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天使のギロチン  作者: 舞月るし
第3章 堕天
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第11話 檻

 “学の都”———共和国中東部に位置するその街は、人々の間でそう呼ばれていた。街を囲う石壁の内側には、大学や研究施設が集中しており、通りには書店が立ち並ぶ。美しく整備された石畳は、揺らめく灯りを反射して淡い橙を滲ませる。


 門の手前で荷馬車が減速していき、やがて止まった。

「二人とも、ちょっと降りな。これから積荷の検査がある」

 荷車の先頭から響く商人の声に、ノアと椿暁シュンギョウほろをめくって飛び降りた。


「へぇ、立派な城壁ッスね」

 椿暁はそびえ立つ壁を、背を反らしながら仰ぎ見る。彼女の真横に寄り添ったノアも、同じように壁を見上げた。

「俺もこの街に来たのは初めてだ。昔はここに大領主がいて、領地を壁で囲っていたらしい」


 言いながら、ノアの視線は石壁の先の空へと、逃げるように流れていった。星がちらつき始めた闇の下———灯りのともる壁の中は、広く温かいようでいて、どうしようもなく、ずっしりと息苦しいような気がしてならなかったのだ。ノアが悶々と思いを巡らせているうちに、荷馬車は門番に誘導され、門の鉄格子の真下へと流れる。


「通行証を」

 ノアが小走りで荷馬車に追いついたとき、門番の男は抑揚のない声で商人に手を差し出していた。商人は慣れた手つきで懐から羊皮紙を取り出して門番に手渡す。無言で受け取った男は、目を細め、繊細な指先で項目を一つひとつなぞっていく。


「積荷は本、か———検閲対象だ」

 その声に応じるように、どこからともなく同じ外套を纏った男たちが影のように現れた。彼らは統率の取れた動きで木箱を荷馬車から引きずり出すと、無表情のまま一冊ずつ目を滑らせる。


 頁をめくる音だけが囁き、場の空気がぴんと張り詰める。ノアと椿暁はそれを息を呑んで見つめることしかできなかった。そんな二人を横目に、商人は場慣れした様子で手元の荷物を整理したり、日暮れに冷え込む空に手を擦り合わせたりしている。


「この本は何だ」

 不意に、検閲官の一人が声を張り上げた。その場の視線が、高く掲げられた一冊へと吸い寄せられる。

 重厚な革表紙。———そこには、“歴史”と記されていた。


「あれは……!」

 椿暁は目を丸くする。その声に、検閲官の視線が鋒のように椿暁を刺した。

「知っているのか」

 男は北風のごとく、冷たく低い声で問う。


「確かそれには、革命暦以前のこの国の歴史が記されていたッスねぇ」

 片腰に手を添えながら、椿暁は答えた。その視線は、天日を束ねた水晶のように、一点に彼の瞳を焦がさんとしていた。


 男の表情は、椿暁を見下ろしたままぴくりとも動かない。やがて小さく息をつき、ゆっくりと視線を本へと戻すと、最初の数頁を読み進めた。


 そして突如、鈍く、重い音が炸裂した。余韻とともに、ほのかに煤の臭いが揺れる。

 “焼却”。

 手書きでそう書かれた木箱に、男は“歴史”を乱暴に放り込んだのだ。


 男はすぐに次の本を手に取る。そして、何事もなかったかのように、再び情報選別の歯車の一枚へと静かに戻っていった。ノアは、黒く粉を被った“歴史”を、凝然と見つめる。胸の内でじわりと滲む息苦しさの正体が、煤の臭いと絡まってざらつきを増していく。椿暁は検閲に対して何か言うわけでもなく、黙って受け入れていた。一方で、その目線は、検閲官を瞬きもせず追い続けている。


 結局、検閲によって五冊の本が没収・処分された。その中には、“革命”以前の歴史書や、王政礼賛、東洋文化について記されたものも含まれていた。


「通ってよし」

 門番の言葉に、馬車は少し軽くなった荷とともに前進し、ノアと椿暁もその後に続く。門をくぐると、街は昼のように明るく、夜になっても書店が店仕舞いをする程度で、人通りは絶えない。


 椿暁は、溜め込んでいたものを吐き出すように一つ息をつく。

「どうやら、“学の都”でも自由に学べるわけじゃなさそうッスね」

 頭の上で手を組みながら皮肉る椿暁を横目に、商人は苦笑する。

「ここまで厳しい検閲は、あの“革命”があってからだ。上にとって都合の悪い情報を、徹底的に遮断しているのさ」


「まるで———監獄だな」

 冷えきった向かい風が吹く。風に促されるように、ノアは振り向いた。彼らが通過したのを見届けた門が、鉄格子を降ろし始めている。つい先刻まで見上げていたはずの石壁は、いつの間にかノアを監視するように見下ろしていた。

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