第22話
いつの間にか、レオ達が伝令に言った際敵が陣地を占拠したことを確認し、補給基地の部隊長に報告した、という事になっていた。
その後、補給基地の本隊が陣地に向かい医官と陣地を奪還したということにした、とサミュエルから報告を受けて、レオとセオフィラスは安堵感を感じると共に少々釈然としないという気持ちも味わった。
その辺が落とし所だろう、とアマデオに言われてしまい、後々面倒にならないように大人達がどうにかしてくれたのだ、と思う事にしたのである。
実際補給基地の部隊が例の陣地に到着した時には敵の姿は無く、這々の体で敗走したような痕跡があったそうだ。その状況について尋ねられた医官は、少年兵に陣地から連れ出された時にはまだ敵が陣地にいたと証言し、敵が何故敗走したのかは知らないと言ったそうである。
医官は、本当に知らない振りをしてくれたようだ。
サミュエルからは、お前は運が良いだけだからな!とやはり説教された。
レオが少々困ったのは、その後に捕らえられた敵の捕虜の一部にやけに彼を怖がる者が出始めたことである。
極東人らしい姿をみるやいな、何事か敵の言葉で呟いた後、聞かれたことには素直に口を割るようになった。
一応、仕事としては楽になったのではあるが、少々気持ちが悪い。
レオが彼らの意識の奥を魔法で覗き込むと、捕虜は意識の中でこう呟いて、慄いていた。
"こいつが極東の魔女だ"
流石に、これは拙かろうとレオは素直にサミュエルに相談し、捕虜の記憶から"極東の魔女"を忘れて貰うことにした。そのたびに、部隊長の説教付きというなんとも面倒な事にはなったが、身から出た錆と思うより他は無い。
敵の王の命がそう長くは無いことと跡継ぎ問題で中央が揺れている、という情報はどうやら本当だったらしく、サミュエルや補給基地の部隊長の手の者の調査による裏付けがとれたそうで、彼らは連名で南方軍の中枢に報告した。
連名にしたのは、やはりランド隊だけの報告では情報源云々の所で辻褄が合わなくなるかも知れない、という点と共に、あの親切な兵士がいなかったらセオフィラスやレオの命は無かったかも知れない、という意味もあって、サミュエルは自分だけの部隊の情報にすることを良しとしなかった。
それでも、その情報は戦況を変えるのに大きく影響したそうである。
ようやく戦らしい戦は終りを見せ始める。
気がつけば、レオは18歳を過ぎていた。
----------------------------------------------------------------------
「すごいや! サミュエル様が陞爵されるんだって!」
「あんまり燥ぐなよ」
執務室の中に響くセオフィラスの無邪気な表情と明るい声とは打って変わって、当の本人のサミュエル・ランドはあまり嬉しそうでは無かった。
一代限りではあるものの、男爵から一気に伯爵に叙勲されることになったらしい。
南方軍での働きが認められ、功績に報いると言うことになったそうである。
良かったですね、とレオが目を細めると、サミュエルはよかぁねぇよとそっぽをむいた。
「お前達が表だって言えないことをしてくれたおかげだ。かっこ悪いったらねぇ」
「僕たちに障りにならないようにしてくれたおかげでしょう? 僕だって家督を相続するのに、問題ない程度の実績は積めたし。大手を振って王都に帰れますよ」
自分の胸に手を当ててほっと息をつく見習い騎士は、続いてレオの今後を訊ねる。
「レオは、戦が終わったら除隊するんだよね?どうするの?」
「まだ何も。退職金に恩給もあるって聞いたから、それをあてにしてまずは東方王国の暮らしに慣れようかなと」
「王都どころか、まともにこの国を知らんからなぁ、レオは」
結局、レオが戦場以外の東方王国を知らない事に、今更ながら周囲の者は一様に驚き、そういえばそうだったと少々不憫にも思ってくれた。
医官からは、"治療師に興味があったら王立病院の友人の治療師に見習いとして紹介してやるから、その気になったら連絡しろ"と手紙を貰った。
