それが私をないがしろにした復讐
ソフィアは、アデル王国の王妃である。
歳は20歳。政略結婚で隣国から嫁いできた。
先王が早死にし、結婚と同時に結婚相手のレイル王太子は国王になった。
歳は23歳。
それはもう、美しい黒髪碧眼の国王で、王国の黒水晶と呼ばれる程の美しさ。
鋼の肉体と、整った美貌は全土の王国民の憧れだった。
ソフィアは自分が平凡な容姿であることを解っている。
それでも、化粧をし、レイル国王の隣に並び立つ王妃として、頑張る決意をして嫁いできた。
互いの事は外交で一度、会ったきりの関係である。
初夜も、立ち合い人がいて、あまりにも義務的に過ごした一夜で恥ずかしかった。
それでも、自分は隣国の王女であった誇りもある。
レイル国王は、あまりソフィアに興味を持っていないようで、
「隣に並んでいるだけでいい。隣国の機嫌を取るための輿入れだ。私は側妃達がいれば十分だ」
三人の側妃達はソフィアと結婚後、すぐに後宮入りしてきた。
高位貴族の令嬢達であった彼女達は、それぞれの実家の支援の元、豪華な調度品を運び、美しいドレスを纏って、ソフィアの前に現れる。
「貴方様はお飾りでいればよいのです」
「国王陛下のお子は私達が産みますので」
「あまり後宮の事は口出ししないようお願い致しますね」
態度が酷くて、ソフィアは、泣きたくなった。
国と国の関係をよくする為の婚姻。
婚姻の先に幸せなんてない。
レイル国王は、仕事人間で、王太子時代から、前国王を助けて働き、国民から評判が良かった。
自国から、メイドすら連れてこられなくて、今の使用人達はよそよそして。
本当にひとりぼっちで。
レイル国王と共に出る夜会も、ぎこちない挨拶をしてしまって。
「王妃様は、本当に礼儀をしらない」
「こんなお方がレイル国王陛下の妻とは、まったく酷いものですな」
口々に悪口を言われる。
レイル国王は、悪口を言った人々に、
「隣国を怒らせる訳にはいかない。いかに礼儀知らずとは言え、悪口もほどほどにな」
礼儀知らずだと言われた。
誰も王宮の礼儀なんて教えてくれない。
女性が近づいて来て、足を引っかけられた。
思わず転んでしまう。
誰も助け起こしてはくれない。
胸に怒りがふつふつと湧いて来る。
わたくしは、栄えあるゼルド王国の王女だったソフィア。
泣き寝入りしてたまるものですか。
「わたくしを転ばせるとは無礼な。この女の首を刎ねておしまい」
兵に命じたら、レイル国王が慌てて、
「わざとやったんじゃない。首を刎ねろだなんて」
「わざとやったのではないですって?今、ぶつかったでしょう。足をわたくしの前に突き出して。恥をかかされたのです。死ぬ覚悟でわたくしを転ばせた。そうよね」
真っ青な顔をした女に問いかければ、女は平伏して。
「頼まれたのです。側妃マリー様にっ。恥をかかせてやれと」
側妃マリーは、
「わたくしは知らないわ」
しらばくれて。女はがたがた震えだす。
「申し訳ございません。王妃様。どうか命だけは」
「今回は見逃してあげましょう。でも、次回、同じような事をしたら」
女は頭を下げて、逃げて行った。
顔を上げて、周りを見渡して、わたくしはこの王国の王妃なのよ。
強くあらねば。強く。
レイル国王に囁く。
「今回は穏便にすませましたけれども、次に側妃様がわたくしを害することがあったら、ただではおきませんわ」
「あ、ああ、解った。注意しておく」
それにしても心もとない。味方が一人もいない状況は辛い。
先王の弟であるアシェルトに近づく事にした。
歳は30歳。妻を亡くして独り身の彼は、黒髪碧眼で、剣技に秀でており、王国の騎士団長をしていた。
「アシェルト様。わたくしの力になって欲しいの」
アシェルトは、騎士団長と言う役職と見かけでとても爽やかな男に見えるが、病弱な前王に代わって、国王になりたかった野心があったと聞いた事がある。
二人きりでこっそり、王宮の廊下で会って話をした。
「貴方の本心を聞かせて頂戴」
「本心とは何ですか?」
「貴方、国王になりたくないの?」
「そりゃ、なりたいが、王妃様は詰めが甘い。王家の影が見張っている所で、このような話とは」
「王家の影は貴方が管理していると聞いておりますわ」
相手の耳元で囁く。
「レイル国王を引きずり降ろしたいの。貴方が国王にならない?」
アシェルトはソフィアの腰を引き寄せて、耳元で。
「レイルは優れた資質を持った国王だ。それをどうやって引きずり降ろす?」
「事故を装って、殺しましょうか?いえ、寝たきりにするのもいいわね」
「それは素敵だ。その後、貴方を私が娶ってもかまわないって事ですか?隣国との絆は重要。貴方には王妃でいて欲しい」
「嬉しいですわ。アシェルト殿下。それではレイルを‥‥‥」
レイル国王に殺意が芽生える。
事故で寝たきりになってもいいわ。
側妃達も追い出して、わたくしはこの王国で生きる為に悪女になるわ。
☆
レイル国王は今日も忙しく働いていた。
やる事は山積みである。
隣国の機嫌を取るため、ソフィア王女を王妃に迎えた。
側妃達と子作りもせねばならず、毎日、寝る間も無い程、忙しくて。
ソフィアや、側妃達に愛があるかって?
