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流浪の民  作者: 仲夏月
11/36

第11話

若年者には不適切な内容が含まれている可能性があります。自己責任でご覧ください。

 ――――少々、質問をさせてください

 


 嫌だ、と相手が抵抗する。

 

 ――――はぁ、まあ、最初はそんなトコでしょうね。


 ぞわりと、何かが相手の腕に這う。

 

 ――――貴方のお仲間も最初は嫌がったんですよね。


 ぞわり、ぞわりと血の中に別の生き物を放り込む。

 

 ――――「それ」って、いろいろ喰い散らかすのがすきなんですよ。特に、この辺。

 

 うわぁぁと声が聞こえた。頭の芯あたりに、何かが動き始めていることを確信し、淡々と言葉をつむぐ。

 

 ――――ここで、手を打ちませんか?

 

 嫌だ、となお抵抗する相手に、さらに緑碧の瞳が動いた。

 

 ――――こちらとしても、あまり手荒なことはしたくないんですよ。

 

 仕方がないかな。というつぶやきと、相手の金切り声は同時であった。

 

 わかった、という言葉が途切れ途切れに聞こえた頃、「それ」はようやく動きをとめた。


 ――――「ご協力」、感謝いたしますよ

 

 

 口元が、薄く開く。

 

 

 ――――貴方に、“神の御加護があらんことを”





____________☆___________________________




 やや疲れた表情のレオの姿を確認して、騎士は顔を上げた。


 「レオ、何かわかったか?」

「いろいろ、しゃべっていただきました。すこし、荒っぽいことしましたが。」


 それはご苦労だったな。青い顔色の兵士にそう声をかけると、目の前の机に紙束が置かれた。


 「詳しくはこれで。」

「うむ・・・、今日はもう良いぞ。気晴らしに街にでも出てはどうだ?」

「いえ、まだ書類の整理があるので。」

 首を振ったレオを、一瞥すると、サミュエルは報告書に目を落としながら駄目だと告げる。

「お前、どこの駐屯地でも敷地から一歩も外に出ないじゃないか。第一顔色が悪い。すこし休んできた方が良いぞ。これは命令だ。」

「・・了解しました。」



 命令と言われれば、致し方ない。

 落ち着いた声を残し、レオは部屋を出た。

 そのまま、兵舎の外へ出る。


 「はー・・・・。」


 顔の半分を手で覆い、大きなため息をついて、彼は空を見上げた。


 「もう夕方近いじゃないか。あの人一人に結構てこずったなぁ。」


 自分を中心に、ぐるりと囲む天球が、深い青から淡い茜色へグラデーションを作っている。


 レオは、茜色の空を見上げ、ひとつ大きく伸びをした。



 ・・そんなに、顔色が悪く見えたのだろうか。


 レオは、自らの頬に軽く触れ、首をかしげた。

 サミュエルは、情報収集の部隊を率いる立場にある。いくつかの駐屯地を回りながら現地の状況を確認したり、敵地の探索や情勢を掴むために動いている。そこで、レオは捕虜から情報を聞き出す仕事を手伝っていた。その実、“手伝う”などと生易しいものではなかったが。

 それでも、待遇は良かった。衣服も食料も十分に与えられ、おまけに俸給まであった。それまでの扱いとは雲泥の差があった。

 栄養状態がよくなったためか、レオの身長が急に伸び始め、ひょろりとした手足はやや細いながらも武骨さが増し、かつての中性的な印象が影をひそめ、青みがかった緑色の瞳は切れた眦と共に涼しげな印象を周囲に与える。

 奴隷同然のレオを解放し、自らの手下としたサミュエルは、周囲の者の話によれば、とある貴族に仕える騎士らしい。わずかながら領地も持っているという話だが、レオにはさして興味も無い話であったので、彼の主君が誰かなどと細かいことまでは聞かなかった。

 もっとも。そのときに事細かに説明しようと身を乗り出してきた一人の従士の話の腰を折って、「俺、興味ないから」と片付けてしまったはまずかったかもしれない。いつもそっけない態度で、部隊の中でも微妙に浮いた存在となってしまっている自分がいやおうなしに自覚できた。

