魔猫と人の子 時々、の、番外編 クリスマスの話
今日は何を作ろうか。
まったりくつろぐ家族たちを、優しい目で眺めながら、ファスは献立を考えていた。
世間はもうすぐクリスマス。この時期の一番大きな祝い事。
この日は大盤振る舞いで、制限は少しだけ緩和されて、酒も料理も山と用意されるのだとか。あちこちに明かりが照らされ、夜でも賑やか。酒の力で少々羽目を外し、薄着ではっちゃけ次の日大熱を出してダウンする流れは、最早定番だという。
とはいえ、魔物であるパクたちには、馴染みの無いもので。
ファスも、特に思い入れは無かったので、忘れていた。王都へ買い出しに出て、やっと気付いたぐらいだ。
クリスマスは豪華な料理だけではない。家族や恋人に、感謝を込めてプレゼントを贈り合う。
パクたちに、なにかお返しがしたい。それを思い出したファスが、そう思うのは自然の流れだった。
けれど、今からでは時間が足りないし、探しに行くのも容易ではない。外は雪がしんしんと降っていた。
何ができるだろう。
ファスは今ある備蓄を、倉庫で確認する。今日は、少しだけごちそうにするつもりだ。
飲み物はいつもの薬草茶。おかずは、やっぱり温かいのがいい。おかゆやシチューはよく作っているので、代り映えがしない…。
「あ、葉野菜が少し傷んでる…。おいもに、きのこ。そうだ、干し肉を貰ってたっけ。……少し違うけど、ポトフにしてみよう」
なら、合わせるのはパンだろうか。今から作っておくことにしよう。
「あと、もう一品欲しいな…」
傷みチェックも兼ねて、ゴソゴソと探していると、小さなザルに入った小芋を見つけた。
これは、むかご。山の芋の肉芽だ。小さいが、これもパクたちの好物。折角のお祝い事なのだから、好きな物を食べてもらいたい。
でも単体で食べた事はなく、いつもごはんに混ぜたりしている。ホクホク、素朴な味で……、
「そうだ、揚げてみて…この間作ったハーブ塩を掛けてみよう」
あとは、そう。ケーキだ。ドライフルーツしかないが、飾りつけをしたら少しは豪華になるかも。
ひとり一つの、カップケーキにしよう。
「……決めた。よし、」
ファスは腕まくりをして、小さな台所に立った。
いい匂いがする。
パクはパチリと目を開け、鼻を動かす。ファスが何か作っているのだ。夕飯にしては、早い時間。
ぎゅうっと伸びて、台所へ。ファスはパンを作っていた。一回目の発酵が終わったのか、手早く丸く成形している。
その隣には、ケーキが並んでいた。パクの目が輝く。
「にゃーあ」
「あ、パク起きたの?おはよう」
「にー。にゃあにゃにゃ?」
「ふふ、そうだよ。でもまだ完成じゃないんだ、冷まさないといけないから」
いい匂いにつられたか、しらゆきたちも起きてきて、同じように目を輝かせた。
手が離せないので撫でてもらえないが、代わりに一頻りスリスリ。
「にーに、にゃん」
「手伝ってくれるの?でも……」
「にゃむぅ」
やる事が多いから、ファスは大変そう。みんなでやろう、と訴えるとありがとう、と笑ってくれた。
「じゃあ、むかごを洗ってくれる?」
「ぶにゃー」
「パンは丸めて二次発酵。こうしてきれいに……」
「にぃ!」
滑らかな丸いパン生地に、しらゆきの目が輝く。いそいそ手袋をつけ、成形を手伝ってくれるようだ。ソラも続く。
「ん-にぃ?」
「ソラ上手!しらゆきもキレイな丸だねぇ……!」
器用に成形したふたりは褒められ、ででんと胸を張る。丸められた生地は温かい所へ。
ポトフはどうかな、とお鍋を確認。いい感じに煮込まれている。ファスは味を見て、横で待つパクにも小皿を渡す。
「どうかな…?もう少し、塩入れた方がいいかな」
「にゃー、にゃあ」
「じゃあ、少し…。これでもうちょっと煮込んでみよう」
「ぶにゃ、にゃー」
ダイチとオネムで洗っていたむかごは、土も取れ水も澄んでいる。それを受け取ると、ザルに開け水気を切り、少し置いておく。揚げるのは最後だ。
手が空いていたはやては、洗い物をしてくれている。パクも加わり、割らないように丁寧に洗っていく。
時折灰を追加して、きゅ、と磨き上げる。オネムが水を出し、ソラが洗い落とすと、しらゆきが水を切って拭き上げる。ピカピカだ。キレイになった調理道具を、ダイチが運び棚に片付けていく。
場所は決まっている。重いものは下、軽いものは上。ボウルはここで、深鉢はここ。すりこぎや木さじはここ……。
空に近かった棚の中にスッキリ収めると、ダイチは満足気に頷いた。
「ありがとう……!やっぱりみんなとやると早いね。後は任せて、みんなは休んでて」
ファスはお茶を入れ、パクたちを労う。
後はパンを焼いて、むかごを揚げて、ケーキを飾り付けるだけだ。
ファスは頼りになる家族を優しく撫でて、もうひと踏ん張り、と台所に戻った。
「にゃあぁぁぁぁ………!!」
テーブルいっぱいのごちそうに、パクたちの目はキラキラと輝く。
温かいスープに、焼き立てのパン。揚げたてでホクホクしたむかご。デザートには、真っ白の砂糖蜜がかけられ、フルーツが飾られたケーキ。
外は雪景色だが、巣の中は温かい。早速スプーンを片手に、いただきます。
「んにぃ!」
ソラはポトフが気に入ったようだ。煮込まれ、柔らかくなった野菜におだしがシミシミだ。ふうふう冷ましながら頬張る。
「にー…!」
「にゃあむー!」
しらゆきはまんまるのパンをキラキラ眺め、オネムは一口、喉を鳴らす。
「ぶにゃぶにゃ!」
「なーうぅ、にゃ!」
ダイチとはやては、むかごの素揚げが気に入ったか、多目に確保している。パクは満遍なく確保していた。
にゃあにゃあと賑やかな夕食。おいしいと喜んでくれて、ファスは安堵した。
来年は、プレゼントも用意しよう。
優しく、温かい家族にファスは微笑んだ。
「折角のクリスマスで何で遠征なんだよ!!ファスと二人きりでデートしたかったのによ!!」
「癒されたいよぉあったかいモフモフが恋しいよぉファスさんのごはん食べたいよぉぉ」
「お前らうるさい。さっさと片付ければ、お前らの希望は全部叶う。本気出していけ」
冒険者という稼業は、時に非情な依頼を与えられる時もある。