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流浪の民  作者: 仲夏月
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第16話

「彼の所の部隊は精鋭ぞろいでね。最前線での活躍もめざましいし。あの兵士は、その中でも特に彼に目をかけられていた」


 帰りの道すがらのサミュエルの話に、レオをやや眉を寄せた。



 ・・・精鋭部隊が、ああなるのか。



 先ほど、とっぷりと見せ付けられた光景を再び思い出して、うっと何かがこみ上げかける。慌てて、手で口元を押さえた。

「大丈夫か? さっきはどうしたんだ?」

「大丈夫です。・・・どうも、波長が合いすぎたのか、あまり見たく無いものを見せつけらてしまいました」

「あまり他所には聞かせられない話のようだったな」

「説明しろと言われると、かなり困ります」

「そうか。うん、わかった。今日はありがとう。あとは、ゆっくりしていろ」


 詳しいことを聞いてこなかったのは幸いした。

 多少は想像がつく話なのかも知れない。



 衛生兵の頃に聞かされた兵士同士の噂話を実際見せられた感じ。



 兵舎に着くと、幸い部屋の中には誰もいなかった。

 この駐屯地は、前々から軍基地として機能しているから、広々としているし、各兵士もテントではなくきちんとした建物で寝泊りできる。

 四人部屋の一室で、はぁ、とレオはため息をついた。ごろりと寝台に横になる。

 他の兵士は、まだ戻ってきていない。


 そのまま、食事の時間まで、と思いうつらうつらとまどろむ。

 半分覚醒した頭には、かつての光景がざわざわと呼び起こされる。



 親しい人

 そうでない人。


 思い出すだけでも嫌な人。

 思い出しただけで、泣きたくなる人。


 かつての仲間達。


 ともに泣いて

 ともに笑って

 ともに歌い、

 ともに踊る。


 一人で、逃げなさいといった女の顔

 うつろな表情で、こちらをにらんでいた男の顔



 助けられたかも知れないのに。

 助けることができなかった。


 手のぬくもりだけが、鮮烈に思い出されて。そして一気に冷えていく。

 そのぬくもりは、もう何処にもないのだと。


 この手には、何にも力が無い。

 剣を振るう力も。

 魔力を自在に操る力も。


 あまりにも、何も無い。手


 ・・・・アァ、モット、コノテニチカラガアッタナラ・・・・・



 ざわりと、呼び起こされる。あの兵士の記憶。己の記憶とない交ぜになってぐにゃりと脳をかき回す。



 叫び声

 悲鳴。

 命乞い

 金切り声

 赤ん坊の泣き声

 

 腕を切られる兵士の叫び声

 無いはずの脚が痛いと夜中に泣き叫ぶ兵士の声。

 ざわざわと傷口に群がる虫の音


 血しぶきが顔にかかる感覚。

 血の匂い。

 汗のにおい。

 排泄物の匂い。


 傷口の膿んだ匂い

 傷口を喰らう虫の匂い。


 俺に、見せるな。

 俺に、近づくな。

 俺に・・・・・

 おれに・・・・・・・・・・・・

 

 


 オレニ、サワルナ


------------------------------------




「レオさん?」

 すこしレオの具合が良くないらしいと騎士から聞いて、少年従騎士は心配になり、様子を見ようと部屋に入った。



「大丈夫ですか?もうすぐ夕食ですよ」



 夕方も過ぎる頃合いだと言うのに、灯りも付ていない薄暗い部屋のなかを進む。

 寝台のひとつで、ぐったりと仰向けに寝転がる少年兵を見つけて、セオフィラスはそっとその肩に触れた。

「具合、大丈夫で・・・」



 大丈夫ですかと続ける前に天地がひっくり返る。

 何が起きたか、セオフィラスにはその状況が理解できなかった。

 足元からすくわれて床に叩きつけられる。

 レオさん、と声をあげようとして、ぐいっと喉が潰された。そのまま呼吸が止められる。

「ぁ・・・・」


 息が苦しい。

 細い指が喉を圧迫する。

 払いのけようと相手の腕をつかむが、華奢な魔法使いの筈が、見習い騎士のセオフィラスに振り払えない程の力でびくともしない。

「れ、レオ、さん・・・」

 見上げれば、自分に馬乗りになって首を絞める少年の顔。

 緑碧の瞳が、奇妙に光って自分を見つめた。

 そこに、いつもの穏やかな表情はない。



「レオさん、く・・」


 苦しいよ。と少年は言葉を続けようとする。



 俺に近づくな。

 俺に触れるな。



 そんな意識が頭の中に流れ込んできて、その次にぐにゃりと何かが頭を割って進入してくるような感覚。



「レオさん・・」


 腕を伸ばし、空を握る。



 苦しいよ。

 助けてよ。



 セオフィラスの瞳は、しっかりと緑碧の瞳に捕らえられて、がんじがらめにされた。

 誰か知らない人の顔や見知った人の顔が怒涛のように頭の中に流れ込んでくる。

 流れ込む量が多すぎて、目が回る。意識がどこかへ飛んで行きそうだ。



「レオさ・・・・。たす・・・」


 空を何度か握って、セオフィラスは、レオの腕を掴む。

 脳裏によぎる声は一体誰に向けられたのか。その呼び名をいつの間にか口にする。




「レオさん・・・・レオ、さ、ん・・・・・り、りお、ん。・・・・リ=ウォン!!!!」




 そこで、首が急に楽になった。


 セオフィラスが見上げると、緑碧の瞳が、いつもの穏やかな色にもどっている。




「あ・・・・」




 首の根から手を離し、一瞬の戸惑いのあと。




 相手は、ようやく自分が何をしようとしていたのか理解をした。






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