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流浪の民  作者: 仲夏月
17/36

第17話

「・・・・あ」


 レオは、ようやく自分が何をしようとしていたのか、はっきりと認識する。

 慌てて、少年の頬を、細い指が触れた。



「だ・・・・・」

「大丈夫、僕は、大丈夫」


 冷水を頭から浴びたような表情の後、レオはへたりと床に座り込むと、背を寝台によりかかり、片足を投げ出した。片方の膝にひじをつき、手で顔半分を覆う。


 少年は、暫く、ごほごほと咳き込んでいたが、ようやく呼吸を整え、レオに近づいてきた。

「レオさん。大丈夫ですか?」

「すみません・・・・・・」


 泣きそうな声がもれ聞こえてくる。少年は、やや青い顔を隠して首を振った。


「いいえ、僕も不注意でした。ごめんなさい」

「・・・・・」

 そのまま、苦悶の表情で黙り込んでいる兵士に、従士は、声をかけず立ち上がる。

 ことん、と少年が部屋から出る音が響く。


 そのまま、兵士はじとりとも動かずに、時間だけが過ぎてゆく。

 いや、時間が止まったかのように何もかもが動かない。

 それは、ほんのわずかな時間なのか、それとも長い時間の後か。

 かたん、とゆっくりと扉が開いた。

 そうっと、気を使った様子の足の運び。

 かちゃ、となにか堅いものが触れ合う音。

 そして、暖かい匂い。

 テーブルの上に何かが置かれ、部屋の中が急に明るくなった。

 ランプをつけたらしい。

 

 

「レオさん・・・。平気ですか?」

「・・・・・」


 顔を上げたレオを、少年が笑顔で覗き込んでいる。

「あ、顔色だいぶいいですね。食事ですよ。こっちで食べましょうよ。僕の分も持ってきちゃいました。あ、椅子とかないですね、お行儀悪いけど、いいや。床で食べましょう。ここだって戦場ですからね。それくらいは融通利かせないと」

「・・・いえ、俺は・・」

 兵士と、從騎士や騎士は食事を一緒にとることは無い。

 第一、今は食欲がないといおうとしたが、少年はさっさとトレイを床にならべ、自分もレオの隣にすわる。

「サミュエル様に、レオさんはかなり具合が悪そうなので他の兵士は近づけさせないほうがいいって言っておきましたから、大丈夫ですよ。見張り、という程では無いですが、今日は僕もこっちに泊まります。いつもは他の方が僕にお説教をしようと待ち構えているから。ちょっとだけ便乗させてもらいました。お説教って嫌なんですよね」

 無邪気に笑うと、頂きますといいながら自分の分のパンをちぎる。見れば、先ほどは襟のついたシャツであったのに、今はその下に何かを巻き付けている。

 レオの顔色がさぁっと青くなる。とんでもないことをやらかした、と少年の首に手を伸ばした。少し、首の部分をめくると蒼黒いあとが見える。

「これ・・・・」

「あ、部屋に戻って鏡を見たら。首に絞められたあとが鬱血して残ってました。さすがに、年上の方の力にはかないませんね。流石に誰かに見咎められたらまずいので取り急ぎ隠したんです。あ、レオさん、落ち着いたらここ治癒魔法で治してくださいますよね? ・・・・大丈夫ですって、サム様にはちょっと魔力が暴れてランプ壊しそうになったって言っただけですから。だから、あとでランプを変形させてくださいね。辻褄合わなくなっちゃう」

