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【シリーズ】ちょと待ってよ、汐入

【8】非本格ミステリー!?(2024年冬)

【シリーズ】「ちょっと待ってよ、汐入」として投稿しています。宜しければ他のエピソードもご覧頂けますと嬉しいです!


【シリーズ】ちょっと待ってよ、汐入

【1】猫と指輪 (2023年秋)

【2】事件は密室では起こらない (2023年冬)

【3】エピソードゼロ (2011年春)

【4】アオハル (2011年初夏)

【5】アオハル2 (2011年秋)

【6】ゴーストバスターズ? (2024年夏)

【7】贋作か?真作か? (2024年秋)

【8】非本格ミステリー!?(2024年冬)

            (続編 継続中)

僕、能見鷹士は、探偵業を営む汐入悠希の無茶振りにいつも巻き込まれてしまう。猫探しに付き合わされたり、夜の研究施設で心霊現象に遭遇したりと散々な目に遭った(【1】猫と指輪、【6】ゴーストバスターズ?)。まあ、汐入の無茶振りをしっかりと断らない僕も悪いのだけれど。

汐入とは高校生の時分からの付き合いで(【3】エピソードゼロ)、今は共に個人事業主ということもあり、たまに困り事を相談し合っている。

今日は僕の身内からの相談事を汐入に依頼した。叔母さんから、叔父さんの遺した謎解きを解読して欲しいとのこと。遺された手紙を見ると意味不明の数字や聞いたこともない言葉が並ぶ。これ、解けるのか?

  第一章


その日、僕は汐入と一緒に親戚のすみれ叔母さんのお宅に来ていた。以前知り合いに探偵さんがいると聞いたのでその方とお話しできないか、3ヶ月前に亡くなった龍太郎叔父さんが遺していった「謎解き」について相談したい、と頼まれたのだ。


僕、能見鷹士は個人事業主としてコンサルタントを生業としている。元は大手シンクタンクで働いていたが、ブラックな企業風土に嫌気がさし、三十路が見え始めた28歳で退職。一念発起し、中小企業に特化した地域密着のビジネスコンサルタントとして起業した。B級グルメ、クラフトビール、映えスポットやパワースポットの開拓、アニメとのコラボや聖地巡礼のツアー、プロモ動画、SNSの活用など、商店街復興、地域活性化の為にあらゆる企画を地域の人と一緒に伴走するのがモットーだ。


そして知り合いの探偵とは汐入悠希。亡き父親の残した探偵事務所を継いでいる。普段は大森珈琲でバイトをして凌いでいるが、たまにちゃんと探偵の仕事が舞い込んできているようだ。実を言うと汐入とは中学時代の同級生なのだが、当時はあまり親しくはなかった。女子剣道部にいたかな、ぐらいのうっすらした記憶しかない。高校は別だったが通学の電車が同じだったので話すようになり、それから親しくなった。所謂、腐れ縁ってやつだ。


いつもは僕がまんまと汐入に乗せられ、いや、知らぬ間に無理やりに外堀を埋められ、汐入の持ち込む色々な面倒ごとに巻き込まれているが、今回は僕が巻き込んだ。


「すみれ叔母さん、ご無沙汰しています。虎太郎くん、元気そうだね」

と、今回の依頼主、すみれ叔母さんとその息子、僕からみればいとこにあたる虎太郎くんに挨拶する。汐入には既に依頼の概要は話してある。

「鷹士ちゃん、不躾なお願いでごめんねぇ。こちらが探偵さん?」

「探偵の汐入です」

「わざわざ出向いてくれてありがとうございます。全く困った人でねぇ。変ななぞなぞを残していくから」

とすみれ叔母さんは朗らかに笑いながら汐入に話しかける。


虎太郎くんも

「ドラマみたいに遺産の取り分でギスギスしている訳じゃないよ。遺産なんて殆どないからね」

と笑う。そして

「僕らもそんなに大層な問題とは思ってないから、姉や弟も交え家族で顔を合わせる度にあーでもない、こーでもないと楽しみながら解読を試みたんだけど、なかなか解けなくってさ。ここらでちゃんと解いておこうかって。鷹士くんも親父の余興に付き合う、ぐらいの軽い気持ちで楽しんでくれればいいよ」

