第2話 親友
ノアが執行人を継いでから、ちょうど2年が経った頃だった。芝生に霜が降りる朝の庭園で、リズム良く金属のぶつかる音が響いている。
「ノア!また腕が上がっているね、僕も負けていられない」
「お前もな、アンジュ!俺に負けて半べそかいてた頃が懐かしいぜ」
ノアが言い終えるのとほぼ同時、互いに一歩飛び退いて間合いを取る。そして剣と剣は再び重く交わり、落ちた火花が霜を溶かした。
互角———両者の力は釣り合った天秤のように、刀身を押し合って絶妙な均衡を保っている。
刹那!先に動いたのはアンジュだった。ノアの方へ大きく踏み込む。刃を滑らせ、力を分散。ノアはバランスを崩し、慌ててその剣を振るう。しかしアンジュはそれをひらりとかわし、視界から消えた。
「僕の勝ちだね」
声が聞こえたのは、ノアの背後だった。ノアはすぐに振り返ろうとするも、その首元にはすでに刃が突きつけられている。首筋を汗が伝い、一瞬の静寂が庭中を包んだ。
「———くっそ~!油断したぁ!」
ノアが叫ぶと同時に、張り詰めた空気がぷつりと切れる。ふたりは気の抜けた風船のようにその場にへたりこんだ。すっかり火照った体に、きんと冷えた空気を貪るように吸い込んでは吐き出す。空を仰ぎ見ると、白い息が狼煙のろしのように昇っては消えた。
アンジュ・ユルフェ。ノアとは幼馴染だ。ユルフェ家は由緒正しい貴族の家柄で、かつては王家に仕えていたこともある、まさに名家中の名家である。ノアは毎週のようにアンジュの屋敷を訪れては剣の腕を競い合っているのだ。
「ノアは、すごいよ」
アンジュは、天を見上げながら呟く。そのとき、一陣の風が駆け抜けた。木々のざわめきとともに、鳥たちが一斉に飛び立つ。ノアは、首を傾げてアンジュの横顔を見つめていた。
「剣だけじゃない。同い年なのに、もう家も、重い仕事も背負ってる」
アンジュのアメジスト色の瞳に、絵の具を垂らしたような空の青が溶ける。そんなキャンバスの上を、白い鳩が1羽、悠々と滑翔していた。彼は、握っていた剣に目を向け、瞼を半分伏せながら続ける。
「———仕事には、慣れたかい?ノア」
「ん、まあな。最初は緊張したけど、だんだん分かってくるもんだぜ。最近は一発で終わらせられるようになってきたんだ」
ノアは剣を握り、顔の前でまっすぐに構える。刀身に鈍く映る自分の顔を、確かめるように見据えていた。
「……そっか」
続く言葉はなかった。ふたりの間を北風が突き抜ける。木々の間から差し込んだ陽光は、アンジュの透き通る肌にほんのり朱色を浮かび上がらせた。
しばしの沈黙を経て、アンジュは軽く息をついて立ち上がる。
「さ、僕はそろそろ行くよ。礼拝があるんだ」
「礼拝?」
「祖母が最近病気がちでね。毎週の礼拝に行けないから、別日に神父さんがうちを訪問して、祈りを捧げてくれるんだ」
剣を鞘に納め、アンジュは屋敷の方へと踵を返す。それを見て、ノアも追うように立ち上がった。
「終わったら、もう一戦な」
「もちろん。ただし、次も僕が勝つ」
その目線は、まっすぐにノアの瞳を捉えていた。
「礼拝が終わるまで、屋敷の中でゆっくりしていくといい。お茶とお菓子を出させておくから」
それを聞いたノアは、笑みを浮かべ、頭の後ろで手を組む。
「んじゃ、お言葉に甘えて」
ふたりは屋敷の方へと歩き出す。庭の霜は、もうすっかり溶けていた。




