三十路童貞の俺が女子高生に恋愛指南される件【第1話】
元窓拭き職人の桜田悠馬、30歳。恋愛経験ゼロの人生敗者が、ひょんなことから生意気な女子高生・橘リナの「社会復帰プログラム」の被験者にされてしまう。これは、恋愛のレベリングが遅れに遅れた男と、ドSな天才女子高生が繰り広げる、壮絶なラブコメディである。
桜田悠馬、30歳。かつては天空の支配者、伝説の窓拭き職人だった。彼の人生はシンプルだった。地上から遠ければ遠いほど、恋だの愛だのといった面倒な悩みから解放される。女なんて地上を這いずるアリでしかなかった。愛?都市伝説だろう。
しかし運命という名の残酷な敵は、彼の前にロボット掃除機という名の刺客を送り込んできた。王座を追われた悠馬は、地上へと叩き落される。そして辿り着いたのは、新宿のコンビニという名の地獄だった。
ある日、牛乳パックを補充していた時のことだ。なぜか哲学的な思考が頭に浮かんでしまった。
『牛乳には賞味期限がある。だが、俺、桜田悠馬にはない。つまり、この牛乳のように、腐り続けるだけで死ぬことは許されないのか…?』
その瞬間、牛乳パックがガタガタと震えだし、彼の存在そのものがぐらついた。足がもつれ、牛乳パックのピラミッドが盛大な音を立てて崩壊する。白い牛乳の海に倒れ伏した悠馬は、まるで人生の初デートに失敗したかのような、まさに「少年漫画の主人公」のような絶望的な表情を浮かべていた。
そこに現れたのは、橘リナ。16歳の女子高生であり、悠馬がこの世で最も恐れる存在、そう…「青春」そのものの化身だ。彼女の完璧な黒髪は、まるで死神のローブのように冷たく、その瞳には同情のかけらもなかった。あるのはただ、気に入らない微生物を観察する科学者のような、冷たい分析だけだった。
「桜田さん」
リナは澄んだ声で言い放つ。「30歳にもなって、酔っ払ったイカ並みの運動神経。あなたは異常個体です」
悠馬は固まったまま、牛乳まみれでフリーズした。脳内で警報が鳴り響く。
『俺、今、酔っ払いイカに例えられた!?人生で一番屈辱的な侮辱だ…!』
リナは鮭のおにぎりをカウンターに置いた。まるで将軍が作戦図を広げるかのように、神聖な儀式だった。
「レベルは1、職業は『無能の力』、ステータスは『大失敗』。あなたは高難度のミッションです」。彼女はさらに身を乗り出し、顔を近づける。「おめでとうございます、桜田さん。あなたは私の社会学の課題、その研究対象です」
「お、お断りします!」
まるで蜘蛛の巣から逃げようとする虫のように、悠馬はか細い声で抗議した。
リナの笑みは地獄そのもの。苦痛を約束する笑顔だった。「断る?桜田さん、熱血の主人公はクエストを断りません!私のミッションは、あなたを女性にモテる男にすること。成功すれば解放してあげます。失敗したら、毎週私の部屋を掃除させます」
悠馬はゴクリと唾を飲み込んだ。失敗すれば嘲笑、成功しても屈辱。そして、何よりも、ドSな女子高生の部屋掃除をさせられるという屈辱は、死よりも恐ろしい。
彼は立ち上がり、牛乳まみれの顔に、一筋の熱血魂の火花が灯る。目標ができた。使命ができた。そして…恐ろしい敵ができた。彼の戦いは、異世界ではなく、コンビニの牛乳売り場で、冷酷な橘リナという名の女子高生神の下で、今、始まったばかりだった。
リナは満足そうに微笑み、スマホを取り出した。その手つきは、まるでゲームのチュートリアルを始めるかのように手慣れていた。「まず、最初のミッションです。ステータス『大失敗』のあなたは、女性の心を理解する第一歩として、このコンビニの女性客に話しかけてください」
「は、話しかける!?」
悠馬の心臓がドクンと跳ねた。それはまるで、ラスボスの部屋の扉を開けろと命令された勇者の心境だった。