と続ける。


そうだよな、叔父さんは普通のサラリーマンだったしな。すみれ叔母さんは僕の母方の叔母で、叔父さんの家系は能見家とは別のルーツなのだが、叔父さんの家系も代々続く地元の名家って訳ではないから、不動産もこのお宅だけだろう。貯金も叔母さんが暮らす為の蓄えにするのがいいのだろうな。


「急いでいる訳じゃないのよ。だから探偵さんも鷹士ちゃんもお手隙の際に楽しみながらでいいわ」

と再びすみれ叔母さん。

「ご事情はわかりました。ワタシ達も故人が望むなら楽しく解かせてもらう、いや、もらいます。でも受けた依頼は必ず解決する、それがワタシの探偵としての矜持ですので必ず解読します」

到底、楽しもうって感じではないテンションで大真面目にギリギリな丁寧語で汐入は答える。

「ありがとうございます。宜しく頼みますね」


場を和らげるように僕がとりなす。

「叔母さん、じゃあ、早速、叔父さんの謎解きについて教えてくれないかな。こう見えて汐入はなかなかの探偵で今までも依頼人の色々な困り事を見事に解決しているんだ」

「こう見えて、とは?貴様はワタシをどう見ているんだ」

と汐入に突っ込まれる。

「あら、鷹士ちゃんと探偵さんは仲が良いのね」

と叔母さんからは揶揄われる。ともあれ場は和んだようだ。


叔父さんが残していった「謎解き」は以下のようである。

託された物は一通の手紙、8本の鍵、そしてポータブルサイズの4つの金庫。


手紙には「遺産はこの謎の解の通りとする」との文章があり、余白には謎の数字、小文字のaと10、その後ろに何やら見たことも聞いたこともない言葉が書いてある。その言葉には空白の四角が書き添えられている。




遺産はこの謎の解の通りとする


  1 1 2 3 5 8 13 21

  34 55 89 144 233


  α10


________○__________○

__○_____○____○_____○

  ミントゥチ ネネコ ガタロ  エンコウ

__○__________○_____○

_____________○



8本の鍵にはそれぞれ漢字が書いてある。


  片品 豊平 吉野 土居

  秋野 安居 小貝 空知


苗字や地名にありそうだが、ぱっと見、共通項が見当たらない。なんだろう?戦国武将とか?


そして4つの金庫にはそれぞれミントゥチ ネネコ ガタロ エンコウの言葉が一つづつ書いてある。


金庫は鍵を二本で開けるダブルキーロックだ。

つまり見たこともない4つ言葉が示す金庫に、苗字か地名のような漢字が示す二本の鍵を正しく組み合わせて開ける、と言うことだろう。


4つの金庫に8本の鍵だから全ての組み合わせをしらみつぶしに試せば解錠はできそうだ。最初の一つを開けるには8本の鍵の内2本を左右正しく挿し込むことになるので56通りだ。それが開けば次は6本の鍵の内2本を正しく組み合わせるので30通り。以降も計算すると3つ目の金庫は12通り、4つ目の金庫は2通りとなり、合わせて100通り。気長に全てを試せば開いてしまう。


だから、しらみつぶしに組み合わせを試し、金庫を開けるだけなら実は叔母さん達でもできてしまう。でも、そうはしなかった。叔母さん達は故人に付き合って謎解きをした上で金庫を開けたいという訳だ。


