第13話
「レオ、これ頼む。」
「はい。ええと、これは・・・先日の会議資料ですか?」
とある日の事である。
サミュエルの執務室に書類を探しに来たレオの目の間にするりと紙束が差し出された。
それを抵抗なく受け取り、レオは内容を確認する。
他の書類にサインをしながら、サミュエルは顔も上げようとしないまま返事をした。
「うむ。」
「日付のメモがありませんが。一昨日ですよね?」
「うむ。」
すばやく資料の端にメモ書きし、サミュエルの執務室の棚に、いつものように書類を挟もうとして。
レオは、ん?と首をかしげた。
「あの。」
「なんだ?」
手元の書類をめくりながら、視線を上げようともしないサミュエルに、やや困惑したようにレオは声をかける。
「俺、捕虜の管理が本来の仕事のはずですが?」
「ん? そうだな。」
「そうだな、じゃありません。」
ぐるりとサミュエルの正面に回ると。机に両の手をついてずいと身を乗り出し、レオは上官に異議を唱える。
「当たり前のように書類を渡さないで頂けませんでしょうか?」
サミュエルはにこやかにさらりと一蹴した。
「お前、何時も俺の書類の整理をやるじゃないか。」
「貴方の机の上がどうしようもないからです。」
そこで、ぶっと噴き出す者がいた。
「・・セオ。」
「申し訳ありません。サム様。」
サミュエルの声に、従騎士の少年は謝罪の言葉を述べるとなんとか表情を引き締める。
その様子を一瞥し、レオはふうと息をついた。
「だいたい、俺は好きこのんでやっているわけではないんです。此方の必要な資料を訪ねても貴方がすんなり出せないから、探すついでに整理を始めただけです。それをいいことに、最近は俺に全部丸投げしてるじゃないですか。」
「その方が、あとあとお前も楽だろう?・・・っと。」
そう返して、手元の懐中時計を目にすると、サミュエルはそういえばとレオを見る。
「この後、なにかなかったか?」
「いちろくまるまる、16時に、作戦会議です。朝言いましたよ?」
そこでまた、渋い顔でサミュエルを見据える。
「で、なんで俺に聞くんですか?」
「いや、お前のほうが俺の行動予定よく把握してるから。」
「行動予定は、俺が捕虜に事情聴取する際に、貴方が立ち会う必要がある場合に備えて、毎日予定を聞いてるだけだったのが、それも毎日聞かれるのは面倒くさいからといって、予定が入るたびに俺にメモさせるようになったのは貴方ですよ?」
ぶぶっとさらに少年が噴き出す。
「・・・セオ。」
「申し訳・・・ありません・・・っ。」
今度は、笑いを抑えるのに時間がかかっているようだ。
サミュエルは、椅子から立ち上がり、上着を手に取る。羽織りながらぶつぶつと言い訳じみた事を言う。
「俺は、こういうこまごましたことは好かん。・・・セオ、そろそろ出るから。馬丁に馬の装備をするように・・。」
「すでに整っている頃合いです。レオさんから言われて、手配しておきましたから。」
まだ笑いをかみ殺している少年は澄ました顔でつげる。
やや分が悪くなったサミュエルは、取り繕うように上着の襟を整えた。
「・・・う、うむ。」
「では、行ってきます。レオさん、御留守番をお願いします。多分、二刻位で戻ります。」
「はい。サム様、セオ様。行ってらっしゃい。」
妙な連携を見せられた後、部下に見送られてサミュエルは馬に乗り、会議のある近隣の駐屯地へと出発する。
しばらく馬を進めて、サミュエルは後方の少年に恨み事を述べる。
「・・・・セオフィラス、笑い過ぎだ。」
「申し訳ありません。サム様に物おじせずああいう事を御話されるのはレオさんくらいですから。見ていて楽しくなってしまいました。他の方ではそうはいきません。」
「あいつは自分の立場とか身分とか、そういうことはどうでもいい奴だからな。」
「貴族にも兵士にもいないタイプですね。」
「・・・ふむ。」
急に黙りこんだサミュエルに、少年は首をかしげた。
「サム様?」
「あ・・・、いや。今日の会議の案件の事を考えていた。」
取り繕うように片手を軽く挙げ、サミュエルは頤に触れながら前を見つめた。
・・・・・あいつ、孤児院を兼ねた修道院育ちで旅芸人だったと言っていたが・・・・・