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流浪の民  作者: 仲夏月
10/36

第10話

 「お前か。兵士どもが“魔女”って言ってる衛生兵は。」



 例の「手術」の後、水辺で汚れた包帯を洗っていると茂みから声をかけられた。


 手を止めて、顔を上げる。見れば、こざっぱりとした身なりの男だ。おそらく部隊長あたりの階級だろう。

 髭もきれいに剃られ、衣服も糊が効いている。栄養状態も良いようで、血色も良かった。


 

 

 俺と大違い。




 明らかに待遇の差は歴然としているな、と捻くれた感情とともに、彼は再び仕事に戻る。

 暫く、無視を決め込んでみたが、相手は声をかけなおすでもなく、立ち去るわけでもなく。ただ、じっとこちらを見つめているのが背中で感じられた。

 

 ええい、うっとおしい。


 「俺は、女じゃないですよ。」

「そりゃ、見りゃな。お前見て、女だと思うようじゃ、だいぶ焼きが回ってる。」


 立ち上がろうともしない「彼」の淡白な返事に、ごもっともと言いたげに男は返事をした。


 「お前、入隊したての頃に、兵士を一人殺しかけたって?」

「・・・・そんな、ひどいことしてないですよ。今頃はきっとピンシャンしてますよ。」

「何をした?」

「貴方に関係ないでしょう?」


 洗っても落ちない血のしみと格闘するように白い包帯を洗濯板に叩きつける。

 相手は、まぁ、関係ないけどな。とつぶやいた。


 「“病院”は基本的に行きっぱなし、だったと思ってたもんでね。病院にいって戻ってきた奴がいるって聞いて、誰だそれ、と思ったわけだ。」

「ちと趣味の悪い幻覚を見せただけです。・・・少々、加減を間違えて、二月ほど頭をイカレさせてしまいましたが。それでも、今頃はすっかり元通りになって前線復帰してるはずですよ。ほんの脅しのつもりでしたから、後々影響が残るような魔法をかけたつもりはありませんし。それが今頃問題になりましたか? だとしたら、御処断はお好きにどうぞ。」


 そっけなく答えて、洗物を続ける。近くの木の幹に寄りかかり、腕組みをする男はじろじろと無遠慮に見つめた。


 「どうして、そんなことになったんだ?」

「無理やり、俺のこと如何こうしようとしたので。ここの連中ときたら、男女の区別も付かなくなってるんですかね。俺がひょろっとしたガキだから、力ずくで好きにできると思ったんじゃないです? ま、すぐに後悔したようですが。」

「なるほど、“魔女”と呼ばれるわけだな。」


 む、と顔をしかめて、彼は再び淡々と洗物を進めていく。


 「お前、此処に来る前は何をしてたんだ?」

「答える義務は無いでしょう。」

「無いけどな。」


 その瞬間、気配が動く。



 包帯が、いくつか空を舞う。



 「・・・・ふん。」


 空振りに終わった剣を鞘に戻し、男はふっと笑みをこぼした。



 「・・・いきなり、乱暴ですね。」


 大空につま先を向けて、先ほどの一閃をやり過ごした少年は、逆さのまま兵士をにらむ。


 「これはまた随分身軽だな。そうか、お前、精神操作系の魔法も使えるのか。・・・ところで、此処に来る前は?」

「答える義務はありません。貴方は俺の上官じゃないんですし。」


 すとん、と地面に降り立った少年は散らばった包帯を集め始める。


 「仕事の邪魔しないでくださいよ。・・・洗いなおさなきゃ。」

「手伝ってやろうか。」

「いいですよ。放って置いてください。・・・・貴方、暇なんですか?」


 いらだたしげに兵士を一瞥した少年に、兵士はいいや、と首を振る。


 「じゃぁ、何しにきたんですか。」

「今日のところは帰るよ。」


 兵士は、軽く笑みをみせ、手を上げた。




 「またな。“傭兵”。」






____________☆___________________________





 またな、といった兵士は、次の日ひょっこりと現れた。

 医官に話があるといって別室でなにやらひそひそと話を始めた。

 昨日の今日で何の話だろうかと、さすがに少年も気にしたが、傷病兵たちに振り回され、あわただしくすごしているうちに綺麗に忘れていた。


 いつもの仕事がひと段落ついたところで医官に呼びつけられた少年は、兵士についていくようにと告げられた。


 「その方の手伝いをしてこい。」


 一体何をさせられるんだろうと彼は首を傾げたが、医官に言われた以上否といえる立場にはないので大人しく付いていった。


 ついていった先は、部隊駐屯地のはずれの建物である。掘っ立て小屋のような、粗末なものであった。

 その中に入ると、椅子に座らせられ、後ろ手に縛られた兵士が、うなだれた様子で肩を落としている。

 相当に、消耗しているのが見て取れた。



 「・・・誰ですか?」

「最近捕虜になった奴でな。そこそこ情報を持っていそうな様子なんだが、これがどうして。口を割らない。」


 見れば、頬や首に蚯蚓腫れのような赤い筋が見える。


 少年は、はぁ、と興味なさそうな表情で息をついた。


 「拷問でもしましたか。」

「まぁな。・・・お前なら、どうする?」


 手伝え、とは、どうやら捕虜の口を割らせろ、ということらしい。


 彼は、一瞬眉間に皺を寄せたあと、すぐに興味のなさそうな顔にもどした。


 「誰かに質問させてみるといいかもしれません。大した訓練を受けてない人でしたら、言葉にしなくとも、一瞬だけ、頭に思い浮かべるものですから。そこを読み取ればいい。」

「ほう。・・では、訓練を受けていたら?」

「そうですね・・。自然と口を割るように“自白”の魔法か。それでも抵抗するようなら、少々荒っぽいですが、頭の中を引っ掻き回して、“嫌なものを見ていただく”しかないですね。精神に無理やり進入して抵抗する気力をなくさせるためのものですから、やりすぎると“ここだけ”駄目になりますので加減は必要です。」