鍵と金庫の組み合わせのヒントが手紙の数字と記号ということになるのだろう。

「う〜ん。全てが謎だ。汐入、何かわかる?」

「数字はフィボナッチ数列だな。少し数学を齧ったやつならすぐ分かる」

サラッと汐入が答える。

「えっ!?そーなの!」

早くも謎の一つは解決か?案外すぐに解けてしまうのかも!?そんな淡い期待を抱き汐入に聞く。


「フィボナッチ数列ってなに?」

「数列自体はそんなに複雑ではない。前の二項の和が次の項となる。厳密ではないが具体的に言えば初項は1、2項は0+1=1、3項は1+1=2、4項は1+2=3、といった具合に続いていく」

なるほど。1 1 2 3 5 8 13 21 ・・・ 確かにそうなっている。まだ汐入の説明は続く。


「ごくシンプルな数列だが、この数列が自然の造形美に繋がっていることが不思議な点だ」

あ、駄目だ。聞かなきゃ良かった。多分、ここから汐入のくどい説明が始まる・・・。


「例えば、花びらの数にはこのフィボナッチ数が出現する。花びらが1枚の花、2枚の花、3枚の花、5枚の花、8枚の花、といった具合だ。驚くべきことに花びらの枚数が多いものも34枚とか55枚とかフィボナッチ数列の数になっているらしい。ま、花びらが4枚の花もあるからフィボナッチ数が支配しているとまでは言えないが、その数字が出現するのは事実だ」


「へ〜」

ほとんど興味を失って感情のない僕の相槌にも全く気が付かずに汐入は続ける。

「また木の枝の枝分かれにもフィボナッチ数は現れる。枝の数がこの数字従うらしい。他にも、フィボナッチ数の面積を持つ正方形を敷き詰め、その正方形に内接する1/4の円、所謂、扇形だな、その扇形を描くとその弧は見事な螺旋を描く。この螺旋はひまわりの種の配置などに現れるらしい。更にはこの数列の隣合う数字を割り算するとその値は黄金比1.618に収束していく。例えば8÷5=1.6 89÷55=1.61818 233÷144=1.6180 といった具合に黄金比に近づいていくんだ。すごくないか、これ!?神の意思としか思えない不思議な数列だ!」


すみれ叔母さんと虎太郎くんはポカンとしている。僕は

「ふ〜ん。そーなんだ。それでこれは何を意味しているの?」

と本題に引き戻す。

「わからん」

拍子抜けだ。期待し過ぎた。


「a10は?何かピンとくるものはある?」

「aではないな。書き順から推定するにこれはアルファだな、きっと。よくみてみろ。αの方がしっくりくる形だろ?」

「そうか。そうかもしれない。じゃあα10は何を意味しているの?」

「わからん」

だよね。そんなに簡単に謎が解けたら叔母さんも探偵には依頼しないだろう。


「わからんがこれが鍵と金庫を読み解く鍵だからな。間違いなくこのカタカナの単語と苗字か地名の漢字が何を説明しているんだろうな。状況はわかった。考えてみる」

謎解きの要望を承って、今日はすみれ叔母さんの家を後にした。


帰り道、

「折角、故人が残したエンターテイメントだ。ご希望通りワタシ達も楽しみながら解くとしよう。無闇にこの言葉をネットなんかで調べるなよ。何を意味するのか仮説を立てた上でその仮説に沿って調べよう」

と汐入が提案してきた。探偵として依頼を受けたのは汐入だ。僕に反対する理由はない。

「ああ、賛成だ。きっと叔父さんもその方が喜ぶよ」

こうして汐入探偵事務所始まって以来の最も謎解きらしい非本格ミステリーな謎解きが始まった。



  第二章


三日後、仕事終わりに大森珈琲に立ち寄った。

「いらっしゃい、能見くん」

と大森さんが出迎えてくれる。

「よ、能見。お疲れ様」

と汐入。

「夜だからデカフェを戴こうかな」

とオーダーする。

「デカフェはコロンビアだけだがそれでいいか?」

「ああ、頼む」

汐入は豆を挽き始める。


「あれから何かわかった?」

「ああ、覚しい進展はないが、大森が良いヒントをくれた」

「えっ、大森さんが?」

大森珈琲店の店長、つまりは汐入のバイトの雇い主である。汐入は一つ年下であり雇われているにも関わらずいつもぞんざいな口の聞き方をしている。そんなことは全く気にせずに大森さんが会話に加わる。

