第1話 継承
天と地が覆ったあの “革命”' から11年。
11年前のあの日。
耐え難い格差と財政難に民衆は蜂起し、国王フェルナン8世は、一族郎党ともどもその首と身体を分かたれた。多くの血を流した末に、人々は渇望した“自由”を得たはずだった。
しかし、その後、革命指導者ランベール・トゥラチエによって新たに敷かれた政治は、共和と安寧の名のもとに、監視と処刑を張り巡らせ、民を恐怖で縛るものであった。旧体制の残滓、凶悪犯罪、政治批判、宗教的異端———死刑に処される者は日々後を絶たない。
そんな時代に、地方の若き死刑執行人として処刑台に上がる青年がいた。
名は、ノア・プレヴェール。18歳。彼がその職を継いだのは、2年前———16のときだった。
その日の夕食の席は、異様に静かだった。
部屋の中には、ただ食器同士が触れ合う音が反響し、自分の咀嚼音ですら耳障りに感じるほどだ。普段は気にも留めない、ろうそくの火が揺れる音がはっきりと聞こえた。母は、時折ちらちらとフレデリクの方を気にしている様子だ。そして食事も半ばに差しかかったころ、ノアの父・フレデリクが、重々しく沈黙を破った。
「ノア、この後私の書斎に来なさい。大事な話がある」
一瞬、時が止まった。ノアは、フォークに刺していた肉をぽとりと皿に落とす。フレデリクはそれ以上何も言わなかった。
「わ、分かったよ、父さん」
ノアはそう答えるので精一杯だった。その後もナイフとフォークを握る手はぎこちなく、掌には汗が滲む。
ノアは残りを一気に口に押し込み、逃げるように席を立った。自室に戻っても胸がざわつく。腕を組みながら、右に左にうろついた。やがてノアは意を決してドアに手をかけ、書斎へ向かう。底冷えする廊下を一歩ずつ進むうちに、心臓の鼓動は速くなる。角を曲がった先のドアの前で、ノアはひとつ大きく息をつき、そのドアをノックする。手のひらは汗で湿っているのに、握りしめた拳は冷たく乾いていて、じんじんとその感触を反芻した。
「ノアか。入りなさい」
部屋の奥から父の声がするのを確認すると、ノアはゆっくりとドアを開け、書類の積もる大きな机に向かうフレデリクのもとへと足を進めた。
「父さん、話って?」
振り向いた父の顔は、ノアが思ったよりも険しくはなかった。まるで小さい子供に教え諭すような、それでいて、その表情の奥には諦めのようなものを浮かべているようにも見えた。
「お前も、もう16だ。そろそろ、プレヴェール家当主と、この執行人の職をお前に引き継いでもらおうと思ってな」
ノアは何も言わず息をのみ、目を丸くした。
「知っての通り、わがプレヴェール家は、代々執行人を務めてきた家系だ。“正義”を守る仕事だ、分かるね?」
ノアは幼いころから、父に剣や斧の訓練を受けていた。戦術的剣技というよりは、“いかに正確に切り落とすか”を叩き込まれた。
ノアはようやく合点がいった。もしかしたら途中から薄々気付いていて、
———いや、むしろ望んでいたのだ。どちらにせよ、ノアはもう震えてはいなかった。拳を握り直すと、血の流れが伝わってじんわり温かい。
「やるよ、父さん」
ノアの瞳は、ろうそくの火を映し、7歳のあの時と同じように鮮やかな橙色に輝いていた。フレデリクは、静かに目を閉じ、小さくうなずいて、———それ以上、何も言わなかった。




