姉妹相伝の夢浮橋~投扇興の奥義、ここまでやります!~
「裏久遠流奥義・虚空!・六段の調ッ!」
『紅梅、60点!』
主審が1秒も間髪を入れず役と点数を述べる。
ここ板橋区にある北高島平公民館では、投扇興・裏久遠流の令和8年度決勝戦が行われていた。
全国から選抜された全25名の選手から、先ほど行われた5人組予選で1位の選手5名が決勝戦に進出し、彼らがクライマックスを演じることとなっている。
「くっ……落としたか……!」
一人目、60点という高得点を叩き出したのは、投扇興・裏久遠流の特待生、菊田雅楽助だった。
地元板橋出身の期待の高校三年生である。
着物姿がそれなりに様になっており、女子のファンも多いようだ。
投扇興とは、「扇」を「枕」と呼ばれる土台の上にある「蝶」という飾りに当て、その三者の状態から点数を競い合う風雅な競技である。
流派が全国に乱立しておりルールがそれぞれ違うため、誰が全国で最も上手かは未来永劫決まることはないのも特徴だ。
ちなみに裏久遠流は、「大塚らいちう」という人物が創始者であり、「久遠正則(本名:工藤正則)」が創始した久遠流のできた1970年代より更に歴史が30年ほど浅く、未だに創始者の性別すら不明であるとされる。
二人目の池波香子が席に着き、正座をする。
「池波、将棋部のお前では、僕には勝てない……!」
「甘いわ、雅楽助……将棋ではなくて、将棋崩しで鍛えた平衡感覚、重力の操作方法、それをこの投扇興に応用すれば、あなたに勝つことなど容易いことよ」
「何ッ……?!」
将棋では「雀刺しの香子」の異名を取る彼女は制服姿で現れ、サイドテールにしているが、扇の持ち方は粗雑そのものであり、一人目の同級生である菊田には到底及ばないものと周囲からも思われた。
「雀刺し・伍の手筋……朱雀鳳雛破!!」
将棋のごとき人差し指と中指のスナップをかけ、扇は一直線に蝶を突き刺す。
(残ったか……いや、これは落ちる……!)
四人目となっている西園寺鞠栖は、栗色みがかった長い髪を撫でつけながら、思わぬ強敵の登場に目を見開いた。
このままでは枕の上に蝶と扇が残り、「胡蝶(85点)」になってしまう可能性が高い。
が、扇の勢いは落ちず、蝶を枕から引きずり落とそうとしていく。
(やった……これで最大でも「澪標(55点)」までだろう……)
蝶は、なんと扇に吊り下がった形で宙に浮いていたのだ。
高得点である……!
『篝火、90点!』
(なっ……!)
これにて最高得点は90点となり、この上になるのは一部の例外を除くと、「御法」の95点か、投扇興の最高峰とも呼ばれる「夢浮橋」の100点くらいだ。
恐らくこの大役をカメラに収めようというスマホやカメラのシャッター音が半分、それから、ギリギリ見えるか見えないかの香子が型を正そうとするスカートの中を収めようとする音が半分くらい聞こえてきたが、ふと鞠栖の横に見知った顔が見えた。
「おや、これでいよいよ後が無くなってきたね。ねえ、西園寺さん」
着物姿の、突き出した顎が特徴の長身のサングラスをした中年男性が鞠栖に後ろから囁くように声をかける。
その姿は不格好とも言え、190cm以上はあろうかという大柄な体格で胸元がはだけ、どこかの組の一員かという風貌で周囲の人だかりが避けていく。
三人目である、姉の夫であった倉持摩竺である。
「倉持さん……! あ、貴方は姉が嫁いだ仙台からわざわざこの大会に……?」
姉で久遠流の師匠でもある西園寺栖寺の死については諸説あるが、どうやら尻にダーツのチップが刺さり、先端の毒により死亡したものと見られており、ダーツバーに通っており当時の夫であった倉持は当然のごとく疑われていた。
しかし、刺さった方向からして姉は座った際に誤って踏みつけた可能性が高くなり、倉持はアリバイもあったことで無罪となっていたのだ。
(倉持……どうしてこんなところに……! 必ずどこかで尻尾を掴んで見せる……!)
「済まないね、「久遠流の夫」として、どうしても裏久遠流のやり方は見過ごせないものでね。ここで勝って賞金300万円は頂いていく……!」
賞金の額を思い出し、思わず気をとられていた鞠栖は、三人目の倉持の動きを横目で、しかしじっくりと眼に焼き付けた。
「マイクロ・マジック! チョアッ!」
倉持はダーツではそれなりの名手とされていたが、なにせ正座をしなくてはならない投扇興で彼の脚は長すぎた。
よって正座をする時間が限られる中で投擲後には素早く立つような動作が必要であり、扇に独特のスナップをかけ、それは孤を描いて蝶へと飛び掛かっていった。
(あのスナップの角度……あれなら姉さんを「座ったように見せかけて殺害」することはできるはず……!)
