落語声劇「黄金の大黒」
落語声劇「黄金の大黒」
台本化:霧夜シオン@吟醸亭喃咄
所要時間:約30分
必要演者数:最低5名
(0:0:5)
(5:0:0)
(4:1:0)
(3:2:0)
(2:3:0)
(1:4:0)
(0:5:0)
※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。
よって性別は全て不問とさせていただきます。
(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)
※当台本は元となった落語を声劇として成立させるために大筋は元の作品
に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。
それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。
●登場人物
彦兵衛:長屋のリーダー的役どころの男。
集められた理由を明らかにしようとしたり、羽織を何とかしよう
としたりする。
留公:長屋のメンバーの一人。
店賃(家賃)をかれこれ18年も滞納しているという、現代では
ちょっとありえない男。
まあ、そこまで滞納しても追い出そうとしない大家も大家だが。
与太郎:落語の世界の与太郎はどの演目でも少し愚かしい、頭の働きがあ
まりよろしくない役柄を与えられるが、この噺でもそのとおり、
店賃(家賃)はもらえるものだと思っている始末。
梅吉:長屋の連中が全員集まるようにという話に疑問をいだき、番頭から
わけを聞いてくる、気の利いた男。
だがそのせいでこの噺が幕を開けようというもので。
甚兵衛:長屋が建った頃から住んでいるという、草分け的存在。
ところが家賃はその時に、しかも自分の親父の代に一回入れたっ
きりという、とんでもない男。
長屋の中でただ一人、羽織を持っている。
大家:長屋三十六軒の大家さん。
自分の家を建てようとしている普請場で、自分の子供と長屋の子供
達が遊んでて黄金の大黒様を掘り当てるという、とてもラッキーな
人。
番頭:大家の店の番頭さん。2セリフ。
大黒様:土中から掘り出された金無垢でできた大黒様。
なんでそんなとこに埋まってたのかは謎。
1セリフのみ。
住民1~8:長屋の住人ズ。
各々1セリフずつ、1,5を甚兵衛役が兼ね、2,6を梅吉
、3,7を留公、4,8を与太郎役がそれぞれ兼ねる。
語り:雰囲気を大事に。今回は1セリフのみ。
●配役例
彦兵衛:
留公:
梅吉・与太郎・語り:
甚兵衛・番頭・大黒様:
大家・枕:
枕:長屋というのは昔から落語によく出てきます。
貧乏長屋と一口に言っても色々ありまして、例えば三日月長屋、
月見長屋なんというのがございます。
名前だけ聞いていると大変に風流に聞こえますが、実態はそうではな
い。
三日月長屋というのは、これはもう建物自体が大変に古くなってしま
っていまして、上から見るってと三日月形に反ってしまっていると、
それをもって三日月長屋と言うんですな。
月見長屋というのは、屋根なんてものはもう飛んでいってしまってい
て、家の中にいながらにしてお月見ができてしまうと、そういう長屋
なんでございます。
他にも戸無し長屋なんてのもあります。
寒い冬になるってと、戸は大事だけど、それよりも火が大事だってん
で、戸を外してそれを燃やして焚火をしてしまう。
で、戸がないから家の中にいるのは寒い、じゃあ表で温まろうと皆し
て表へ出て行く、そんな長屋は昔はずいぶんとあったんだそうで。
彦兵衛:なんでェなんでェ、朝っぱらからこうやって集まってよ。
いったいどうしたんだ。
留公:うん、他じゃあねえんだ。
大家がな、皆そろって来てくれってんだよ。
彦兵衛:へえ?また花見でもやろうってのかい?
留公:よせよおい。花見は春だろうが。
あれァもう懲りたからよそうじゃねえか。
彦兵衛:なんだか知らねえけどよ、こうしてみんな集まって来てくれって
のは、「ちんたな」の催促かもしれねえな。
与太郎:なんだい、その「ちんたな」の催促ってな?
彦兵衛:店賃のこったよ。
留公:紛らわしい言い方するなよ。
それで、店賃をどうしようってんだい?
彦兵衛:どうしようってこたァねえ、取ろうってんだろ。
留公:へえ、大家の野郎が、店賃を、取ろうってのか?
ふてえ野郎だ。
彦兵衛:ふてえこたァねえよ。
しかし、今こうして店賃を取るつもりでいるってのは、どういう
事だろうな?