「そうなんだ。汐入がこの紙と睨めっこしているから、何をしているんだ?と声を掛けて見せてもらった。あ、もちろん、依頼内容や依頼主については聞いてないよ。見たのは謎のキーワードだけ」


うん。そんなに大層な依頼じゃないからそこまで気にしなくても大丈夫だけど。いつも大森さんの気遣いはありがたい。ここをで汐入と何を話しても大森さんはいつも知らんぷりをしてくれている。

「大森さんは何に気がついたんですか?」

「ま、大したことじゃないんだけど、一つ特徴的な単語が目に付いて。空知って北海道の地名じゃないかな。もちろん他にも同じ地名はあるかもしれないけど、北海道の地名ってなんか独特だろ。この間たまたま旅行に行ったこともあって、ピンと来たんだ」


そう言われてみれば、確かに北海道っぽいかも知れない。積丹、長万部、ニセコ、なんかと並んで空知とあっても違和感ないかも知れない。勝手なイメージだけど。


「ってことは、他も地名ってことかな?」

と聞く。汐入が答える。

「そうかもしれない。どこかで見たことあるような漢字の組み合わせだから、探せば同じ名前の地名は見つかるだろうな」

ん?なんかまだ汐入はしっくり来ていない感じだな。

「汐入、何か引っ掛かってるの?」

デカフェのコロンビアだ、と言って汐入はコーヒーを出してくれる。ありがと、と受け取り一口飲み、汐入の言葉を待つ。


「うむ。地名、あるいはそれに準ずるものってセンには同意だ。ただそれで鍵のペアを作らなきゃいけない。だから単に互いに近くの地名ってだけではなく、もっとその名前同士が結びつくような関係性があるのだろうと、ワタシは睨んでいる」

二つを繋ぐ関係性か。ロジカルに考えると確かにその要素は必須だな。


「関係性って例えば、どんなイメージ?」

「そうだな。例えば同じ鉄道の路線の駅名とか。そうなれば鉄道の路線っていう関係性で二つを繋ぐことができる」

なるほど。鉄道に限らず、そのように何かで地名を繋ぐっていう考えはあり、だな。

「そう言うことか。仮に地名だとしたらそれを繋ぐ何かを見つけたら謎は解けそうだね」


「ああ。きっとフィボナッチ数列がヒントになっているのだろうな」

「ああ、あの不思議な数列ね。なんだろうね、あれ?」

「ま、そこは引き続き考える。ところで、貴様には一つ頼みがある。なに、これは簡単だ。小学校低学年用のなぞなぞみたいなもんだ」

と言って叔父さんの手紙の写しをカウンターに広げる。


「これ、クロスワードパズルだ」

と言ってミントゥチ ネネコ ガタロ エンコウの部分を指差す。

「クロスワードパズルか。確かにそのように見ればそう見える。その場合、この横の言葉に掛ける縦の言葉はなんだろう?」

「ふふっ、なんだと思う?この謎解きをおさらいするとポイントは3つ。鍵2本の組み合わせ、鍵と金庫の組み合わせ、金庫と受取人の組み合わせ、だな」

わかるだろ、と言わんばかりに汐入が僕の顔を見つめてくる。


「金庫にこの単語があるってことは・・・あ、金庫と受取人を紐付けるのがこのクロスワードってことか!」

「そうだ。そうなるともう小学生のなぞなぞだ」

受取人の名前だ!