 そういいながら、こめかみを叩いた少年に、兵士はそうか、と頷いた。


 「それでも、無理なら?」

「それ以上の方法は知りません。他をあたってください。そもそも、俺がこの手の魔法を覚えたのは“誰かに使う”ためではないのですし。」

「へえ。何故だ?」


 一瞬、いいよどみ。


 彼は、肩で息をついた。


 「ガキの頃から、少し情緒が不安定で。精神状態が悪いと魔力の制御が上手くいきませんでしたから。感情的になると力が暴れたりするので、“精神の構造を知りなさい”ということで勉強させられました。」

「そうか。」


 兵士は、少年と捕虜を一瞥ずつしたあと、少年に向かってあごをしゃくった。



 「誰かに質問させるから。やってみろ。」





____________☆___________________________




 その捕虜は、あっさりと“思い出して”くれたので、苦労はなかった。

 拍子抜けすら覚えて、二刻もすれば、少年はまたもとの病院へと戻っていった。


 

 「最初からそうしておけば、お互い苦労は無かったなぁ。どうしたものかと思っていたときに、歩兵の間でうわさになっているのを思い出したんだ。ひょっとしたら、そういう系統の魔法を知っているかもしれんと思ってな。助かったよ。」

「はぁ。」


 のんびりとした口調の兵士に、少年は曖昧な返事をして眉根を寄せた。

 もう用は無いですよね。とだけ言って、彼は足を速める。




 「一人で戻れますから。ここで失礼します。」

「お前、俺の所にこないか?」




 思いがけない言葉に、一度振り向いた少年は、また背を向けた。


 「・・・・俺は、兵士としての訓練を受けたことはありません。今後そのつもりも無いです。」

「普通の兵士の働きを期待しているわけじゃない。お前は身軽だし。精神操作系の魔法もたしなむ。使い道はいくらでもある。俺としては“あの病院”に置いておくには惜しいな。」


 少年はうっとおしそうにため息をついた。


 「面倒くさいの、嫌なんです。それに、あの類の魔法は多用したくありません。結構負担なんですよ。」

「こんな所で、半分死人のような顔でいるよりはいいだろう。待遇も格段によくなるし、第一、自由だ。なぁ“前払いの傭兵”さんよ。」


 その瞬間、風も無いのに、ざわり、と木々が揺れた。


 「へぇ、怒るとそうなるのか。確かに魔力の無い俺でも鳥肌がたつ程度にはわかるぞ。」


 こぶしを堅く握り締めて、少年は、無言のまま振り返り、兵士をにらむ。

 その表情を面白そうに眺めて兵士は目を細め、自身ありげに腕を組んだ。


 「この状態から解放されるのに必要な金なら、俺が出してやる。返す必要は無い。まぁ、俺との“契約金”だと思え。」

「俺は、その代わりに、貴方の手足となれ、と? 結局、金の出所が代わっただけじゃないですか。俺は結局、“傭兵”という名の奴隷に過ぎない。」

「じゃぁ、このまま。何時出れるとも知れないこの場所で、野垂れ死にでもするか? お前、此処が何処だか知らんのだろう? “支払い済みの傭兵”は皆そうだからな。逃げようにも、逃げられん。戦は、何時終わるとも知れない。終わったところで、そのまま放られてしまうだけだ。・・・少なくとも、まともに生きてはいけないな。」


 それとも。と兵士はにやりとわらう。






 「己の腕に命をかけてみるか?」






 ・・・どこかで、聞いたような台詞だな。




 少年は、急に冷え始めた頭の中でそんなことを考えていた。


 流されている、と確実に思う。

 俺は、この何処だかわらない国に、このどこだかわからない軍に、命を奉ずる義務も無ければ義理もない。

 第一、戦になんて関わるのは嫌だ。




 急に、思い出すのは、小さな肩の老いた姿。


 きっと、失望させるに違いない。

 おそらく、もう目もあわせてくれないはずだ。




 ・・・・およそ、先生達の思う「正しい生き方」じゃないからな。




 だが、仕方が無い。こうなったら、濁流でも泥流でもなんでもいい。流されてやろう。

 とどまって、腐るくらいなら。


 

 


 院長先生、申し訳ありません。





 こぶしの力が、少し、緩む。



 「・・・・・俺を自由に、してくれますか。」

「無論だ。正式な“配下”として処遇してやる。俸給もある。身分も保証できる。今から上官に話つけてやるから。明日から来い。」



 兵士の顔が満足げに頷いた。少年は、やや青い顔で暫く兵士を見つめ、小さく息をついた。


 「わかりました。」

「俺の名前は、サミュエル。サムでいいぞ。お前、名前は?」


 その名前に、彼は顔を上げた。一瞬だけ、顔色を変えた後、表情をもどす。


 「リオンです。」

「りお。。ちと言いにくいな。それになんか古臭いし。レオでいいか?」

「お好きにどうぞ。」

「そうか、お前の訛りだと、おれは“ザムエル”のほうが言いやすいのか?そっちでもいいぞ?」



 その言葉に、即答で彼は首を振った。




 「いえ、大丈夫です。サム様。・・・・・・ご厄介になります。」







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