与太郎:もう、長くないのかな?
ろくな事がないね。
彦兵衛:なんだよおい。
与太郎、勝手な事を言ってちゃ困るよ。
大家だって苦しくなりゃ、銭が欲しいやな。
何するにしたって銭だよ。
まあ俺の思うに、この中に溜まってる奴がいるんじゃねえかな?
だから今から聞いてみようと思うんだがね。
どうだい留公!お前さん、店賃の方はどうなってる?
留公:え、店賃!?
【苦笑】
…どうも、すまねえ。
彦兵衛:俺に謝ったってしょうがないだろ。
どうすまねえんだ?
留公:うぅぅんんどうも面目ねえ。
彦兵衛:いや、どう面目ねえんだよ。
留公:どう面目ねえったって決まりが悪いや。
彦兵衛:なんだよおい、どうもはっきりしねえな。
どう決まりが悪いんだよ。
留公:へへへ、なまじ一つやってあるだけに、どうも決まりが悪くって
面目がねえやな。
彦兵衛:なに言ってやんでェ。
店賃なんざ月に一つ持って行きゃそれでいいだろ。
留公:よせよ。
月々に一つ一つ持って行ってたら、あっしァ何もここで面目ねえな
んて赤い顔して、ペコっと頭を下げて謝る事はねえやな。
彦兵衛:まあそれもそうだな。
おめえが面目ねえなんて言うからには、半年前かそこらに一つ
持って行ったきりだろ。
留公:半年前?
半年前に持って行ってたら、あっしァここで顔を赤くして謝る必要
がねえよ。
彦兵衛:なら一年前か?
留公:一年前だったらどうにでもなる。
彦兵衛:二年前か?
留公:二年前だったらぐうとも言わせねえ。
彦兵衛:じゃあ三年前か?
留公:三年前に持って行ってたら、大家の方で礼に来る。
彦兵衛:んなわけあるかい!
三年前でもねえってんなら、いつ持ってったんだ?
留公:この長屋に越して来た時に一つやったっきりになってるから、
どうも面目なくてよう。はは、恥ずかしいや。
彦兵衛:おいおいおいこの野郎~~おめえが越してきたのは古いぞ。
どれぐらいになるんだ?
留公:そうだな、かれこれ十八年。
彦兵衛:かーッ、こりゃ驚いたねェ。
十八年の間に一つだけってのはこりゃえれェもんだな。
こうなりゃ呆れ返るのを通り越して立派だよ。
じゃあ、甚兵衛のとっつぁん!
甚兵衛:あいよ。
彦兵衛:おめえなんざ、長屋の草分けだ。
店賃の方は大丈夫だろうな?
甚兵衛:ああ、大丈夫。
一つやってあるから。
彦兵衛:なんだ?同じのが出てきやがったぞ。
まさか甚兵衛さんも十八年前ってんじゃないだろうな?
甚兵衛:あぁ、あたしの親父の代だね。
彦兵衛:おぉいおいおい、よけいにいけねえのが出てきやがったよ。
おう与太!与太郎ッ!
与太郎:うん?
彦兵衛:おめえなんざぼんやりしてっけど、銭の事に関しちゃ堅えから
俺ァ好きだよ。
店賃はちゃんと納めてんだろうな?
与太郎:うぅん?
彦兵衛:いや、店賃はどうしたんだよ?
与太郎:うん、店賃てなんだ?
彦兵衛:よせよおい!
店賃も知らねえ奴がここにいるぞ。
これァ呆れたね…大家んとこに月々持ってく銭だよ。
与太郎:うん、まだもらわねえや。
彦兵衛:この野郎、もらうつもりでいやがるよ。
しかし驚いたね…どいつもこいつも同じようなもんだなァ。
こりゃ聞いてもしょうがなかったよ。
よし行こう!こういう時は行って謝っちまおう。
頭下げちまえば小言なんざスーッとその上を通っちまうからね。
無い袖は振れねえんだ。逆さに振ったって鼻血も出ねえんだから
しょうがねえや。
無いものをとろうったって…おや、梅吉がやってきたぞ。
どうしたんだい?
梅吉:ああ、行ってきたよ。
彦兵衛:どこに?
梅吉:いやね、急に長屋三十六軒みんな集まれって言うだろ?
