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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。

星が堕ちる日

作者: 最中庵
掲載日:2026/04/05

 船が砂を巻き上げる。分厚いゴーグル越しに夕暮れを眺めながら、コートで弾かれる砂の音を聞く。砂上帆船で巻き上がる砂塵から身体を守るためだ。口元にはフィルター代わりの布がきつく当てられている。

 

「ジル!」

 

 砂塵に紛れる声を聞き取り、私は振り返る。広大な砂漠を横断する相棒、ステラだ。同い年の女の子なのに、私よりも背が高くてずっと力がある獣人。砂嵐に負けないよう、私も声を張り上げる。

 

「なに!」

 

「そろそろ到着だって! 夜になる前には向こうに着くみたい!」

 

「わかった!」

 

 砂に浮かぶ船は、さらに速度を上げる。纏う砂嵐を振り切るように。

 

 □□□

 

「運賃は水が六本だ」

 

「六!? それは多すぎますよ。相場なら二くらいでしょ」

 

「これから乾季だろ。それに、今回の航路は砂獣がいる可能性が高い場所だった。あんたらの要望通りにしたんだ。これくらいはもらうぞ」

 

「……少し、後の支払いになってもいいでしょうか」

 

「朝までなら良いだろう。それまでには水をかき集めておくんだな」

 

 砂に浮かぶ帆船のすぐ横で、私は船長と言い合いになっていた。砂漠で最速ともいわれる乗り物を使った代金。水約十二リットル。私たちの水二日分はまるまるなくなる。支払えないことはないが、私たちの命に関わる。支払いを反故にすれば、この船で追いかけられるだろうし。どのみち断るわけには行かない。

 

「ステラ」

 

 相棒の名前を呼ぶ。すぐに来てくれた。

「なに?」

 

 船上では見られなかった黒髪と整った顔。それと、特徴的なコヨーテの耳。どれもが心配そうに私を見ている。

 

「水の支払い。私たちの手元ほとんどを使うことになると思う。今晩か明日朝のうちにはどうにか水源を確保したいんだけど、できそう?」

 

「んー……」

 

 ステラが目を瞑る。やがて、満足そうに頷いた。

 

「うん、大丈夫。地下水脈があるみたい。それに別の場所にもちらほら水の匂いやら音やらを感じる。いいよ、払おう」

 

「頼りになるね」

 

 見上げると、空には星が浮かんでいた。満点の星。光の一切がなくなる砂漠では、どこよりも美しくその景色を拝むことができる。ステラはあまり興味がないのか、早速水のある方へ向かってしまっていた。船の近くで、私も野宿の準備をする。

 一通りの準備を終えたところで、火の温かみを胸元に抱えながら、また空を見上げる。私は、右の目に光がない。眼帯に触れ、片目だけで見上げる空は、なんだか物足りない気もしていた。満天の星だと言うのに、いつも少し気分が落ち込む。もう一つの目があれば、もっと綺麗に見えたのかも、なんて。

 足音がして、振り返る。ステラが魚を抱えていた。四匹。砂漠地下に棲息する黄色いっぽい体表の魚。

 

「あれ、水は汲んでこなかったの?」

 

「ごめん、難しそうだった。ほぼ垂直の縦穴で、汲み上げる道具がなくって」

 

「鉤爪は? 持ってなかったっけ。あれで下に降りるとか、汲み上げるとか」

 

「あるにはあるけど、鉤爪を刺せそうな頑丈な場所がなかったんだよね。それに汲み上げの重量を考えるとちょっと危ないかも。深さもロープギリギリっぽいし」

 

「ふーむ……一応、別の場所もあるんだよね」

 

「少し遠いけど、地表付近に水がありそう。そっちは音じゃなくて匂いだし」

 

「距離は?」

 

「少なくとも、朝までには戻ってこられる」


「決まりだ」

 

 組み上げた簡易拠点はそのままに、私たちはステラの案内で北へと向かう。獣人ならではの聴覚と嗅覚を持っているステラにしかできないことだ。私も、星を見ながら方角を記憶する。詳細な座標をこうして記憶したり、旅の方針を定めるのが私の担当。

 やがて、オアシスのようなものが見えてきた。遠目から見ると、ただの水たまりにも見える。はしゃいでそのオアシスへ走るステラを眺めながら、私は道具の準備を進める。帰りは十二キロの荷物を抱えることになる。砂ソリを置いて、引きずりながら近づいた。澄んだ水が揺れている。

 

「ジル! ジル! これ、めっちゃ綺麗だよ! ガブガブ飲める!」

 

 ステラが喉を鳴らしながらその水を飲む。

 

「獣人の胃ならね。人間にも飲める? それ。鉱物が溶け出していたり、有毒な動植物が混じっていたり、細菌が繁殖していたり――」

 

「心配性だなぁ。そもそも、あの船長に上げる分なんだし、そこまで気にしないでもいいでしょ」

 

「死んでくれたらそれで良いかもしれないけれどね。下手に体調を崩されて腹いせにあの船で追いかけ回されてみなよ。私たち砂の藻屑だよ」

「海の藻屑じゃなくて?」

 

「あなた、海を見たことあるの?」

 

「ないかもね。でも、これに似てるんでしょ?」

 

「まぁ、そうかもね。将来、このくらいの規模になるだろうし」

 

 ステラは、砂漠から出たことがない。私が、砂漠化した世界を転々と旅をしている途中で拾っただけ。今度、海にでも連れて行こうかな。横断が無事に成功すれば、いやでも見ることにはなるだろうけど。

 

「ふぅん、海って、大した事ないね」

 