「だ、だめです!俺には無理です!無理ですって!」
「ミッション開始です」
リナの瞳が冷たく光り、その声には一切の感情がなかった。「今日の売り上げNo.1の『いちごみるく』を買っていく女子大生に、商品の感想を聞いてください」
悠馬の脳内に警報がギュイイイイインと鳴り響いた。女子大生!それはもう、ラスボスよりも強い隠しボスだ!彼は全身を震わせ、今にも泣き出しそうな顔でリナを見つめる。
その時だった。
「おぉ、これは…!」
店の自動ドアが開き、一人の青年が興奮した様子で入ってきた。彼の名は田中海人、25歳。夢は売れっ子漫画家だが、現実は三流アシスタント。彼のシャツには、自作の漫画のキャラクターが不自然にプリントされていた。
彼は悠馬の牛乳まみれの姿を見ると、目を輝かせた。「くそ…!この設定…!!」
悠馬とリナの間に割って入ると、彼はノートに何かを描き始めた。
「これは…!『人生を諦めた元・最強の男』が『鬼畜JK』と出会い、無理難題なミッションに挑む…!しかも『牛乳の海』での運命的な出会い…!なんて、なんて王道にして邪道なストーリーなんだ!これを描くしかない!俺の次作はこれだ!」
田中は興奮しすぎて、鼻から血を流し始めた。
「あ、あの…」悠馬は混乱の極みだった。彼の人生は、今や第三者にまで侵食されていた。
「桜田さん!」田中は悠馬の手を握りしめた。「俺、田中に、その物語の続きを追わせてくれませんか!主人公の成長を見届けさせてください!俺も描くことで、あなたを応援しますから!」
悠馬は言葉を失った。リナはそんな二人を見て、冷たい笑みを浮かべていた。
「面白い」
リナはニヤリと笑った。「いいでしょう。田中さん。あなたもこのプロジェクトの協力者です。記録係として、悠馬さんの成長を、すべて漫画のネタにしてください」
「は、はい!」
こうして、悠馬の人生をかけた恋愛のミッションは、監視役のドS女子高生と、勝手に物語を創作し始める漫画家志望という、最悪のパーティーを組むことになったのだった。
リナは店の隅に立ち、腕を組んで二人を監視している。その姿は、まるで研究室で実験台のネズミを観察する教授そのものだった。「ミッションは単純です、悠馬さん。あの『いちごみるく』を買う女子大生に話しかけ、商品の感想を聞いてください。ポイントは、自然な笑顔と、決して気持ち悪いと思われないことです」
「そ、それが一番難しいだろぉぉぉ!?」
悠馬の心臓はすでにバクバクと暴れだし、胃の中では昨日の夜食べたカップラーメンが暴動を起こしていた。
その横で、田中はノートにカリカリとペンを走らせる。「なるほど!『笑顔』と『気持ち悪さ』の間に立ちはだかる、伝説のバリアか!悠馬さん、これはラスボス戦です!最初の攻撃は慎重に!」
悠馬は震える手で、客のいないレジのカウンターを拭き始めた。女子大生は、棚の前で商品のパッケージを吟味している。彼女は天使のように可愛らしく、その髪はまるでCMに出てくるモデルのようにサラサラだ。
『俺に、あの天使に話しかけろと?無理だ!俺は30年間、女という種族との対話を避けてきたんだぞ!俺が喋りかけたら、警戒警報が鳴り響き、彼女の脳内に「危険人物!」と赤文字で表示されるに違いない!』
悠馬は汗だくになりながら、雑巾を握りしめた。
「悠馬さん、なぜ雑巾を握りしめているのですか?」リナの声が、背後から氷のように突き刺さる。「ミッションは、雑巾を絞ることではありません」
「あ、あの…!」
悠馬は意を決して、一歩、また一歩と女子大生に近づいていく。心の中では、ドラクエの戦闘曲が鳴り響いていた。
ダダダ、ダダ、ダダ、ダダ、ダダ、ダダダダダーンッ!
