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天使のギロチン  作者: 舞月るし
第1章 祈り
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第4話 静寂

 2週間ほどが経った。真冬の寒さが一層深まり、処刑台は時折凍りつく。秋から続く、前例のない寒冷な気候は、たちまち作物の不作を引き起こした。食物の不足は治安に直接響き、凶悪犯罪や危険思想の種となる。国は治安維持のため、一層監視の網を細かく編んだ。それにもかかわらず、処刑台に送られる罪人は絶えない。ギロチンが凍てつく日には、ノア自らその剣で首を落とした。


 初めは、生身の人間を斬る感触に身震いしたものの、徐々に違和感が薄れるとともに、一振りで終わらせる正確性にも磨きがかかった。刃に付着した赤を丁寧に拭き取り、息をつく。その足で自室まで戻ると、便箋を取り出し、淡々と報告書をしたためた。


 立て続いた業務がようやく一段落し、アンジュとはしばらく会っていないことに気づいた。気づけば、ユルフェ家の屋敷へと足が向いていた。今にも雪をこぼしそうな灰色の雲が、空を覆っている。外套の襟を持ち上げ、身を縮ませながら歩を進めた。まだ昼下がりだというのに、通りには人影がほとんどない。ただ、風の泣く声だけが、街に轟いていた。


 屋敷の前は、異様に静かだった。

 毎週のようにノアを受け入れてきた門は、今や彼を拒絶するように固く閉ざされている。門の格子から奥を覗くと、テラスの椅子は倒れ、この気温にも関わず、いくつかの窓は開いたまま、カーテンが風になびいていた。まるで、屋敷の中だけ時が止まったようだった。


「立入禁止です」

 横からの鋭い声に、ノアは半歩退く。辺りを見回すと、門の両脇に、紺色の外套を纏った男が1人ずつ立っていた。ノアの第六感が、何かを警告し、背中にじっとりと汗が滲む。ノアは、地面の感触を確かめるような足取りで、男に詰め寄った。


「何かあったのか」

 男の目をまっすぐに見つめ、問う。寒さはもう感じなかった。

「お答えできません」

「中に誰かいるのか!」

「お答えできません」


 男は、その一点張りだった。男の視線は、ノアではなく、どこか遠くを見据えている。ノアは、男に飛びかかりそうになる拳をぐっと堪え、ゆっくりとその場を後にした。あの冷えきった門の鉄の匂いが、脳裏にこびりついて離れなかった。


 追い立てられるように屋敷を離れたが、その焦燥が拭われるわけもない。ノアは近隣の住民に尋ねて回った。しかし、彼らは揃いも揃って知らないふりをして、言葉を濁し、ついには口を閉ざした。


 結局、何も分からないままノアは家路についた。腕を組み、俯きながら、重い足を運ぶ。家の門をくぐろうとした、その時だった。


「ノア・プレヴェールさんですね?」

 背後から、芯のある男の声がノアの意識を現実に呼び戻した。ノアはとっさに振り向き、半ば掠れた声で「はい」と一言返す。それを聞いた男は、右腕に共和国の紋が入ったその外套の内から、一通の封筒を取り出した。


「至急、ご確認を」

 男が差し出したそれには、共和国の蝋印が押されていた。すっかり見飽きたものだと思っていたが、今度ばかりは胸騒ぎがしてならなかった。悴んだ指先で、たどたどしく封を開く。中には、紙が1枚、三つ折りになって入っていた。

 読んではいけない。そう頭の中で言い聞かせる。しかし、ノアの手は意識に反して、それを広げた。




 —— 執行命令書 ——


 被告人 アンジュ・ユルフェ

 上記の者を、国家反逆罪により、死罪に処す。

 執行日:2月18日


 なお、本刑の執行は、ノア・プレヴェール殿に命ず。


 共和暦11年 2月10日

 共和国司法局




 ノアの手は、静かに震えていた。

 泣き叫ぶわけでも、現実を否定しようとするわけでもなく、ただ、ひとり冬の中に取り残されていた。


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