店賃だったら困るから探り入れようと思ってね、タバコ屋のとこま
で行ったら、大家の店んとこの番頭に会ったんだ。
彦兵衛:ほお、そりゃ助かるね!
それでどうしたんだ。
梅吉:番頭に聞いてみたら、長屋の子供らと大家んとこの子供が、
大家が家を建てる普請場でもって、砂いじりして泥んこになって
遊んでたんだ。
そしたら土を掘ってる時になんかカチッと当たったものがある。
何だと思って掘り出してみたら、大黒さんが出てきたんだと。
家へ持って帰って洗ってみたら、これが金無垢だったってんで、
大家がたいそう喜んだんだ。
地べたから金の大黒様のご入来、こんな年の暮れに来て目出度い
ことはねえ、自分の所から出たので家宝にする。
それで祝いに長屋の皆へご馳走するってんで、集まれってことだ。
彦兵衛:へええこれァ驚いたね。
そんなことがあるのかねえ。
おい皆、聞いたかい!心配することはねえよ。
いやぁ何はともあれ、飯が食えるってなァありがてえじゃねえか
。
みんな、ご馳走だってよ!
与太郎:え、ご馳走てと、おまんまが出るのかい?
彦兵衛:うん?おまんまぐらい出るだろうけど、おめえんとこでおまんま
食わねえのかい?
与太郎:へへ、もとは食ってたんだけどね…。
ここんとこどうも景気が悪くて藁ばっかり食ってたんだ。
おかげでどうも目が赤くなって…。
彦兵衛:やだなおい。
まぁいいや、みんな行こうじゃねえか!
梅吉:まあ待て待て。
行くのは良いんだけどね、向こうが言うには大変に目出度い席で
二の膳付きなんてんだ。
だから紋付の羽織の一枚でも着てぴたっと座って、おめでとうと
祝いの口上の一つでも言ってから席について欲しいと、
こういうわけなんだ。
彦兵衛:えぇ…冗談じゃないよ。
んなこと言われたってしょうがねえやな。
そりゃまあ、向こうの気持ちも分かるよ。
口上ぐらいなら口で済むこったからなんとでもなるけど、
羽織紋付なんぞ、長屋三十六軒どこ探したってありゃしねえよ。
ずいぶん前にいた噺家が持ってたけど、どっか行っちゃってそれ
っきりだ。
うーん、弱ったね…。
どうだい、今ここに長屋の連中が集まってるわけだが、羽織紋付
を持ってる奴はいるかい?
梅吉:話の途中だけどね…さっきから羽織羽織と言ってるけど、
それはどういうものなんだい?
彦兵衛:え?そりゃ、着物の上に着るーー
梅吉:【↑の語尾に食い気味に】
あぁ~分かった。
着物の上に着る、前をこう紐で結ぶやつ。
彦兵衛:お~そうそう。
梅吉:で、袖が無い。
彦兵衛:ちゃんちゃんこだよそりゃ!
袖があるやつなんだよ。
留公:えぇじれってェ奴だな、ひっこんでろ!
羽織ったら着物の上からこうスッと着るやつだろ?
彦兵衛:…なんだかさっきと同じようなのが来たぞ。
まあ羽織るって言うくらいだからそうだよ。
留公:んで、袖がちゃんとある奴じゃねえかい?
彦兵衛:だから袖の無いやつは羽織じゃねえよ。
留公:それだったらウチに一つあるけどどうする?
持ってこようか?
彦兵衛:おっ、あるのかい!?じゃあ持ってきてくれよ。
一枚でもありゃね、そいつを着て行って玄関先で口上を言って、
帰って来たら後の奴がそれを代わるがわる着てまた行くんだ。
で、最後に着て行った奴が、私だけ着てるのもなんですから脱ぎ
ましょうか、とかなんとか言って、皆を呼んできてうわーっと
上がってゴチになりゃいいんだ。
梅吉:でも、羽織を着回してバレやしないかい?
彦兵衛:わかりゃしないよ。同じようなもの着てるなって思うだけだ。
留公:うぅん、いいのかねえ…。
紋が付いてんだよ。
彦兵衛:いや、祝儀不祝儀の場だったら、紋付きの方がいいってもんだ。
結構な事だよ。
で、なにかい、三所紋か?それとも五つ所紋かい?