そんなものはない。
政略であって、恋だの愛だのに現を抜かしている暇はなかった。
いざという時に戦えるよう身体も鍛えたい。
鍛錬にも励まなくてはならない。
国王たるもの、誰かに恨まれたりするだろう。
それは覚悟の上だったが、まさか、ソフィアと叔父アシェルトに、危害を加えられるとは思わなかった。
馬車で視察に出かけた。
街で新たに孤児院を作るのだ。
その規模を町長と相談しようと、宰相と護衛達と共に出かけた。
古い教会を取壊し、ここに孤児院を作る。
まだまだ、この王国は貧しい。もっともっと、豊かにしなくては。
孤児達が増えないように。
俺はこの王国が好きだ。
教会の中に案内される。
いつの間にか一人になった。
護衛はどうした?何があった?
いきなり、背後から衝撃を感じて、そのまま気が遠くなった。
気が付いた時は、王宮の自分の部屋のベッドで寝ていて。
目の前にはソフィアと叔父のアシェルトが立っていた。
ソフィアは口端を歪めて、
「貴方には退位して貰います。わたくしは、アシェルト様と再婚しますわ」
「何を言って‥‥‥」
身体に力が入らない。
アシェルトは、
「貴方を寝たきりにするように、ナイフに毒を塗っておいた。王位は私が貰う。余計な事を話さないように、喉を焼きますかね」
「そうね。それがいいわ」
医者が近づいて来る。
レイルは数人の男に押さえつけられた。
ソフィアに向かって、
「そんなに私が邪魔なのか?ソフィアっ。私は王国の為に、一生懸命働いてっ」
「そんなのどうでもよろしくてよ。貴方、わたくしを、ないがしろにした。理由はそれだけで十分ですわ。わたくしの人生に貴方は必要ない。命だけは助けて差し上げましたの。諦めてこのまま静かに過ごしなさい。わたくしとアシェルト様の治世を見ながら、身悶えするがいい」
ソフィアの目に灯った深い憎しみ。
この女にどういう態度を取った?
ソフィアが恥をかいても、手助けもしなかった。
関係を良くしようともしなかった。
それがこのざまか。
医者が近づいて来る。
言葉を失う恐怖。
諦めて瞼を閉じた。
☆
レイル元国王は生かしてある。
王宮の一部屋に閉じ込めて、彼は身を起こす事は出来るので、本を読んで過ごす生活だ。
アシェルトが国王に、ソフィアが王妃になった。
久しぶりにレイルの顔を見に行った。
ベッドから身を起こして、こちらを見るレイル。
やつれていて、その瞳は、自分を見て驚いていた。
そして身を震わす。
「あら、わたくしが怖いのかしら。」
その顎に手を添えて、指先でするりと撫で。
「アシェルト陛下とわたくしは上手くやっているわ。貴方が手掛けてきた事を、アシェルト国王陛下は、更に手を加えて、国民からの支持も得ている。貴方は安心してここで暮らせばいいのよ。殺しはしないわ。一生、孤独に苦しめばいい。
それがわたくしを、ないがしろにした復讐。」
扉を閉めて、その場を後にする。
廊下ではアシェルト国王が、待っていた。
「元夫に会いに行くとは、妬けるな」
「あら、わたくしの事を愛していてくれたの?」
「君は私の大事なパートナーだ。当然だろう」
手の甲に口づけを落とされる。
わたくしの心は死んでしまったの。
この王国へ来て、レイルに関心を持ってもらえなかった時から。
国王陛下。貴方の事は愛せない。だって、貴方はわたくしの鏡ですもの。
ねぇ。わたくしの顔を見てどう思う?罪の深さを感じないかしら。
貴方とわたくしは、互いに鏡。
罪の深さを背負って生きていきましょう。ね?アシェルト陛下。