『夢浮橋、100点!!』
――オォォォ!!!
なんとあの投扇興界でも3年に1度とも言われる大役、「夢浮橋」がここに完成したのだ。それもダーツが少し上手い程度の男がそれを成し遂げるのだから、投扇興は面白い……そういうものなのだろう。
歓声と拍手とシャッターが止んで四人目、いよいよ鞠栖の番になる。
(100点を超える点数は主流派には存在しない。しかし、裏久遠流にはこれの上がある……そのためには)
鞠栖はスカートを膝より下まで降ろし、不埒なシャッターは勿論、自分自身が投擲に不自由のないようにした。
ちなみに服装はいわゆる「量産型オタク女子コーデ・令和版」――地味なブラウスにチェックのスカート姿であり、そのことも観戦者をガッカリさせている。
「セイッ、久遠流奥義! 下り銀燕……ッ!!」
鞠栖の扇は大きく振りかぶった腕から上へと放たれ、それがくるりと前転方向に宙返りし、そのまま枕の上へと急行し、ダイブして刹那、蝶の横で停止した。
『胡蝶・飛燕、105点』
――オォォォ……?!!
(やったッ――!!)
鞠栖は思わずガッツポーズをした。
扇を蝶に当てる前に空中で一回転させることによって、点数を20点上乗せすることができる――これも裏久遠流の特徴であった。
これ以上の得点を取るためには、夢浮橋を同じ「飛燕」で出すか、あるいはそれ以上の110点以上になる「猪鹿蝶」「雪月花」「ザ・ヒメユリ・タワー」などを出すか、空中で二回転させる「飛龍」以上を決めるか、いずれかしかない。
何であれ、裏久遠流でも105点というは公式記録にない点数だ。
来週の「週刊・投扇興の奥義」の1面に掲載か、あるいは号外になるかは間違いない。
さて、五人目の木下ピタゴラス一郎が投げる番になった。
彼は物理学者らしく、ツンツンヘアーに白衣を着てその奇抜さで早速この場を支配したかに思えたが、やはりこれ以上の得点が出るとは誰もが予想していなかった。
「デスフェニックス・トリガー!」
木下は手をクロスさせると、左手の摩擦力を利用して右手で丁度45度上に放り投げた。
一部界隈で「物理法則を無視する天才マジシャン」とまで言われる木下の扇は計算された動きで、松の種のようにクルクルと宙を舞い、そのまま枕の上へとダイブ、恐らく高得点であろうエリアを支配していった。
「――?!」
主審の鈴木が思わず目を見遣った。
自分の目線の先で、先ほど四人目に投げた選手である西園寺鞠栖のスカートが扇風機で捲れ上がり、中がはっきりと覗けたのだ。
業界で「慧眼」の異名を持ち、1秒以内にジャッジができることを得意とする鈴木は、鞠栖がパンツを履いておらず、尻が丸見えになっているのを、見逃すはずはなかった。
『箒木、80点!』
――アァァァ……
周囲からは判定に落胆の声。
「審判、今の技では扇が二回転はしましたよ……「飛龍」にはならないのですか?! それなら僕は120点のはず⋯⋯!」
思わず反発の声を上げた木下だったが、
「副審、今のは「箒木・飛龍」ですか?」
「いいえ、『箒木、80点』で間違いありません」
「えぇ……」
副審の佐藤も実はなかなかの慧眼でそちらを見逃さなかったため、判定が覆ることはなかった。
優勝者は西園寺鞠栖(26歳)で決定したのであった。
賞金300万円と賞状(A4サイズ)をトートバッグに入れて帰ろうとする鞠栖は、後ろから尾ける倉持に向き直り、言葉を交わした。
「何かまだ言いたいことでもありますの?」
「いや、もう俺を疑うことはしねえのか、ってね」
(私は「誰からでも肌色に見えるだろうパンツ」を使ってあの裏久遠流の主審である鈴木を試した……その結果、木下さんの「飛龍」を見逃すほどこちらをしっかりと見ていた。これはもう、お尻に何らかの拘りがある誰かによる犯行、つまり鈴木が最も有力な容疑者……そして、久遠流と反目する裏久遠流による組織的な犯行であることは、今回でほぼ確定したわ……! 必ず姉さんの無念、晴らしてみせる……!)
「貴方に拘る必要はなくなりました。どうぞ、お帰りください……やはり貴方は姉さんの本当の愛する人……」
「は、はぁ……」
(裏久遠流の集まりは怪しいけど、それは賞金の300万円を持って帰ってから考えましょう。今回はここまでにしておいてあげる⋯⋯)
鞠栖は高島平のモスバーガーで遅めの昼食をとると、そのまま赤羽までバスで出て、地元である高崎まで普通列車で帰っていった。
―― おわり ――
以上、けっこう投扇興について調べるのが大変でした。
この世界、奥が深いですねえ……