留公:ううん、一つ紋だよ。
彦兵衛:?一つってのはあんまり聞かねえな。
そりゃどこについてんだい?
留公:背中に付いてるよ。こんな大きなの。
彦兵衛:背中?どんなのが付いてるんだ?
留公:丸に通るって字が書いてあるよ。
彦兵衛:バカ野郎、おめえそりゃ、印半纏じゃねえか!
留公:えぇ、嘘だよ。
彦兵衛:嘘じゃねえよ。
留公:あれ紋付きじゃねえの!?
あっしァ紋付きだとばっかり思ってたから、
こないだ弟の婚礼の時に着ていっちゃったよ。
彦兵衛:しょうがねえなあどうも。
ろくなのがいやしないよまったく。
これだけ雁首そろってんだ。羽織の一つくらいないもんかね?
甚兵衛:ちょいとごめんよ。
結構なもんじゃないんだけどね、紋付羽織ならあるよ。
どうかね?
彦兵衛:へえ、甚兵衛さんとこにかい?
そりゃ結構な事だよ。
で、品物はどんなだい?
甚兵衛:絽だね。
あ、寒くはないよ。あわせになってるから。
彦兵衛:?あんまり聞かないね、絽のあわせってのは。
甚兵衛:夏場は絽で着てるけど、冬になると寒いから裏を打ったり、
綿を入れたりしてるんだ。
彦兵衛:ほお、絽の綿入れってのはこりゃあすごいもんだ。
一度見たいね。
それで、紋は?
甚兵衛:紋は右が確か三つ組橘で、左が丸に左三蓋松になってました。
で、背中がーー
彦兵衛:おぉいおい、みんな違うのかい?
甚兵衛:しょうがないよ、集めもんなんだから。
右半分は火事場で拾ってきたんだ。火事場へ行くとなんか落っこ
ってるからね。
左半分のほうは古着屋から持ってきたんだ。
彦兵衛:へえ、半分だけ置いてある古着屋のってのも珍しいね。
で、どのくらいしたんだい?
甚兵衛:どのくらいって、別に金払ったんじゃないよ。
声かけたけど誰もいなかったから、持ってきたんだ。
彦兵衛:そりゃ盗人じゃねえか。
甚兵衛:ええまぁ、そう言いやそういうことになるけどね。
そう言う言い方はしない方がいい。
彦兵衛:なに言ってやんでェ。
甚兵衛:まあまあ、それを寄せ集めて羽織が一着、出来あがったわけで。
彦兵衛:しかしまあ、よく質屋に入れずに置いといたね。
甚兵衛:いや、実は質屋に三度持って行ったんだ。朝日屋に。
三度とも断られたんで、それっきりになってるんだけどね。
彦兵衛:ふ~ん、まぁなんでもいいや。
じゃ、ひとっ走り行って持ってきてくれよ。
あとは口上だけど、こいつは弱ったね。
この中で口上を言えるのはいるかい?
留公:へへ、じゃああっしに任してもらおうじゃねえか。
彦兵衛:お?おめえにできるのってのかい?
留公:できるよォ。いいか、よく聞いてろよ。
東西東ォ~西ィ~~!!
彦兵衛:そりゃおめえ歌舞伎じゃねえか!
しょうがねえなあどうも。
お、甚兵衛さん、羽織持ってきてくれたかい!
甚兵衛:ああ、これなんだけどね。
彦兵衛:どれどれ…。
またずいぶんと汚いな。裏が古雑巾てのはどうなんだいこれ。
まぁまぁ、なんとかなるだろ。
ああそうだ甚兵衛さん、お祝いの口上ての言えるかい?
甚兵衛:あぁまあ、できなくはないよ。
彦兵衛:やっぱり、甚兵衛さんみたいな人がいてくれると助かるね。
じゃ、ひとつお願いしますよ。
甚兵衛:わかったよ。
それじゃ行ってくるから、皆さんひとつ後に続いていただくとい
う事で。
【二拍】
ごめんください!ごめんください!
大家:はいはい、どちらさんかな?
