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流浪の民  作者: 仲夏月
12/36

第12話




 連れていかれたところは、いかにもなたたずまいの酒場である。

 強い酒の匂いに混じって、白粉や香油といった香りが充満し、胸やけを起こしそうな気がする。

 何処となく、淫靡な雰囲気のただよう店内に入り、案内されたテーブルに着くとさっそく兵士は酒と其れにあう料理を注文した。



 「ここには良く来るんですか?」



 珍しそうに、店内を見回したレオがそう尋ねると、兵士の一人がまぁなぁと頬杖をついた。


 「週一、ってところかな。」

「酒飲むだけでもいいし、別の目的があってもいい。酒はまぁまぁ、料理はここらあたりでは一等うまい。酌婦は美人で愛想が良いと来た。」

「あぁら。お兄さん。いらっしゃいな。」


 急に化粧臭さが鼻につく。レオの向い側に座る兵士の首に腕をからめて、女が声をかけてきた。



 「よお。」

「最近顔見ないから、うっかり戦死でもしたかと思ってたわ。」

「そりゃぁ、冷たいなぁ。寂しいって言ってくれればいいのに。」

「そういうのはもう少しお金を落としてくれる相手に取っておくわ。あら・・お連れ様、見ない顔ね。」

「そうだ。こいつ、こういうところ、来たことないって言うからさ。それじゃぁ、ひとつ俺たちが大人の世界ってのを見せてやるかと、こういうわけよ。」

 調子よく返事をした兵士から離れ、女はするりと衣ずれの音を立ててレオに近づく。



 「若い兵士さん。いらっしゃい。」



 そろりと白魚のような指がレオの顎の骨をなでる。挑発的に紅い唇が少しだけ開いて白い歯をのぞかせる。



 「可愛い顔してるのね。」


 頬に触れられても、顔を赤くもせず、さりとて嫌がりもしないレオは、続いて薄く口の端を引いて笑みを見せた。



 「ありがとう。」



 その笑みに、女はしばし目を瞬かせ、すぐさま取り繕うように笑みを返し、手を離した。



 「じゃ、じゃあ、ごゆっくりね。」



 そのやり取りに、兵士二人はきょとんと眼を見張る。



 「お前、案外女慣れしてるんだな。」

「てっきり、舞い上がるかと思ったが。相も変わらずの澄まし顔かよ。」



 面白くないとでも言いたげな表情に、レオは口の端をややつり上げる。



 「適当に煽って、あとで皆に言いふらして笑い者にしようとでも思ったんでしょう?」

「・・・かっわいくねぇなぁ。」

「お前、ほんとヒネてるんだな。」



 むっとした表情の兵士の酒器に、届いたばかりの酒瓶を傾けて二つ杯を満たし、兵士に渡した。



 「・・・。」



 続いて自分の杯に少しだけ酒を入れながらレオは淡々とした口調で続けた。



 「昔、旅芸人一座に世話になってたんです。踊り子が大勢いたので、女性にからかわれるのは馴れています。」

「へえー。初耳。」

「そりゃぁ、うらやましいなぁ。よりどりみどりかよ。」



 あまり品の良くない笑みを見せた兵士に、レオは意地悪そうに片方の眉をつり上げる。



 「真実は永遠に闇の中に入れとくもんです。騙されているうちが一番幸せですよ?」

「ほんと、可愛くねぇガキ。」



 興を削がれたと言わんばかりに鼻の頭にしわを寄せた兵士の一人の肩をたたき、もう一人の男はそれでいいんだよおと酒をあおる。


 「俺ぁ、騙されてていいんだ。何時死ぬともしれねぇし。上手くだましてくれる女が一番いい女だよ。」


 この男。見かけほど強くはないらしい。

 自分の杯に注いだ酒を少し舐めて、レオはふと視線を感じて顔をあげた。

 先ほどの女と、他数人の女が酒瓶を手に嫣然として立っている。


 「いらっしゃいませぇ。」

「この坊や、今日初めてここに来たんですって。」

「本当可愛いわねぇ。」

「なんだよ、レオ目当てかぁ?」


 兵士の声が途端に不機嫌そうになる。そんなこと言わないで、先ほどの女がなだめた


 「新顔さんにウチのコ達がご挨拶したいって言うからさ、連れてきたのよ。そんな顔しないで頂戴な。常連さんあっての新顔さんだもの。いつも来てくれるお二人さんのおかげよ。」