「だって・・・・俺は・・」

 さっき、貴方を殺そうとしましたよ?という言外の響きに、パンをかじって、少年はうーんと首をかしげた。

「確かに、苦しかったし、助けて欲しいと思ったけど。なんだかあまり怖くはなかった」

「・・・」

 レオがふと床に目を向けると、爪の先にトレイがあたった。

 野菜とベーコンのスープにパン。

 手をつける気にならずに、そのままにしていると。となりでかちゃかちゃと音がして、少年がスープをすすっている。


「僕、最初これ食べたとき、すっごく嫌でした。・・・・なれると、案外美味しいものですね」

「・・・・・怖くなかったんですか?」


 そう尋ねると、少年はすこし首をかしげた後、器を口元にかかえた侭微笑む。


「レオさんが、ずっと寂しい、寂しいって言ってる気がして。あぁ、レオさん今辛いんだな、って思ったら、ぜんぜん」

 寂しい?とレオの顔がゆがむ。

 従士は、パンを行儀良くちぎって口に入れると、暫く咀嚼をする。その間、奇妙な沈黙が流れた。


「たくさん、いろんな人の顔が見えました」

 こくん、と飲み込んで。ややタイミングを逸した少年の返事が聞こえる。

 レオは、少年とは反対の方を向いて顔を見ようともしない。

「僕の知らない人の顔がたくさん見えて。綺麗な女の人とか、ちょっと怖そうな男の人とか。いろんな人の顔が出てくるたびに、手が届きそうで、届かなくって、近くに行きたいのに、遠くになるばかりで、そんな気持ちが流れてきて、すごく寂しいって。言ってる気がしました」

「・・・」


 無言のままのレオに聞かせるでもなく、少年は食事をするときは黙り込み、飲み込んではまた口を開く。

「僕、従軍する前ずっと家に居たんです。兄弟も、両親もいたし。だから、従軍して、暫くは良くこっそり泣いてました。寂しかったし、他の従士や騎士は厳しいし。兵士達はみんな大きくて、乱暴で怖いし。・・・・・だけど、レオさんは、すこし違ったんです。魔法使いだって聞いて、だからあんなに落ち着いていて、静かなんだなーって。極東生まれで、一人で東から来ているって聞いて、きっとすごく心の強い人なんだって思いました。・・・・・・だけど、それはちょっと違ったんですね。レオさんには、僕の知らない苦しみをいつも抱えてて、僕にはわからない寂しさがあったんだ。それをいつもじっと抱え込んでいるから、とげとげしたもの誰にも向けたくないから、あんなに静かなのかなと思ったら。なぁんだ。僕が家が恋しくて泣いてたって、普通なんだな、って思えて。安心しちゃいました。まぁ、もう少し長いこと絞められてたらこんどは怖くなってくるんでしょうけど。名前を呼んだらやめてくれたし」


 器皿の触れ合う音もやむ。

 遠くでちりちりと音を立てるランプ以外の沈黙。

 顔をようやく、少年の側に向けたレオに、少年従士はまっすぐにその顔を見つめた。


「だから、僕はレオさんが怖くない」


 満面の笑みは、幾分大人びて見えた。


「レオさんがレオさんじゃなくなってるように見えても、レオさん、ってちゃんと呼べば、声が届くから。声が届いたら、レオさんはちゃんと聞いてくれるから。だから、レオさん、苦しくなったら、誰かを傷つける前に、誰かに声を届けてくださいよ。手を伸ばしてくださいよ。僕でよかったら、ちゃんと聞いて、ちゃんと手を掴むから」

 

 ただの貴族の坊だと思っていたら、思わぬところをついてくる。

 顔つきも幼い、まだ少年。

 どこに、そんな生命力があるのだろう。

 セオフィラスは、レオの手元に目を落とし、顔をしかめた。

「あ、手をつけてないじゃないですか。ちゃんと食べてくださいよ。食べないって言っても駄目ですよ?僕だって従士の端くれなんですから。命令しちゃいますからね。兵士たるもの、ちゃんと食べて、体力つけなきゃ」

 はい、とパンが渡される。


 ・・どこかで、見たような光景だな。


 パンを押し付けられて、レオは暫く少年の顔を見つめた後。


「・・・ありがとう」


 ようやく見せた笑顔。

 口の端を少し引いて。

 釣り気味の目が細くなる。


 少年は、一瞬、目を見張った後。はい、と笑った。


「僕は、初めてレオさんの笑い顔を見た気がします。そんな風に笑ってくれたこと、いままでなかったです」


 その言葉に、レオは気恥ずかしそうに肩をすくめてもう一度笑う。

 小さく、パンをちぎってようやく口に運んだ。


 このときも、パンの塩味は強かった。



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