「つまり」と言って僕は手紙にすみれ叔母さん達の名前を書く。汐入には伝えていないが虎太郎くんの姉は琴音姉さん、弟は龍二くんだ。



        コ          リ

  ス     ト    コ     ユ

  ミントゥチ ネネコ ガタロ エンコウ

  レ          ロ     ジ

             ウ



「なるほど。ワタシの見立て通りだな。これで金庫が誰に宛てたものか紐付けはできたな」

「すげ〜な、汐入。一歩前進だ。すみれ叔母さんと虎太郎くんの名前しか知らなかったのによく気が付いたね!」

「ワタシは探偵だからな」

と大森珈琲でバイトに勤しむ汐入は得意げな顔をする。


僕は虎太郎くんにこの画像を送付した。コーヒーを飲み終わる頃、

「ありがとう なにかわかったらまた連絡下さい 一緒に謎解きをしているみたいで楽しいです すみれより」

と虎太郎くん経由ですみれ叔母さんからの返信が来た。それを汐入に見せる。

「よし。まずはクライアントが喜んでいるようで何よりだ」

と満足げな笑みを浮かべた。



  第三章


次の日、汐入から連絡が入ってた。

「叔父さんの趣味を聞いて欲しい 宜しく」

僕は早速、虎太郎くんにすみれ叔母さんに聞いてもらうようお願いした。すると

「郷土史を調べるのが好きだったようです。家族旅行で国内は色々な所に行きました」

と返信があった。

それを汐入に伝え、週末、大森珈琲を訪れた。


カウンターに座り汐入にブレンドコーヒーを頼む。豆を挽きながら汐入が言う。

「2つ頼みがある。ひとつは日本の各地で河童がなんて呼ばれているか調べて欲しい。ま、ネットで一覧みたいなものがあればそれで充分だ。もうひとつ。すみれ叔母さんの家を訪問したい。その時に琴音さん、虎太郎さん、龍二さんも呼んでおいてほしい」


「それって、もしかして?」

挽いた豆をフィルターに入れ、ドリップしながら汐入は答える。

「ああ。見当はついた」

なんと!いつもながら汐入のストーリー構築力には驚嘆する。同じ情報を持っているのに僕はまだ何も想像すらできていない。


フィルターの上でお湯を抱き込んだコーヒー豆の粉の液面が膨らみガスが抜ける。良い香りが鼻腔を刺激する。

「じゃあ調べたら結果を汐入に送るよ。それが汐入の仮説に嵌ったら叔母さんたちと日程調整しよう」

と提案すると汐入は

「いや、報告は不要だ。当日、貴様からの報告をうけながら一緒に謎解きをしようじゃないか。ワタシも楽しみだ」

と言ってブレンドコーヒーをカウンターに置く。

「お、コーヒーありがと。わかった。河童の呼び名はきっとすぐに見つかるよ。だから次の週末に設定しよう。早速連絡してみる」


直ぐに虎太郎くんに、皆に集まってもらうよう連絡した。何やら汐入はご機嫌だ。

「探偵小説みたいでワクワクするな。みんなの前で犯人を当てるわけじゃないけど」

なるほど、一応、探偵小説っぽいことに憧れはあるんだな。確かに僕の知る限りこれまでの依頼の中で一番、謎解きらしい謎解きだ。なんと言っても叔父さんが謎を出してくれているのだから。普段汐入の所に持ち込まれる困り事では、こんな暗号めいた文書の解読などまずは遭遇しないだろう。



週末、汐入とすみれ叔母さんのお宅にお邪魔する。琴音姉さん、虎太郎くん、龍二くんもいる。

皆、謎解きが気になるようだ。お互い挨拶もそこそこに、汐入に主導権を譲る。

「先ずはそれぞれの金庫を持って欲しい。先日、能見が虎太郎さんに送ったクロスワードの画像の通りだ」

それぞれ、すみれ叔母さんはミントゥチの金庫を、琴音姉さんはネネコ、虎太郎くんはガタロ、龍二くんはエンコウ、を手に取る。


「さて、ここからが今日の本題だ。まずはα10についてだ。αはギリシア文字のアルファベットで言うところのaだ。α、β、γ、とか高校の数学とかで聞いたことはあると思う」