サミュエルは、宮廷魔術師に興味があったら知り合いを紹介するからと言ってくれた。その時は部下の兵士を診察したあの部隊長も推薦書に署名してくれるそうだ。
その他、同僚の兵士達は魔法技工士の工房のツテがある者や、草原をはじめとした東方の物産を扱う商会等、働き口を紹介すると言う。
正直、東方王国には巻き込まれただけではあるけれど。
こんな俺でも、いても良いよと言ってくれる人たちがいる。
レオは、まずそれが面はゆかった。
「・・・まずは、この国でどう生活するか、ちゃんと考えます」
その言葉に、サミュエルが満足げに頷く。
セオフィラスは、高い声と共に軽く手を叩いた。
「レオがこの国にいてくれるなら、僕は嬉しい! いつでも会えるよね」
「いやいや・・リッテンベルグ伯爵様においそれと会えるわけ無いだろう?」
「僕が会いに行くからいいもん。・・それとも、レオはもう僕と友人でいてくれないの?」
「そんなことは言ってないけどさ」
「じゃあ、そんなこと言うなよ」
「屋敷の護衛に追い出さないでって言っておいてよ?」
「王都についたら、先ずは僕の家に暫く滞在すれば良いんだよ!」
「結構無茶言うな」
平生はやはり子供っぽいセオフィラスの言葉に振り回されているレオに、友人と言えば、とサミュエルが目を見開く。
「お前、東方王国に友人がいると言ってなかったか?」
「王都で生活が落ち着いたら、連絡を取るつもりです」
至って普通の答えをレオはしたつもりである。
一介の兵士が、侯爵に連絡を取るなどと、そんなことが出来るとは思えなかった。
だから、これで良いのだと思う。
修道院にいたときのようには行かないよ。
もう、それは身に染みてわかっていることだった。
「上手くいかないときは、相談しろよ?」
「僕も、力になるよ」
二人の言葉に、ありがとうございますと頷いて、レオはいつも本人より把握しているサミュエルの予定を思い出す。
「南方軍の総司令官がお見えになるのは今日の午後でしたよね?」
「あぁ、そうだ。準備は出来ているが、最終的な確認をするか」
「レオ、僕と一緒に駐屯地内の確認に行こうよ」
レオの言葉に、サミュエルとセオフィラスの腰が浮く。
いつもは作戦本部にいる南方軍の総司令官がこの駐屯地に視察に来るという。
聞けば、サミュエルの主君筋との事だ。
今までは他の部隊長の手前表だって視察に来るような目立った事はできなかったが、サミュエルの陞爵の件もあり、顔を出すことになったらしい。
報告書以外の関わりが無く、数年ぶりに会うとあってサミュエルも流石に少し緊張しているようだった。
今まで、とんと興味が無かったレオも、少しばかり高揚するのがわかる。
幾分引き締めた表情で、セオフィラスを促す。
「はい、セオ。抜かりなく準備しましょう」
そして、総司令官とやらが駐屯地に現れた時に。
レオは目を丸くした。
「あ・・・・・・れ?」
総司令官も同様だったらしい。
一瞬、大きく目を見開いた後。
ドカドカと足を踏みならして、レオの眼前に近寄る。
サミュエルが手を伸ばすより先に、レオの目の前に腕が伸びてきた。
ごいん
「いっ・・・・痛・・」
「おーーーまーーーえーーーーーなぁーーーーーーーっ!!!」
目から火花が飛び散って、レオは頭を抱えてうずくまる。そのうずくまった襟首を掴んで立ち上がらせ、相手の声が耳を劈くほどに響いた。
「一体、俺が、どれっほど心配したと思ってるんだ!」
ぐいぐいと襟毎体を揺さぶられる。
少しクラクラする頭に目を細め、のんきな返事をレオは呟いた。
「なんだ、サム様のご主君ってルドだったんだ? すごい奇遇・・・」
「すごい奇遇・・じゃないだろう!! 院長から、お前が修道院を出たって手紙が着てから、一体何年経ってると思ってるんだ!?」
「侯爵!」
「ルドルフ様、レオが目を回しています!」
サミュエルとセオフィラスの制止に、一旦レオの襟から手を離した総司令官ことルドルフは紫の瞳をこれでもかとつり上げ、怒号を響かせた。
「修道院出てまっすぐに俺のとこに来るかと思ったら!! 行方不明だし! 手紙もよこさぬし! かと思ったら、なんで、サミュエルの所に居るんだよ!!」