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流浪の民  作者: 仲夏月
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第15話

「彼は、遠縁の伯爵家の子息でね」 



 歩きながら、サミュエルはセオフィラスについて、少し話をしてくれた。

 彼のような身分の少年がこの戦の最前線にいる事はそう多くはない、と他の兵士から聞かされており、多少なりともワケありなのは予想がついていたのでレオは特に驚くことも無く続く話を聞いている。


「まだ14歳なんだが、父親が病弱で従軍できなくてな。なら、はやめに功績を積ませて家督を継がせたほうがいいということになったんだよ。前線に近いから、俺のところは危ないんじゃないかって言ったんだが、他にあてもないというので預かることになったんだ。見ての通り、まだ子供っぽいし、とにかく育ちが良くて、今まであまり外に出たことも無かったせいか、無邪気な上に好奇心が旺盛でね。なにかとお前にまとわり付いているそうだが、すまんが面倒を見てやってくれないか。年齢も君と一番近いし、ほかの兵士と違って、荒々しいところが無いから話しやすいのだろうし」

「はい」

「今日は、別部隊の騎士に呼び出されていてな。どうやら、魔術が得意なお前に頼みごとがあるようだ」


 最近、君の事をよく聞かれていてね、とサミュエルの声がすこし高い。


 なんか、試されてるみたいで、嫌だな。


 サミュエルの後ろを付いてゆきながら、レオは、すこし頬を引きつらせた。

 

 別部隊を率いるサミュエルとは同じ年頃だという騎士は、両手を広げて歓迎の意を表した。

「やぁ、ランド卿。悪いな、わざわざ来てもらって」

「いいや、気にすることはない。あぁ、紹介しよう。彼がレオ、だ」

「レオ、わざわざありがとう」

 レオは、きちんと礼を施す。訓練された兵士の画一的な礼とはすこし趣が違う。育ちの良さそうな礼儀正しさに、騎士はすこし以外と言う顔を見せた。

「いや、失礼。最前線で衛生兵をやっていたと聞いていたので、想像とすこし違ったよ。第一、いくつだ? 若すぎないか?」

「これでも、そう遠くないうちに18歳だ」

「・・・まだ子供と言っても良い歳じゃないか、しかも砂漠でも草原でもなく、よりによって極東人。なぜこんな子が最前線をうろうろしているんだ」

「俺も知らん。頼み事があると言っていたが、何か?それに乗じてレオの周辺を洗おうってつもりか? ただの魔法使いのガキだぞ?」

「いやいや、そういうつもりはないよ」



 まぁ、付いてきてくれんか、と二人を案内したのは、兵舎の奥の部屋である。



「どういうわけか。前線に出ていた兵士の一人がこちらに戻って以来、様子がおかしくなってしまってな。何かを見たのかもしれんが、皆目検討がつかん。こういうことはそちらのほうが詳しいんだろう? こんな所で治療師の資格云々なんて野暮なことを言うつもりはないからさ、頼むよ。俺の一の部下なんだ。いろいろと頼りにしててな」

「レオ、すこし診てやってくれるか」



 なんだか、ほんとうに試されてるような気がする。



 制服の上から、みぞおちの部分をそっと掴んで、息をつく。

 サミュエルの顔を潰すのだけは避けたかった。


 部屋の隅で、身をちぢ込ませて座っている兵士の前に椅子を置き、レオは穏やかに声をかけた。

「こんにちは」

「・・・」

 視線が絶えず泳いでいる。

 焦点の定まらない瞳をやや、こちらに向けて、兵士はおどおどと肩を震わせた。


「俺は、レオと言います。なにか、お困りのことはございませんか?」

 ゆっくり、穏やかに。

 口の端をすこし、引いて笑みを見せた。


「貴方が、おしゃべりになりたいことがございましたら、どうぞ。それまで、お待ちしますから」


 心を病んだ人に無理に語りかけようとしてはいけません。

 ゆっくりと声をかけて、その間に少しずつ、相手の心に魔力で進入するんです。

 決して無理をしてはいけません、相手が壊れてしまいますから。


 かつて修道院で教わった通りの手順を踏む。


「・・・・本当に兵士か?」

 ほつりとつぶやいた騎士の声に、レオの耳がひくっと動いた。サミュエルはしっと騎士を黙らせる。


「集中し始めているときに下手に声をかけるな。あいつには聞こえている」

 すまぬ。という雰囲気を背中で感じ取り、レオは、昔修道士に教わったとおりに、ゆっくり、ゆっくりと兵士の瞳のからその奥へと意識を送り込む。



「・・・そうですか、敵方の魔術師部隊の仕掛けた魔方陣に踏みこんだのですね。・・・・なるほど、そこで幻覚を見せられたのか。炎の魔術・・・それはお気の毒でした」


 その魔法は知っている。

 幻覚を見せ、恐怖心をあおり、心を焼き尽くす炎。

 戦闘意欲を削いで投降させるのが本来の使い方なのだろうが、加減次第ではこういうことになる。

 恐怖を増幅させられてしまい、以来周囲のすべてが恐怖の対象になったのだろう。



 これは、ちゃんと治療すれば大丈夫かな。少し時間はかかるだろうけど。



 そう思い、ひとまず力を収めようとしたときである。

 どくん、と自分の心臓と、相手の鼓動が同時に動いた。

 引き込まれるように、さらに兵士の意識の奥底が見えてくる。戦になる以前の生活や、家族と思われる人々に見送られる様子。さらにぐっと幼い頃の記憶らしいものから、つい最近の光景も断片的にこちら側に流れ込んできた。