 だが、「長いこと世話になるわけでもないし」、とたかをくくって、その関係性の修復を図ったことはまるでない。

 彼の配下の中には“当家にはふさわしくないのでは?”と言い出す者も居るが、サミュエルは気にすることも無く、レオを“当家付きの兵士”にして置いてくれた。



 しかし、まぁ、なんというか。東方王国の軍にまぎれてたなんてなぁ。



 よくよく聞けば、レオが紛れ込んでいたのは、目標としている東方王国の軍だったのはなんという奇遇なのか。

 東方王国に居る友人を訪ねる途中であった、と説明したら、サミュエルは落ち着いたら、連絡を取れるように計らってやろうといってくれた。

 戦が落ち着けば、と思っているうちにあっと言う間に1年もたってしまった、とこういうわけである。

 レオは、17歳になろうとしていた。



 しかし、今更“侯爵”の名前なんてだせないよ。身分違いすぎて。

 言ったところで信じてもらえそうもないし。


 今の自分の境遇で、そんなこと言えるはずも無い。修道院の話を持ち出しても、それを誰が信じてくれるのか。証明のしようも無い。

 そんな自分の立場を理解するに付け、いつしか、かの銀髪の友人を雲の上の人の話にしてしまった。自然、貴族連中の噂話など端から耳に入れなくなっていた。



 「折角だし。街行ってみようかな。」


 レオは、鈍い重みを訴える頭を軽く叩き、歩きだしたところで背中に声がかけられた。



「レオ、何処か行くのかー?」



 声の方向に振り向けば、同じ所属の兵士が軽く手を挙げた。この二人とは兵舎でも同部屋だ。レオは、はい、と頷づく。


 「サム様からすこし暇をもらったので、街を見てきます。」

「なんだよ、一人で街に行く気かぁ?」

「少しまってろよ。俺たちがイイトコつれてってやるぜぇ?」



 どんなところに連れて行かれるか、大方想像がつく。

 嫌です、とすげなく断りの返事を口にしかけたが。



 慣れない街で一人は危ないかもしれない。




 レオは思いなおした。



 「はい、連れてってください。」

「ほえっ?」

「め、珍しいー。」


 いつものそっけない態度からてっきり断られるものと、からかい半分の言葉をかけた兵士達は驚きの声をあげる。

 恐る恐る、兵士はレオンの顔を窺うように見る。



 「お、おい。お前、俺たちが何処に行くか、大体分かるよな?」

「わかりますよ。綺麗なお姉さんがいるところでしょう? 何も知らない子供じゃないんですから、わかってますよ。」


 ここは最前線というわけではないが、少し離れた補給の中継点だ。市街地からは少し遠くに位置している。

 駐屯地が出来た頃から、それに当て込んで商売をしようと近くに花街が出来、さらにそこから市が立ったりする内にいつの間にか小さな町らしい地域ができあがっていた。

 大体、わかっているという若い兵士のセリフに、年上の兵士二人は顔を見合わせ、こほんと咳払いをした。



 「わ、わかってんなら、いいけどよ。」

「なんでぇ、お前、興味があるならもっと早く言えよ。お前、いつもツンケンしててそっけないし。駐屯地から一歩も出てる様子がないから、誘っても無駄だって思ってたんだよ。」

「出かける用事も理由もなかったから出なかっただけです。街に出るといっても、特にあてもありませんし。どうせなら、慣れている方について行く方が得策かなと。」



 相変わらずそっけない返事のレオに、だが兵士たちはにやにやと笑みを見せながら肩をたたく。

 「ま、なにはともあれ、行きますか。」

「一回、お前とはじっくりしゃべってみたかったんだよなぁ。魔法使いって言っても、実際の仕事の様子は見たことがないし、食事時も一人で黙って食って知らないうちに食堂から出てるし。大体、このほそっこい体つきじゃ剣もまともに振れねぇだろうから、一体どういうガキだろうって皆噂してたんだよ。」



 その人懐っこい笑みを一瞥し、レオは軽くため息をついた。

 「皆さんが俺にそんなに興味津津だとは思いませんでしたよ。何処の馬の骨だかわからないし、第一、東方王国生まれじゃない俺は信用ならないって人が大半だと思っていましたが。」

「まぁ、そういうなって。」

「そそ、そういうのは酒で流そうぜ?」



 随分調子のいいことだ。つい先日まで、遠巻きに見ていたくせに。

 レオは内心呆れはしたが、おそらくは己の他を寄せ付けない態度が要因なのだろうと思いなおし、それ以上厭味を言うのをやめ、屈強な肩を揺らして歩く兵士の後をついて歩き出した。






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