて口を開く。
「宿舎では俺と同室でした。それで、自然といつも一緒に行動してて・・」
「お前だったのか・・・・・、ルドルフ様が一度だけ言ったことがあったんだ。"同室の極東人のおかげで修道院の生活はすごく楽しかった"って。極東の話はほとんどなさらなかっただけに、その時の懐かしそうな顔が印象強くてな」
「・・・・一人きりで西国から来ているのに、いつも前向きでお調子者で明るい奴で、院内の者とすぐに仲良くなれる位に人懐っこくて、面倒見も良いから年下の修道士に慕われていました。侯爵家の庶子だからここに放り込まれたって言っていましたけど、東方王国からこんな東の涯ての閉鎖的な国に連れてこられる程度には複雑な事情が有るんだろうとも思っていました」
「ブルッフ家・・・侯爵家は王位継承に関わる家だ。そこの嫡子が庶子ともなれば、いろいろ口さがない者も出る。ましてや、王都の下町で育って貴族の子弟としての教育も受けていないルドルフ様を跡継ぎとすると先代の侯爵が宣言した際には、王城内のそこかしこで喧しい騒ぎになったと聞いている」
やはり、ルドルフがあの修道院にいたのには、相当な事情があったのだ。
膝の上で組んだ拳を他人のもののように見つめながら、サミュエルの言葉に耳を傾ける。
「庶子のルドルフ様を暫く預けるのに、東方王国内の修道院や寄宿学校では周囲が騒がしくなることは必至だ。・・・なるべく東方王国の事情が伝わらない土地が良いということで、ブルッフ家の縁戚にあたるハーリヴェル公爵の紹介で、公爵の姻戚にあたる草原の可汗の手配により極東に行かれた。極東や草原の事を知っている、というのも将来国として益になるだろうという判断も有ったらしい」
「極東と言っても、草原の領域との境にある修道院です。京師・・・王都とは距離的にも政治的にも隔絶されていて、さらに西国式の教育を受けられるということで、極東の中でも草原との付き合いが多い家の子弟や、特殊な事情のある家の子供がいるところでした。・・・・・あんまり益になるようなとこでも無いと思うんですけど」
「特殊な事情ね。・・・お前こそ極東の貴族の出自だそうじゃ無いか。何故、今まで黙っていたんだ?」
「言ったでしょう? 事情ありだって。・・・金輪際、家と関わり合いになんかなりたくなくて出てきたのに、言うはず無いじゃないですか。15歳になる頃に王都に戻されて何かに利用されそうな様子だったので、そうなる前にと思って修道院を飛び出したんです」
そこで、レオは少しばかり焦った表情で顔をあげた。
「・・・・俺を極東に還すとか、そういう事しないですよね?」
「心配するな。そんなつもりは元々ないよ。・・・帰りたいなら、北方草原部に頼めば極東までの道中安全に移動出来るように手配出来るだろうが、帰りたいわけじゃ無いんだろ?」
ほっとして、これでもかという勢いでレオは首を縦に振る。
続いて、おそるおそる、サミュエルの顔を覗う。
「・・・ルドルフ・・ブルッフ侯爵に随分言いたい放題言ってしまいました」
「今更後悔してもおせぇよ」
お前なぁ、と少々のしかめっ面で呆れられた後。
サミュエルは、寂しそうに笑った。
「侯爵もまだ若いからな。総司令官になって、それなりに理想が有ったんだよ。誰から見ても、正しい侯爵で、正しい南方軍を作ろうと思ったんだろうな。・・・・だけど俺には、すこし現実が厳しすぎてな。・・・説明を、怠った・・・俺が、悪い」
だから、お前が気にすることじゃないんだ、と言う。
「悪いな。言いにくいことを全部お前に言わせてしまったんだ」
先日から、俺はお前に格好悪いところを見せてばかりだな。
サミュエルの自嘲気味の笑みが、だかレオには到底追いつけない程度に成熟したものに見えて。
レオは、またうなだれた。