赴任当日 ~告白
オフィスは服装自由。
パーカーもデニムも、Tシャツも当たり前の空気の中で、その日だけ妙に「きっちり」した存在が浮いていた。
彩は、フロアの向こうに立つ新任社員 佐藤大樹を見つめた。無意識に眉を寄せる。
紺のスーツ、白シャツ、ネイビーのネクタイ。そこまではいい。むしろ好印象だ。
大樹は背筋を伸ばして名刺を配っている。仕立ての良さそうなスーツはよく似合っているし、体格にも合っている。姿勢もいい。清潔感もある。
そこまでは文句のつけようもない。
でも。
「ピンクって、あれ本気・・・?」
艶のあるピンク色の髪を上半分だけ後ろで纏め、下半分は自然に下ろしている。きゅっと締まった結び目が首筋の少し上に見える。後ろで結んだ毛先が揺れるたび、どうにも視線が吸い寄せられる。
そして、その顔。
大きめの目が印象的で、まつ毛も長い。頬の線は柔らかい。表情も穏やかで、どこかふわりとした空気をまとっている。30歳を越えているという事だが、男性としては低めの身長のせいもあってかもう少し若く見えた。
似合っていないわけじゃない。むしろ顔立ちが整っている分、成立してしまっているのが厄介だ。
「・・・いや、成立してるのが余計に腹立つ」
彩は踵を返し、支店長室へ向かった。
ノックもそこそこに扉を開ける。
パソコンを覗き込んでいた支店長が何事かと顔を上げる。
肩幅に合った濃いグレーのスーツ、落ち着いた臙脂色のネクタイ。四十歳の支店長は、さすがにスーツが様になっている男だった。立ち上がる姿勢にも余裕がある。比べるのは問題だが、安心感がある。
「どうしたん、彩さん。ほんな険しい顔して」
最近はあまり聞かれなくなった訛りに、更に安心感が増す。
「支店長、あの・・・今日東京から赴任してきた佐藤くんの事なんですけど」
「ああ、彼け? 何かあったがん?」
「何け、じゃないです」
彩は腕を組み、ずいっと一歩踏み出す。
「うち、服装自由ですよね?」
「ああ。自由や」
「だからって、あれは自由の使い方が違いませんか?」
支店長は一瞬だけ目を瞬かせ、すぐに口元を緩めた。
「スーツ姿が? むしろ真面目でいいがいね」
「そこじゃなくて!」
彩は思わず声を上げ、慌ててトーンを落とす。
「髪ですよ。ピンクですよ? しかもハーフアップ。あれでクライアント先に行くつもりなんですか?」
支店長は窓の外に目をやり、くすりと笑った。
「ちゃぁんと事前に聞いとったよ。東京本社からだけじゃなく、本人からも先にわざわざ電話してきてくれとる。ありゃ地毛じゃなくて、彼なりのスタイルやそうやぞ」
「それは見れば分かります! あんなピンクの髪の人がいたら、びっくりですっ」
「そやけど、実績は十分。前任地でも評価は高い。身だしなみも清潔や。規定には違反しとらん」
正論。全くもってその通り。理屈は正しい。ぐうの音も出ない。
彩は唇を噛んだ。
「……顔がまた、ああいう感じじゃないですか」
「どういう?」
「目が大きくて、童顔で、なんか・・・やわらかくて。あの髪と合わさると、インパクトが強すぎるんです」
支店長は一瞬考え、くすりと笑った。
「第一印象に残る、ちゅう意味では成功やがいね。仕事では大事な要素の一つやぞ。うん」
「そういう問題じゃありません。・・・いや、似合ってないなら注意もしやすいんです。でも、普通に似合ってるから余計・・・こう、モヤっとするというか」
支店長はとうとう声を上げて笑った。
「彩さんは、意外と保守的なんやね」
「保守的っていうか。自覚はありますが・・・第一印象って大事じゃないですか。よく言うじゃないですか。飛行機のキャビンアデンダントなんて一瞬、長くても15秒。その時間で信頼やおもてなしを感じてもらうって。それって、ほとんど視覚情報ですよね」
「彩さん、よく知ってるねぇ。そんな事まで。まあ。そやから彼はぁ、あえて今日はスーツで来たんやろ」
彩ははっとする。
「自由な会社やさかい、最初はきっちり。ほんなバランス感覚やと思うわ」
確かに、ラフな格好の社員ばかりの中で、彼のスーツ姿は目を引いていた。悪目立ちではなく、“ちゃんとしている人”という意味で。
ただし、ピンクの髪は別として。
「・・・でも、ハーフアップはどうなんですか」
「彼なりの自己紹介やろ」
「自己紹介?」
「『自分はこういう人間や』ちゅう。隠さんと」
支店長の声はあくまで穏やかだった。
彩はしばらく黙り込み、ガラス越しにフロアを見た。ちょうど大樹がこちらに気づき、ぺこりと丁寧に頭を下げる。結んだ髪がさらりと揺れる。
礼儀は完璧。
「・・・仕事ができなかったら、私が真っ先に言いますからね」
「ええ、ぜひ。お手柔らかに」
支店長は余裕の笑みを崩さない。
「ほの時は、髪色でない成果の話でお願いしますわ」
彩はふっと息を吐き、苦笑した。
「分かってますよ。……分かってるんですけどねぇ」
扉を出る直前、支店長が付け加える。
「ちなみに、彼は今日の歓迎ランチの幹事を自分から引き受けたげん」
「え?」
「『早う皆さんの顔と名前を覚えたいんで』と」
彩は一瞬言葉を失い、それから小さく舌打ちした。
フロアに戻ると、大樹と目が合った。
大きな目が一瞬丸くなり、すぐに柔らかな笑みに変わる。
「彩さんですよね。今日からお世話になります」
低すぎず高すぎない声。落ち着いた口調。
近くで見ると、やはり童顔だ。だが視線の奥には、年相応の自信が微かに宿っている。
「……よろしく」
彩は短く答える。
ピンクの髪も、ハーフアップも、きっとすぐに見慣れる。
問題は、その更に奥にあるものだ。そのやわらかな笑顔に、もう少し見ていたいと思ってしまった自分に。
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