おや、甚兵衛さんじゃないか。よく来てくれたね。
ささ、上へおあがり。
甚兵衛:ええ、本日はまことに結構なお天気でございまして。
承りますれば、なんでございますか、お宅のお坊ちゃまと長屋の
子供たちが普請場で土遊びをしていた所、金の大黒様を彫り出し
たとか。
調べたら金無垢だそうで、これは何とも目出度い、情け深い大家
さんだからこういう事があるんだろうなと、長屋じゅうの評判で
ございます。
また今日は手前どもにまでご馳走にあずかれるという事でござい
まして、まことにお礼の言いようもございません。
大家:はっはっは…そんなに堅い挨拶をされてはあたしも困るよ。
さあさあ、とにかく中へ入っておくれ。
甚兵衛:そうですか、それじゃ失礼を…おや?
あの、長屋の連中は他には来ておりますか?
大家:いいや、甚兵衛さんが最初だね。
甚兵衛:あ、そうでございましたか。まだ誰も来てない。
それはいけませんな。
手前のような年かさの者が先に来て座っていると様になりません
でな、一周り廻って、また長屋の者を連れて参じましょう。
大家:おおそうかい。そうしてもらえると助かるね。
ひとつ、頼んだよ。
甚兵衛:じゃあ、これで失礼をいたします。
ごめんくださいまし。
【二拍】
行ってきたよ。
どうだね?
彦兵衛:【手を叩いて】
上手いッ!上手いねえ!
このあと誰も行けなくなっちゃうくらい上手いよ。
さすがは甚兵衛さんだ。
じゃあ、このあと誰か行けるのはいるかい?
留公:おう、じゃ、あっしが行こう!あっしに行かして!
彦兵衛:留公ォ?ほんとに行けるかァ?
留公:行ける行ける!いま聞いてすっかり覚えちゃった大丈夫大丈夫!
あっしに行かしてあっしに行かして!
彦兵衛:…ほんとに覚えたのか?
留公:覚えた覚えた!しっかり頭に入っちゃったからほらほら羽織貸して
羽織!
彦兵衛:少し落ち着けよ留公。
…大丈夫かなホントに。
じゃほら、羽織着て。
留公:へへへそれじゃあの、ちょいと行ってくるからよ!
あとに続いてもらって、ひとつ見習ってもらってよ!
行ってくる!
こんちわ!
大家:おお誰かと思ったら留公じゃないか。
さぁさぁ、こっちへお入り。
留公:へへ、こんちわ!結構なお天気でございます!
大家:おぉそうだね、今日はまた大変にいいお天気になったね。
留公:明日もいいお天気でございます。
大家:まあそうだろうね。明日もいいお天気だろうね。
留公:明後日は分からない。
大家:それは分からないね。
それでどうしたんだ?
留公:【承りますれば、をうまく言えない】
う、うけたまっ、う、ぅうけたかっ、うけたかたまにがたっ、
うけけたかまっ、ちょちょっ、とにかく落ち着けっ。
大家:いや、お前が落ち着くんだよ。
留公:うっうけけたかまかりますっれっばっ、ははは…言えた。
大家:言えてやしないよ。
承りますれば、って言おうとしてるんじゃないのかい?
留公:っそれそれそれ!
そのあとなんて言うんです?
大家:いやお前が言うんだよ。
留公:ぁそうそうそうあのね、長屋のお坊ちゃんと。
大家:長屋のお坊ちゃんと?
留公:ぇ~お宅のガキだ。
大家:そりゃあべこべだろ。
留公:あ、あぁぁあべこべだった。
え、ええぇとあの、金の大黒様を掘り出したってね。
なんて間がいいんでしょ。
大家:な、なんだいその間がいいんでしょってのは。
留公:だけどね、長屋の連中も気が利かねえってんだよね。
その、大家のガキをペーンと張り倒しといてね、その金の大黒様を
持ってくりゃ、そいつを潰して一杯やれたってんですよォ。
また大家も大家だってんですよねェ。
そういう物を独り占めにすることないじゃありませんかァ、っとに
ねェ!
そういうことをしてたら、将来ロクな死に方はしねえだろうなぁな
んて、長屋じゅうの評判でございやしてェっははは……
、ここだけの話で。
大家:誰と話をしてんだいお前は…。
まぁまぁ、お前の言う事にあたしがいちいち腹を立てるわけにも
いかないな。
さあさあ上がっておくれ。
留公:あの、長屋の連中で他に誰か来てる奴はいますかい?