「昔は地球の七割を占めていたらしいよ。今じゃ見る影もないけれど」

 

「七割? どこで人は暮らしてたのさ」

 

「残りの三割でしょ。しかも、その三割でさえ山やらこういう砂漠やらで住むのには向いてない場所も多かったみたい」

 

「砂漠は住みやすいよ」

 

「コヨーテのあなたにはね。人間にはちょっとばかし辛いかも」

 

「死んじゃう?」

 

「大丈夫。それに、昔よりは住みやすくなったんじゃない? 文献で見るよりも過ごしやすい環境だし」

 

「なんだ、砂漠も大した事ないね」

 

「なんならいいんだあんたは……」

 

「んー、宇宙?」

 

 そう言って、ステラは空を見上げた。

 

「広いし」

 

「単純」

 

「星空は昔と違うの? 海みたいに減ってるとか、砂漠みたいに増えてるとか」

 

「そこそこ違うと思うよ。例えば超遠方にある星から地球に向かってくる可視光とか。昔は到達してなくても、時間を経てやってくるわけだから、昔よりも今のほうがたくさん星が見えていると思う。宇宙は無限大の大きさを持っているから、空を見上げた時に星のない空白の空間があるのはおかしいって星空のパラドックスが唱えられていたくらいだし。結局さっき話した光速と可視光で否定されたけど。まぁ、もしかしたら最終的には星空もただの光の塊で埋め尽くされるかもね」

 

「ごめん、もう一回」

 

「前よりたくさん星が見える」

 

「へぇ、それはいいね。ジルも寂しくないでしょ」

 

「え? なんで私?」

 

「だって星を見る時寂しそうな顔してるじゃん」

 

「してない」

 

「そっか」

 

 楽しそうにステラが私を見つめてくる。普段私を言い負かすことがないから、きっとからかってるんだ。下手に相手にはしないで、私はせっせとオアシスの水を汲み始める。ステラも隣で作業を始めた。

 

「なんで、星を見る時、寂しそうにするの?」

 

「別に……」

 

 説明するのも小恥ずかしかったので否定しようとしたが、ステラは確固たる自信を持っているようで、引きそうにもなかった。諦めて、ポツポツと話し始める。

 

「私、右目が見えないでしょ。なんか、ちょっと楽しみきれてないのかもな、とか」

 

「片目の分足りてないってこと?」

 

「そうだね」

 

「ふぅん……?」

 

 両目どころか、優れた聴覚も嗅覚もあるステラにはわからないかもだけれど。それを言ってしまうと、突き放してしまうようだったから言えなかった。何かを考え込むようにしてから、彼女は手で水を掬い上げる。

 

「じゃあ、はい」

 

「どういうジョーク……?」

 

「星の贈り物」

 

 どういうことかわからず首をかしげていると、ステラが顎で手のひらに溜まる水を指した。

 

「ここに、たくさん入ってるから。近くで見たなら、ジルも寂しくないでしょ?」

 

「……ふっ、そうだね」

 

「もしかしてバカにされてる?」

 

「いやいや、違うよ」

 

 手のひら大の水に浮かぶ、小さな満点の星。ステラがくれた、世界で一番贅沢で、とても小さな星の花束が可愛らしくて、同時に面白い。確かに、これだけ近ければ落ち込むこともないかもしれない。見えないはずの右目にも、光が見えた気がした。ここまで、星を引きずり下ろしてくるなんて。どこまでもむちゃくちゃな子だ。改めてステラの手を覗き込む。ここまで近くで見たのは、そりゃ、初めてだとも。

 

「じゃあ、ありがたくいただこうかな」

 

 笑いながら、私は両手を差し出す。そっと手を傾けて、ステラは私の手に星を注ぐ。どんどんと、こちらへ星空が流れ込んでくる。少しだけ温かい、星の花束。

 

「今までもらった贈り物で、一番素敵かもね」

 

「かもじゃないでしょ」

 

「はいはい。そうだね。一番素敵だよ」

 

 なんだかおかしくて、私の手のひらに乗っている星を眺める。水面が揺れて、めちゃくちゃだ。点の星が波打ちモザイクのようになっている。星々が溶け合っては離れ、それを繰り返してばかり。それでも、やはり今までみたどの星よりも綺麗だった。

 

「まさか、星を落とすなんてね」

 

「賢いからね」

 

「そうかもね」

 

 苦笑しながら、いびつな星を見る。私にも、いつか星を落とせるかな。小さく呟いた。同時に、ステラの視線を感じる。隣を見ると、不思議なくらいステラが私をじっと見つめていた。

 

「何見てるの?」

 

「んー、星」

 

「めちゃくちゃ視線感じたんだけど」

 

「ジルの目を見てたからね」

 

 まっすぐに、ミィアは答えた。

 

「私の目は星じゃないけど」

 

「――もう、とっくに落ちてるから」

 

「え?」

 

 とても、優しい声だった。何か、強い意味が込められているかのような、そんな柔らかい声。一瞬だけ、目線がミィアに釘付けになった。その時、彼女の瞳に映っている自分の姿に気がつく。

 

「……あぁ」

 

 瞳に星が反射していたってことか。一人、納得する。そんなところまで見ているなんて、獣人は視覚も優れているのかもしれない。ミィアがくれた星をそっと飲み、私は明日の方針を考える。ぼんやりと輝く星を見つめながら。

あるところへ寄稿した短編小説です。テーマなし、ということでしたので短編向きで昔の私らしい作風にしてみました。

花粉症が辛いので、私はこんな砂漠の大地の方が向いているのかもしれません。

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