「ってなこと言ってぇ。若くて顔の良いの連れてきたからちやほやしてるんだろ。」


 兵士の二人に先ほどの女ともう一人が手近な椅子を持ちこんで座り、酌をしながら話を始めている。

 女の一人がレオの杯に酒を注いだ。


 「ようこそ。楽しんで行ってね。レオって呼ばれているの?」

「ええ。」

「兵隊さん?・・にしてはなんだか雰囲気が違うのね。ここ、座って良い?」

「どうぞ。」


 女が隣に座り、化粧品の香りが鼻孔をかすめた。女はしげしげと無遠慮にレオを眺める。


 「あたし、こんな華奢な兵隊さんって見たことないかも。それに、なんだかとっても良い声ね。」

「こいつは特別だ。魔法使いだからな。」

「あ・・おいっ。」


 とがめるように軽く睨みつけたレオに兵士は軽く手を振る。


 「この程度でわかるか。ピリピリするなよ。」

「軽はずみな事言わないでくださいよ、もう・・・。」

「へえ、魔法使えるの? 何かやって見せてよ。」

「見せられるものはないですよ。」



 そっけない返事と共に軽く杯を傾ける。年上らしい女が軽くたしなめた。



 「こら、無理なお願いしちゃだめよ。」

「はあい。・・あら、ねえ、始まるわよ。」




 女の声と同時に軽やかな音楽が始まる。

 きらびやかな衣装に身を包んだ踊り子たちがしなやかに舞う。



 二人の兵士も、前方を見やり、感嘆の声をあげる。



 「おっ。」

「やっぱり、ここは最高だな。」

「でしょお?」



 兵士と女の会話は弾んでいく。



 そのきらびやかな様子に反して。

 レオは真顔になる。




 カテジナはどうしているのか。



 他の姐さん達は?




 無事なのか。




 一体、どんな生活をしているのか。





 「レオ、どうしたぁ?」

「面白くないか?」



 急に名を呼ばれ、レオは我に返った。



 「あ・・・・いいえ、なんか、すごいなって。」



 慌てて、にこやかに笑みをみせる。

 兵士は、ホッとしたような表情を見せた。



 「嫌だった言えよ? サム様からも無理強いするなって言われてるしさ。」

「おい、アマデオ。やめないか。」



 一人の兵士の言葉に、もう一人が焦ったような声で制する。

 レオは、聞き逃さなかった。



 「・・どうしてそこでサム様の名前が出るんですか。」

「お前なー。言うなって、そういう野暮は。」

「だってよー・・。俺、黙ってるの苦手なんだよ。」



 気配を上手く飲み込んだ女達はいつの間にか席をはずしている。

 互いに目を見合わせた兵士は、しばし迷った後、ぼそぼそと言い始めた。



 「サム様からよ。お前の事頼まれちゃって。」

「頼まれる筋合いはないかと思いますが。」

「ほら、こういう事言う奴だから黙って付き合ってやれって言われただろう?」



 軽く睨むような表情のレオに、悪ぃと肩をすくめてアマデオという名の兵士が続ける。



 「だってさー・・なんかフェアじゃねぇって気がするしさ。」



 そこで、窺うように二人はレオを見つめる。



 「やっぱ、気ぃ悪くしたよな?」

「けど、俺達、サム様の命令だからってお前の事誘ったわけじゃないからな? 前から気になってはいたんだよ。初めて見た時は、ほんと、“大丈夫か?こいつ”ってくらいやつれてて、周囲が皆敵みたいな面でじっと睨んでたしさ。誰が何言っても最低限度の言葉しか返さないし。・・・・よっぽど嫌な目にあってたんだろうなーって位は想像がついたけどさ。」

 「仕事してるとこは見たことないけど、顔色悪い事あるし。時々夜中うなされてるみたいだし。俺達一回サム様に聞いたんだよ、どういうやり方をしているのかはわからないけど、なんか無理やり自分を痛めつけてるように見えるが、本当にいいのかって。そうしたら、“じゃあお前達が少し息抜きさせてやれ”って。“俺が言えば何でも命令に聞こえるから”ってさ。」




 その様子に、レオは、ため息を漏らした。




 「・・・良く見てますね。」

「そりゃぁ・・だってなぁ。同じ部隊で、同じ部屋だろ?」

「毎日面会わせてりゃ、そりゃぁ、な。」



 しばらく、黙りこんだあと。

 レオは、軽く杯を傾け、空にする。

 酒瓶を手に取り、空になったままそれなりに時間のたった相手の杯をそれぞれ満たす。




 「・・・・こういう所ならいいです。」

「へ?」

「なんて?」




 小さなつぶやきに、レオはやや眉根を寄せたあと、はっきりと言う。





 「旨い酒と料理の出る店なら、たまには御付き合いさせていただきます、と申しました。何度も言わせないでください。」





 ごとんと酒瓶をおくと、二人を見ないまま、杯をあおる。




 その様子に、兵士は、やや呆れた。




 「お前、ほんと可愛くない。」

「ひねてんなぁ・・。」




 そういうと、兵士二人はやや照れたようににやにやしながら、杯を手にした。







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