汐入のあまりに素な態度に琴音姉さんと龍二くんは汐入に呆気に取られている。すみれ叔母さんと虎太郎くんは前回フィボナッチ数列を語る汐入を見ているから最早驚かない。


「このギリシア文字の10番目がカッパだ」

「えっ?河童?日本語なの?」

「河童じゃない。κだ。英語で言うところのkだ。ま、そのκと河童をかけているから、結局は河童なのだが」

カッパだらけで何のカッパを言っているのかよくわからないけど、α10が河童を意味していることはわかった。


「叔父さんは郷土史が趣味だったみたいですね。だから河童の逸話が日本各地にあること、そしてその呼び名が実に様々であることを知っていたんだろう。能見、調べたことを説明してくれ」

なるほど。そうなのだ。汐入に頼まれ調べたら驚くほど多くの河童の呼び名が出てきた。

「ネットでザッと調べたら河童は日本全国で色々な呼ばれ方をしていることがわかったよ。

例えば、カワッパ、カワランベ、カワロ、ガータロ、シイジン、ミズシン、メドチ、シッコサマ、ガメ、ドチ、カワウソ、エンコー、カワザル、テナガ、イドヌキ、シリコボシ、コマヒキ、ヒョースべ、などなど」


へ〜、そーなんだ、知らなかった、など皆一様に驚いている。

「すると、汐入、金庫の4つの呼び名も河童の呼び名ってことになるのかな?」


「まあ、そうなるだろう。追々ハッキリすると思う。さて、次にフィボナッチ数列と漢字の鍵の名前だ。フィボナッチ数列は自然界の造形の至る所に出現しているってことはこの間、説明した。その中で木の枝分かれの話があったと思う。それに似たような話で血管の枝分かれもフィボナッチ数列で記述できるらしい。ここらかは推論だが、木や血管の枝分かれから、川の支流を連想して欲しかったのだと思う。川の支流がフィボナッチ数列に従うわけではないけど、そう考えると、鍵の名前同士を繋げるヒントが見えてくる。ここからは調べながら謎解きをしていこう。能見、スマホは持ってるな」

あるよ、と返事をする。


「よし、まず空知川を調べてみてくれ。大森が北海道かも、と言っていた名前だ」

ネットで空知川を検索する。


「あった!北海道だ」

「よし、想定通りだ。何川に繋がっている?或いは支流に他に鍵の名前の川はないか?」

「なるほど。それが二つを繋ぐ関係性か!ちょっと待ってね」


北海道の河川が見やすい地図情報を漁る。

「えっと、空知川は石狩川と繋がっているね。石狩川の他の支流は・・・あった、豊平川だ!」

「よし!いいぞ!これで鍵のペアが決まった。豊平と空知がペアだ。じゃあ石狩川やその支流の周辺で河童がなんと呼ばれていたのか改めて調べてみて欲しい。どうだ?」


北海道の河童について調べてみる。するとミントゥチの名がある!北海道の河童の呼び名、アイヌの水棲の霊的存在、などと説明している。

「北海道では河童がミントゥチと呼ばれているみたいだ!」


「これで豊平と空知の鍵でミントゥチのすみれ叔母さんの金庫が開けられることになるな。開けるのはちょっと待って欲しい。他の金庫の謎も解いたら皆で一緒に開けよう」

「そうね、それがいいわ!」

とすみれ叔母さんが同意する。皆も頷いている。


「では次は上から順にいこう。片品はどうだ?」

解読のルールはわかった。僕は河川の名称、関連する支流を調べる。

「片品川は・・・群馬県だ。利根川に繋がってるね。利根川は支流が多いな。地図からペアを探すのは難しそうだ。河童を先に調べよう。この辺の河童は・・・禰々子、ネネコだ」

それを聞き琴音姉さんが片品の鍵を引き寄せる。


「この要領で調べていこう」

と僕。続いて吉野川を調べる。徳島県と奈良県にある。どっちだ?これだけでは判断がつかない。ひとまず保留。


次の土居川を調べる。これは高知県だ。仁淀川の支流だ。ペアは安居川だ!そしてこの地域の河童はエンコウ!