 そこまで俺は要求してない。

 ちょっと待て、と言おうとして、彼はぞわりと手先から寒気を覚える。



 ・・・そんなことまで、聞いてないっ。そんな光景、俺に見せるな。



 それは、最前線での記憶。

 敵との戦闘、空腹のあまり民家に押し入り、食料を強奪したこと。女を乱暴し、子供を虐殺した光景。

 友軍のはずなのに、些細なことからの部隊内の刃傷沙汰。

 戯れに捕虜をなぶり殺した様子。

 目を覆いたくなるほどの光景ばかりがとどめなく、繰り返し、繰り返し、流れ込んでくる。



 ・・・・勝手に、俺の中に入り込んでくるなっ。



 オレニ、サワルナ



「・・・・かはっ・・」


 たまらず、強引に遮断した。相手に睡眠の魔法をかける。椅子から転げ落ちるように床に膝を突き、ごほり、と血を吐いた。



「レオ!?」

「おい。大丈夫かっ?」

 相手の兵士も、がたりと音を立てて椅子から倒れる。騎士は二人とも駆け寄ってきた。


 サミュエルの手が、レオの肩に触れるかどうかの所で、バキンと堅い音が騎士の腰で響いた。



「触るなっ!!」



 怒鳴り声とともに、剣の拵えを粉々に砕かれ、サミュエルは身を引いた。

「こっちは大丈夫だ。寝ている」

 騎士の言葉に、サミュエルは頷いて、暫く距離をおき、レオの肩が徐々に落ち着いて呼吸が整うのを待つ。



「レオ・・・?」

「すこし、予想外のことになりましたが、その方には少し眠っていただきました」

 口元の血をぬぐって、ようやくレオが顔を上げ、立ち上がる。

「大丈夫か?」

「はい。汚してすみません、床は俺が掃除します。道具を貸していただけませんか?」

「いや、良いよ。誰かにやらせるよ」


 騎士の申出に、レオを蒼い顔のまま首を振る。


「俺は魔法使いなので、血の処理は自分でやらせてください。あまり他人に触らせて良い物ではないので」


 掃除道具を貸して貰い、呪文を小さく唱えながら周囲を清める。

 自分の呼吸が落ち着いてきたところで、自分の血を吸った襤褸を袋に入れて小脇に抱える。

 寝台に寝かされた兵士の脈を確認して、落ち着いているのを確認したところで、ようやく二人の騎士の顔を見ることが出来た。


「この方は魔術師部隊との戦闘で幻覚を見せられたようです。恐怖を増幅する術ですので、今は目に見えるものすべてが恐怖の対象になっているんでしょう」

「そうか。治療の余地は?」

「しばらく時間はかかりますが、治療すれば良くなると思います。その手の疾患に長けた治療師にお任せになるのをお勧めします」

「そうか、それなら、良かった。治るんだな」

「それから・・・」

 騎士の様子に、話をしたものか、と一瞬迷った挙句。

 レオは、小さく息をついて、こう告げた。

「今までの戦闘で、敵味方で"いろいろ"あったようで。それも原因のひとつかと。他の兵士の方にも聞いてみた方が良いと思います。ここまでとは言わないにせよ、すでに似たような症状の兵士が他にいるのではないですか?」

「う・・・む。やはり、わかるか・・・」

「異国出身の俺が言うのも少しはばかられますが。正直、王国の正規軍としてどうかという所業です・・」

「君の言う通りだ・・」

 騎士の表情で、ある程度は把握してくれた上、レオの予想はほぼ的中しているようだと見えた。

 そこで、レオはサミュエルの剣に目をむけた。綺麗な細工を施された鍔は見る影もない。


「すみません、サム様。壊してしまいました」

「いや、俺が不用意だった。気にするな。少し休むか?」

 サミュエルのこちらを案ずるような表情に、かぶりを振り、レオは無理に笑みを作る。

「いいえ、大丈夫です」

「遠慮せずに少し休んでも良いのだぞ?・・・無理をさせてすまなかった」


 騎士は、申し訳なさそうにレオに謝り、継いで息をついてここまでとは思わなかったと呟かれる。


「実は、衛生兵あがりの極東人だと聞いた時には、サムの奴、碌に素性も調べんで大丈夫か?と思っていてな」

「・・・おい、随分と失礼だな」


 少しは陰口にしておいて欲しいと正直思うが、この騎士は良くも悪くも裏表が無い性格らしい。


「一体どんな奴だろうと正直危ぶんでいたが、サムが手放さないわけだな」



 今日はありがとう。何れきちんと礼をさせてくれ




 騎士のその言葉に、どうやらサミュエルの面目を保つことはできたらしいとレオはほっと胸をなでおろした。




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