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物語は始まらない




 ゴーン、ゴーン。


 教会に鳴り響くは永遠の愛を誓う二人に捧げられた福音。神聖な儀式は俺ゼファー・グレイハートと、隣に佇む素朴な彼女アリアが、今この瞬間「夫婦」になったことを示す為のものだ。


 夫婦。夫、夫婦!?え?お、俺が、結婚!?


「さあ、誓いのキスを」


 待ってくれ神父。まだ、心の準備が。


 ーーちゅ。


「「「おめでとうございます!!」」」


 パチパチと周囲から聞こえてくる祝いの拍手と歓声に、俺はハッとする。


「グレイハート小公爵様ー!!」

「ゼファー様!!おめでとうございます!!」


 ああ、そうだ。間違いない。此処は御伽話、いや。


「…… 相手があんな田舎貴族の娘でなければ」


 自覚した。どうやら俺は、とある恋愛小説の世界に転生してきたらしい。


 そう、この俺ゼファー・グレイハートは、妻となるアリアと婚姻を結んだ後すぐに「君を愛するつもりはない」と冷たく言い放ち、そのまま無視を決め込んで彼女を放置する男。


「ゼ、ゼファー様……?」


 冷酷無慈悲なグレイハート公爵家の時期当主、この可愛らしい小説のヒロイン、アリアの心を深く深く傷付ける為に存在する「悪役」だ。


「きっ………… 」


 え、は!?何で!?いや「きっ」じゃない!!俺は今「アリア」と、彼女の名を呼ぼうとしたのに。


「き……?」


 不思議そうにこちらを覗くように見つめる彼女は、俺の言葉の続きを待っている。とても気まずい。


 ええい、とりあえず、もう一度!!


「………… き、み」


 あああああああ!!違う!!違うって!!


「はい、ゼファー様」

「ッ…… 」


 ふわりと花が開くように微笑む彼女、いや俺の妻が美し過ぎて別の意味で緊張してきた。


 純白のドレスに、華奢に煌めくアクセサリー。目元にきらりと光る上品な化粧もアリアの雰囲気にとてもよく似合っている。その、言葉を選ばず言うのであれば可愛らしいというか、うん、めちゃくちゃ可愛い。素直に褒めたら彼女は一体どんな顔をするのだろう?また今のように笑ってくれたりするのだろうか?


 だけど、まずは。


「………… っ」


 名を呼びたい。出来れば、仲良くしたい。


「ゼファー様?どうかされました……?」


 アリア。


「これにて、婚姻の儀を終了とさせていただきます」


 やはり呼べなかった。俺はアリアに対し口を開こうとすれば「君を愛するつもりはない」と愚かなことを言い出してしまいそうになる。


 これは何だ?世界を円滑に進める為の強制力とでも言うのか?とにかく、何故か俺に正体不明の呪いが掛かっているらしい。それに、万が一この口を滑らせてしまえば恐らく、いや十中八九「物語」がスタートしてしまう。それだけは絶対に何が何でも避けたい。


 もし間違って物語を始めてしまえば、アリアは俺の妻ではなくなってしまうのだから。


 しかし、一体どうすれば。


「あ、あのっゼファー様!初夜のことなのですがっ」


 ど・う・す・れ・ば!!!!


「…… 」


 まずい、まずいまずいまずいまずいまずい。


 気が付けば結婚式が終わっていた。そしてあっという間に時間は過ぎていき、夜。


「今夜はそのっ…… どちらのお部屋に行けば…… 」


 俺は今、とんでもない状況に置かれている。


「…… 」


 クソ!!何なんだ!?このふざけた縛りは!!


 俺は自分の妻と普通に会話することすら許されないのか、ん?いや?おい待て。


 そういえば、さっきキ、キス!!キスした!!


 そうだ!!俺はアリアとキスをしたんだ!!つまりこの身体は自由ッ!!よし、ああほら、手も足も俺の意志で動ける。ならば、俺に出来ることは!!


「ゼファー様……?あ、あちら、です…… か?」


 ジェスチャーだ!!


 指を差し、該当する部屋を彼女に示すことが出来る!!これで無事に彼女としょ、初夜をっ、い、いや下心とかではなく!!な!?アリアの存在を無視せず共に一夜を過ごすことが叶うということだ!!


「…… 」


 はっはっはっ!!ほら?頷くことも出来るぞ!?


 どうだ見たか!!何故転生してきてしまったのかは知らないが、今の俺は貴族!!しかも公爵家!!とりあえず偉い立場の人間!!だから強制力とかいう下らない呪いなど、何も怖くは。


「そ…… そう、ですか。分かりました…… それではまた後ほど…… お伺いさせていただきますね」


 え。ア、アリア?


 どうして暗い顔をするんだ?何故シュンと肩を落として俺の元を去って行、っ、そう、そうだ、な。


「ッ…… 」


 今日、俺たちはめでたく「形だけの夫婦」となってしまった。さらに、正式には知り合いですらないのだと、俺の態度がそれを残酷に示していた。


 即ち身分差。状況を悪化させている原因は要するに俺と、煩わしいルールが最悪な相乗効果を生み彼女を傷付けてしまっている。そのルールとは、つまり貴族は基本的に上の立場の者から名乗らなければ爵位が下の貴族との正式な親交は望めないという、至極つまらない馬鹿げたものだ。


 彼女からしてみれば、俺のような高貴な家柄の貴族と自分のような田舎貴族では釣り合わないと内心不安を抱えていることだろう。


 ついでに察することが出来るとすればこの「異世界貴族あるある」だ。物語が始まっていないとは言え、きっと彼女は周りの奴らから散々嫌味を言われてきたはず。典型的な嫌がらせを受けてきたかもしれない。


「…… そんな簡単なことにも気が付かないで、俺は」


 最悪だ。これじゃあ本当に、無視を決め込む冷酷無慈悲な男そのものじゃないか。


「謝らないと」


 俺はただ彼女の名を呼び、出来れば、ちゃんと夫婦として仲良くしたいだけだ。何より、酷いことを言い放って彼女を傷付けた挙句、夫婦関係が破綻するなど絶対に許さない。許されない愚行だ。


 というか正直、あんな可愛い子と別れたくない。


 無理、無理無理無理!!絶ッ対に無理!!俺の妻、俺のアリアだ!!また笑って欲しい、もっとあの笑顔を見てみたい。可愛い妻の名を呼びたいッ!!


 ふぅ。そうと決まれば。


「…… あ、の。ゼファー様…… 」


 仲良く!!する!!仲良く、だ!!!!!!


 俺は早速、夫婦の寝室となった新たな部屋で彼女を待ち構えていた。ああ、言葉通り待ち構えていたがそれが何だ?俺は行動することしか出来ないのだから、その、仕方ないだろう?な?アリア。


「きゅっ…… 急に抱き締められ、っ…… あの!私は一体どうすればっ!」


 俺は悪くない。悪く、ない。悪、っ。悪い。


「……………… 」


 いやまともに謝ることも出来ないのだから謝罪の意を込めて君をぎゅーっとするしかないだろうッ!?


「何か、お話しませんかっ……?」


 俺は「君を愛するつもりはない」と言いたくないので妻と会話が出来ません!!


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