大家:うん?まだ誰も来てないよ。
留公:え、まだ誰も来てない?そりゃいけねえや。
じゃああっしが長屋をぐるっと一回りして、皆を呼んできますから
。
大家:今それ、甚兵衛さんが行ってくれてるから、お前はかまう事ない
上がって休んでておくれ。
留公:【焦っている】
っあっしが上がると、後の者が羽織を着て来られないとでも思いま
すかい?
大家:…?そんな事思いやしないんだけどね。
留公:~~…はばかり行ってきます…!
大家:うちのを使いなよ。
留公:えぇあいやいやいや!
寸法が合わないんですよォお宅のはばかりはァ!
今ちょうどね、長屋の共同便所からぜひ来てくれって知らせが届い
ちゃったんですよ!
だからこれから行ってきますからえぇどうもすいませんごめんなさ
いィーーっ!
どうだった?
彦兵衛:ダメだよあんなんじゃ!
わかっちまうじゃねえか、しょうがねえなあ本当に。
他に誰か口上言える奴はいねえかい?
梅吉:ぺいッ!冗談じゃねえやな、本当に…ええ!?
おめえ達ゃ江戸っ子だろうが!
江戸っ子がぐだぐだぐだぐだ余計なこと言ってんじゃねえってんだ
よ!
ほら、羽織を貸せ羽織を!
こういうのはな、パッと行ってくりゃいいんだよパッと行ってくり
ゃ!
よく見とけってんだ!
こんちわ!!
大家:はいー?
梅吉:さよなら!!
大家:ん?んん!?えっちょっと…?
…なんだか表でざわざわ言ってるぞ…?
おぉいちょっと番頭さん。ちょいと表を見てきておくれ。
長屋の連中がなんかやってるんじゃないのかい?
番頭:はい、なんだか長屋の者全員集まって、一枚の羽織を取りっこして
ますな。
大家:なに、羽織を?
…番頭さん、お前なんか余計なこと言っただろう。
どうもおかしいと思ったんだ。
別に羽織なんか着てこなくたっていいんだよ。
とにかく、いいから皆に上がってもらうように言いなさい。
番頭:わ、わかりました。
あ~皆さん!
彦兵衛:!あっ!こいつはいけねえ!
バレちまった…見られちまったよ…!
番頭:いや、さっきは私の言い方が悪かった。
とにかくもういいから、みんな中へ入って上がって下さい。
彦兵衛:えっ、いいんですかい?
梅吉:なんでェ、必死こいて口上言ってた俺たちがバカみてえだよ。
彦兵衛:おめえは挨拶しかしてねえだろ!
まぁまぁ、口上も羽織ももういいって事だろ。
じゃあこんなのいらねえや。
ドブにでも捨てちまえ。
甚兵衛:ちょちょちょ、乱暴だな。
羽織をこっちへ返しとくれ。
彦兵衛:冗談だよ。
よし、みんな行こうじゃねえか!
与太郎:へへへ、おまんまおまんま…!
彦兵衛:えぇどうも!大家さん、こんちわ!
大家:はいこんにちわ。
さぁさぁ、かまわないからどんどん上がっておくれ。
彦兵衛:あ、そうすか!
どうも!
【以下、できればテンポよく】
甚兵衛:こんちわ。
梅吉:こんちわ!
留公:こんちわッ!
与太郎:こんちわぁ。
住人1(甚兵衛兼ね役):こんちわ!
住人2(梅吉兼ね役):クソジジィ。
住人3(留公兼ね役):こんちわー。
住人4(与太郎兼ね役):こんちゃッ!
住人5(甚兵衛兼ね役):死んじまえ。
住人6(梅吉兼ね役):こんちわあ!
住人7(留公兼ね役):銭おくれー。
住人8(与太郎兼ね役):こんちわ!
大家:…なんか三人くらい変なこと言った奴いなかったか…?まあいいや
。さあさあ、どんどん入っておくれ!
あ、梅吉!梅吉!
梅吉:へっ、なんです?