「い、いらっしゃいませ…!」
女子大生は、棚から顔を上げて悠馬を見る。悠馬はそこで固まった。彼女の笑顔は眩しすぎて、直視できなかった。彼の心臓は、まるで時限爆弾のようにカウントダウンを始めた。
『ヤバい、目が合った!目があった!!どうする!?話しかけなきゃいけないんだ!何を言うんだ?!「いちごみるくの感想を…」?いや、それは気持ち悪い!「可愛いですね」?犯罪だ!!』
悠馬の顔は、極度の緊張と恐怖で奇妙な形に歪み始める。
その時、田中が背後から叫んだ。「悠馬さん!心を落ち着かせて!漫画の主人公はここで覚醒するんです!ここは…必殺技を出すしかない!!」
田中の言葉に、悠馬の脳内に一つのアイデアが閃いた。必殺技!そうだ、何か強烈なインパクトを残すんだ!彼は震える声で、必死に絞り出した。
「お、お客さん…!」
女子大生が不思議そうに首を傾げる。
「いちごみるく、すごく美味しそうですね!でも…!俺は…俺は、牛乳が飲めないんです!!」
…ドーーーン!
その場に沈黙が訪れた。女子大生は目を丸くし、悠馬は自分の発言に絶望した。なぜ、なぜこんなことを言ってしまったんだ!?
「…え?」
女子大生は困惑した表情で、悠馬から距離を取る。その様子を見て、田中がノートに書き始めた。
「主人公、まさかの『牛乳嫌い』設定をカミングアウト!これによってヒロインの警戒心がMAXに!くそ、斬新すぎる…!」
リナはため息をついた。
「ミッション失敗です、悠馬さん。どうして、感想を聞けばいいのに、自分の個人的なトラウマを打ち明けたのですか?」
悠馬は泣きそうな顔で、その場に崩れ落ちた。彼の最初の恋愛ミッションは、こうして歴史に残る大失敗で幕を閉じたのだった。
リナは静かに、しかし断定的に言った。「女性との会話は、自己開示ではありません。ましてや、自分のトラウマを告白する場でもありません。あれは、ただのコミュニケーションです」
悠馬は虚空を見つめ、涙目でうめいた。
「俺は…、コミュニケーションが取れないから、30年間、窓拭き職人だったんですよ…。それが、いきなり女子大生とコミュニケーション?レベル1の俺に、ラスボスを倒せと…?」
田中はそんな悠馬をキラキラした瞳で見つめ、ノートに文字を書きなぐっている。「ああ…!主人公の絶望…!この無力感、たまらない!リナ先生!これはもう、第一章の終焉です!主人公が打ち砕かれ、新たな決意を固める…そんなドラマチックな展開を!!」
リナは田中の熱弁を無視し、スマホの画面をタップした。その指先が、次のミッションの過酷さを物語っている。
「では、第一ミッションは完全に失敗と判断します。よって、ペナルティです」
「ペ、ペナルティ!?」悠馬の顔が、さらに青ざめた。
「次のミッションは、あなただけではありません。協力者である田中さんにも参加してもらいます」
「な、なんですって!?」田中は驚き、鼻血が再びドバーッと吹き出した。
「次のミッション…『女子高生が好きな食べ物を当てるまで帰れない』。場所は、このコンビニのイートインスペースでお願いします。タイムリミットは、私が帰宅するまでです。さあ、始めましょう」
リナはそう言い放つと、おにぎりの包みを開け、一口食べた。その表情は、まるで冷酷な審査員だった。
「ひぃぃぃ…!」
悠馬は再びその場にへたり込んだ。今度は、女子大生の食事を観察し、彼女の好物を当てなければならないという、まるで探偵のような、そして変態のような、最悪のミッションだった。
田中の目は狂気じみていた。「ああ、リナ先生!なんと素晴らしいミッションだ!これはもう、心理戦だ!『フード・オブ・ラヴ』ミッションと名付けよう!俺は、この戦いを描くために生まれてきたんだ!」
悠馬は絶望した。彼の戦いはまだ終わらない。むしろ、さらに悪化していく一方だった。
第一話をお読みいただきありがとうございます!悠馬とリナの混沌とした出会いはいかがでしたでしょうか?これから、さらにとんでもない失敗やハチャメチャな状況が繰り広げられます。日本のラブコメの伝統に則り、笑いとちょっとした感動を届けられるよう頑張りますので、ぜひ感想をコメントしてくださいね!