龍二くんが土居、安居の鍵を取る。


次は秋野川。奈良県紀ノ川の支流だ。奈良県!?さっきあったな。吉野川だ!なるほど、これも紀ノ川の支流だ。吉野、秋野がペアだ!そしてこの地域の河童はガタロ!虎太郎くんの金庫だ!

虎太郎くんが吉野、秋野の鍵を取る。


残りは小貝川だ。必然的に琴音姉さんの鍵ということになるが、謎解きを完遂するために調べてみる。あった、茨城県を流れる利根川の支流だ!片品川、小貝川のペアでネネコの金庫だ!


これで全ての金庫と鍵が紐付けできた。あとは右と左の組み合わせだがこれは試してみればいい。


「開けてみましょう」

とすみれ叔母さんが言う。ガチャ、カチャっとそれぞれが二つの鍵で金庫を開ける。


すみれ叔母さんが中を検めると手紙と写真が入っている。

手紙には

一緒に歩んでくれてありがとう。遺産は全て君に渡す。君が子供達に遺してやって欲しい。

と書いてある。

そして写真は函館の夜景、札幌の市場、富良野のラベンダー畑。若かりし頃の叔父さんと叔母さんが写っている。

すみれ叔母さんはしばし写真に見入り、目に涙を浮かべながら「これ新婚旅行の写真なのよ」と微笑む。


琴音姉さんの金庫には、

弟達と仲良くな との手紙。そして草津温泉での家族旅行の写真。湯の花の前で皆で写っている。


虎太郎くんの金庫には、

家族を頼むぞ との手紙と奈良公園での家族写真。家族の背景には鹿が何匹か写っている。


龍二くんの金庫には、

自分らしく皆を幸せにな との手紙と桂浜の龍馬像の前での家族写真。


それぞれ家族の大切な思い出の写真のようだ。叔父さんからの家族への想いを込めた写真を受け取り涙を浮かべている皆をみて、僕ももらい泣きをしてしまった。


「ありがとう、汐入さん。お陰で楽しめたわ。きっと夫も嬉しいはずよ。お代を受け取ってくださいな」

とすみれ叔母さんが言い汐入に封筒を手渡した。

恭しく受け取ると汐入は、半額は戴きますが半分は能見の分だと言って半分を僕に渡す。

「僕はいいよ、身内だからボランティアだ」

と言って僕はすみれ叔母さんに返す。

「じゃあ今度、鷹士ちゃんにはご馳走しますね。汐入さんも是非ご一緒に」

とすみれ叔母さんが言って、場は仕舞いになった。



帰り道「いいご家族だな」と汐入が呟いた。そうだね、と相槌をうつ。


汐入は高校2年の時、ある事件でお父さんを亡くしている。最後のお別れもなく、事件を知って病院駆けつけた時は既にお父さんは亡くなっていた。

「親父さんが亡くなっても、想いを遺してくれてるって、なんか羨ましいな」

と汐入が言う。僕は言葉が見つからず、再び

「そうだね」

と返す。


汐入のお父さんもきっと最後に汐入に伝えたかったことがあったはずだ。汐入もそれを受け取りたかっただろう。


こんな時、僕はどうしたらいいんだろう?どうやって汐入に寄り添うのが正解なのだろう?わからないまま口から出た言葉は

「少し飲んで帰る?」

だった。全く気の利いた言葉が出なくて自分でも嫌になる。


汐入は一瞬、なんとも言えない表情になった後、微笑んだ。

「ああ、そうするか」


         (非本格ミステリー!? 終わり)


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