大家:いや、お前さんにあったら礼を言おうと思ってたんだよ。
うちの倅がのべつお前さんの家に遊びに行くそうだね。
あれもいたずら盛りだ、悪いことをしたら遠慮なく小言を言ってお
くれよ。
大家の子供だからって遠慮してるとね、かえってよく育たないから
言わなきゃならないことはビシビシ言ってもらいたいんだ。
なんだったら打ってもらったって構わないんだからね。
梅吉:あ、そうなんすよォ。あっしもそう思うんだ。
のべつお宅のガキ…お坊ちゃんがね、家に来やがっ…おいで遊ばす
んですよォ。
こないだもそうですよ。お宅のクソガ…お坊ちゃんがね、
家においで遊ばした時にね、あっしはちょうど七輪に火を入れてた
んで。
そしたらまぁお宅のお坊ちゃんがね、「おじさん、この七輪の火を
あたいのおしっこで消してやろうか!」なんてこう言う小生意…
可愛らしい事を言う…おっしゃるんですよォ。
あっしもカチンときたもんですからね、「消せるもんなら、消して
…ご覧あそばせ!」ってこう言ったんだ。
そしたらさすがは大家さんのお坊ちゃんだ。
人の言う事を疑うってのを知らないね。
前をサッとまくるってと、小さいやつをちょいっと出してきて、
シャー―っとね、火を消しちめえやがったんですよォ!
こっちはあんまり腹が立ったもんですからね、思わずポンポンポー
ンと三つばかりね、やったんですよ。
大家:【苦笑しながら】
拳固でかい?
梅吉:いや金槌で。
大家:えっ金槌!?
おぉいおい冗談じゃないよ!
道理でこないだコブだらけにして帰って来たけど、ありゃお前さん
がやったのかい!?
梅吉:【笑いながら】
そォォなんですよォ!
あれァあっしがやったんですよォ!
別に礼には及ばねえ。
大家:そんな事に礼を言う奴はいないよ!
しかししょうがない奴だね本当に。
さあさあ、みんなどんどん入っておくれ!
留公:えぇ~お坊ちゃん、おりんごを一つ差し上げましょう。
大家:あぁあぁそんな事しなくたっていいんだよ。子供に物をあげないで
おくれ。
こういう場に来る時は手ぶらで来るもんだ。
留公:いえねぇ、いいんですよォ。
今はばかりをお借りしましたらね、お宅の台所んとこにりんごが
山のように積んであったもんですから、七ついただいて一つを
お坊ちゃんに差し上げたんで。
大家:人の家のもので何やってんだい。
しょうがない奴だね。
まぁまぁ、とにかくみんな奥からどんどん入っておくれ。
彦兵衛:ええ、それじゃ、座らしてもらいますよォ、どっこいしょのしょ
っとォ。
甚兵衛:いやあ、これは豪華ですねえ…二の膳付きてやつですからな。
梅吉:鯛の塩焼き!こいつァ立派なもんだねえ!
留公:…面白くねえなァ。
梅吉:なんでェ?どうしたんだ。
留公:おめえの鯛の塩焼きの方が大きいじゃねえかよ!
梅吉:なに言ってやんでェ、おめえの鯛の方が厚みがあるじゃねえかよ!
留公:そうかい?
まあでも、正直言うと俺ァ刺身は食うけど、この鯛の塩焼きてのは
あんまり好きじゃねえんだな。
梅吉:そうかい。うちのお袋は塩焼きが大好きでよ。
食わしてやったら寿命が延びるに違えねえ。
だからあっしにくれ。
留公:っとっとっとっとォ!!何しやがんでェ!
俺のもんだぞ、手を出すんじゃねえよ!
それにくれだァ?口のきき方を知らねえ野郎だな!
欲しけりゃ値を付けろよ、値を!
梅吉:じゃあ十銭。
留公:てやんでィバカ野郎!
普通に買いや七、八十銭、ともすりゃそれ以上は取られよう
って代物だぞ!
だが今日は負けてやらあ!うちのかかあが間男して逃げちまった
記念日だ!
さあ来い安くしとくぞ!
梅吉:なら二十銭。
留公:ダメでいッ!
梅吉:三十銭!
留公:この野郎、ちびちびちびちびちび上げるんじゃねえよ!
物を見て言ってもらおうじゃねえか物を見て!
そんじょそこらで獲れる鯛とはわけが違うってんだよ!
三崎の本場で獲れた目の下一尺と言いてえとこだが八寸五分、
さっきまでピンピンピンピン泳いでいて、たったいまご臨終遊ばし
たってそういう代物でェ!
さあ来いッ!
梅吉:ん~、四十銭!
留公;ダメでえッ!
梅吉;五十銭!
留公:もう一声ッ!!
梅吉:六十銭ッ!
留公:売ったッ!!
梅吉:買ったッ!
大家:誰だそこで競り売りやってるのは!
ロクな奴がいやしないよほんとに…!
お、寿司が届いたようだな。
お寿司を奥の方へ持ってっておくれ!
彦兵衛:あぁはいはいはいはい!じゃああっしが預かりますよ!
おうッ!食べたいものを言ってくれ!
あっしが取って渡すからよ!
留公:おう、じゃあイカ頼むよ!
彦兵衛:お、イカ、イカね。
じゃあそっちに渡すぞォったったッ!
…落としちゃったよ。
留公:おいおいしょうがねえな!
まさか拾ってこっちによこす気かい?
彦兵衛:とんでもねえ!
落としちまったものを食わせたりゃしねえよ!
これはあっしが頂戴して、と…むぐ、むぐむぐ……
うん、うまい!
お、そっちは何だい?
甚兵衛:それじゃ、コハダをお願いします。
彦兵衛:あ、コハダね!
じゃそちらにコハダを渡すよォっったァーーッ!
…また落としちゃったよ。いや、これ箸が塗りでできてるもんだ
からね、つるっと滑っちまうんだよ。
甚兵衛:なんだい、そそっかしいね。
いいからこっちによこしておくれ。
彦兵衛:いぃやいや!とっつぁんに落としたものは食べさせねえよ!
これはあっしが頂戴するよォ、むぐ、むぐむぐ………。
いやあ美味いねえ!
あ、そっちは何だい?
与太郎:じゃあ、ゲソ。
彦兵衛:え、ゲソ?ゲソ、ゲソ…安いものが好きなんだね与太は。
じゃ、そっちにィったったァァああ!!
与太郎:えぇぇ、また落としたの!?
いいよ、よこして。
彦兵衛:いやいやッ!いくらなんでも落としたものを与太に食わせるわけ
にはいかねェ!
これはあっしが頂戴をォっむぐむぐむぐ…!
【もぐもぐしながら】
そっちは何だい?
梅吉:マグロもらえるかい?
彦兵衛:!マグロ!マグロマグロ…んふふふ…あっしマグロが大好物なん
でェ!
いまそっちにいっァアアアア落としたァァ!!!
梅吉:おいおいおいまたかよ!
皆あいつに食われちまうぞ!
大家:何やってんだい…。
寿司はまだあとからあとからどんどん来るんだから、皆めいめいに
やっておくれ!
語り:さあそれからはドンチャンドンチャン大騒ぎ。
お酒も入りまして裸になって踊りだす奴が出てきます。
これを最前から床の間でじーっと眺めておりました大黒様、
何を思ったのかすくっと立ち上がりますと言うと、玄関の方へ
とことことことこ歩き出したのでございます。
驚いたのは大家さんで。
大家:あっ、大黒様大黒様!どちらへ行かれるんでございます!?
あまりに騒がしいんで、どこかへ行こうてんでございますか!?
大黒様:いやいや、そうじゃない。
あんまり愉快なんでな、仲間の恵比寿も連れてくるよ。
終劇
参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)
立川談志(七代目)
柳家一琴
※用語解説
・祝儀不祝儀
いわゆる、冠婚葬祭。
・三所紋
背中と両胸に家紋が付いている。
・五つ所紋
↑に加えて両袖に家紋が付いている。
・印半纏
屋号や家紋などの「印」を染め抜いた半纏のこと。
江戸時代には職人や商家の使用人が仕事着として着用。
・絽
夏物着物で使われる、織り目に隙間(絽目)がある透ける織物のこと。
通気性が高く涼しいのが特徴。
・三つ組橘
落語の世界における、三遊亭の定紋。
・丸に左三蓋松
落語の世界における、立川流の定紋。
・はばかり
トイレ。
・三崎の本場
主に神奈川県三浦市の三崎漁港を指し、日本有数のまぐろの水揚げ港と
して知られる。
・八寸五分
約25.7センチ。
「目の下 八寸五分(めのした はっすん ごぶ)」は、真鯛の
最も美味しいとされる理想的なサイズを表す伝統的な言葉
・一尺
約30.3センチ。




