逆行令嬢 8
「これは・・・なんということだ・・・」
「おおおおお・・・」
仮坑道を掘っていた下人達を人払いし、魔法師と共に簡易の坑道を抜けた先には、広大な鍾乳洞が広がっていた。
いや、正確には鍾乳洞ではない。普通なら石灰石や鍾乳石がその洞窟を形成するが、ここはその中に一面に広がる宝石の原石が洞窟内のそこかしこに見えるのだ。
「これは・・・紅玉?それにこちらの・・・濃い色をしているのは柘榴石か?」
ふらふらと夢見るような足取りで、首長と魔法師は洞窟内を進む。
すると、最奥にーーー
黒々とした鉱床が姿を現したのである。
黒く、しかしながら透明度が高く、結晶内には金色の細かい粒子が輝きを放っている。
「まさか、これは黒輝晶か?!」
黒輝晶は、数多くある宝石・魔石の中でも最も希少で、その鉱山は現在世界中で2か所しか確認されていない。いずれも他国にあり、その国の王家が直轄地として厳重に管理している。
かつては黒輝晶を巡って周辺各国が入り乱れての戦争があったものだが、いずれも当時の軍事大国がその戦を制して貴重な鉱山の権利を獲得し、さらなる発展を遂げた。
「こいつはすごい・・・こんなに魔法が入るなんて・・・」
呆然としていたドミニクが、魔法師のぶつぶつ呟く声に我に返ると、ドミニクの足もとで魔法師が黒輝晶の欠片を手に持ち魔法式を展開していた。
「お前!何をしている!!」
怒鳴り声を気にするでもなく、魔法師は魔法式を黒輝晶に刻み込む。
「見てくださいよ首長様・・・このちっこい欠片・・・こいつは今、5個目の魔法を飲み込んだんですよ。しかも属性バラバラなやつを」
「・・・何?」
通常、宝石に魔法を刻めるのは石ひとつに対して1種類の魔法だ。石の色彩によって刻める属性は決まっており、同じ種類の宝石でも純度によって容量は変わる。水晶や金剛石など無色の石には様々な属性の魔法を付与できるが、それでも1種類の魔法しか刻めないという特性は変わらない。
そんな常識を覆すような奇跡の宝石が、今目の前にあるのだ。
超希少な黒輝晶にそんなことを試すような者が今までいなかったおかげで、世の中の者はまだ知り得ない事実を見い出し、魔法師は陶然としている。
「すげぇ・・・」
熱に浮かされたように自らが魔法を付与した黒輝晶を見つめる魔法師を半ば呆然と見ていたドミニクだったが、次第に冷静になる。それと同時に真っ黒い欲望が頭をもたげる。
これだけの宝を我が物に出来れば、どれだけの富と権力が手元に転がり込んでくることか。
なんとか国に報告せずに済めば、この宝石の力を以ってこの北の地に独立国家を作ることさえ可能かもしれない。
必死に頭の中であれこれ策を巡らせてみるが、隠し通す為のうまい方策は浮かばない。
「・・・ねぇ、首長様」
呼びかけられて目を向けると、そこには目をギラギラと輝かせる魔法師がいる。
「このお宝、独り占め出来たらなんでもできますよね?天下取るんでもなんでも」
心を見透かしたように告げる魔法師に、ドミニクはとっさに腰の剣に手を伸ばした。
「おっと、お待ちくださいって。非才な私でも、ひとつ策が浮かびましてね」
「・・・策だと?」
昏い表情を浮かべる魔法師に魅入られるように、ドミニクは問い返す。
「えぇ。この策を以って首尾よくお宝を隠して、首長様がご出世された暁に、私を筆頭魔法師として取り立てて頂けるんでしたら・・・」
にやりと笑った魔法師は言った。
「首長様だけに、どこまでもお供しますよ?」
厳しい冷え込みの中、天幕を出たドミニクは家人の待つ坑道の入り口に立った。
坑道の中には等間隔に松明が焚かれ、足元を確認するのには十分だ。
先頭に立つ家人に案内されながら10分ほど歩くと、急に視界が開けた。
松明で周囲を照らすと、赤い石が輝く場所がいくつも確認できた。
「なるほど、ここか。よくやってくれた」
ドミニクは満足したような吐息を漏らすと、いまだ作業に当たっていた者達をねぎらった。
「誰ぞ、天幕にいらっしゃる学者先生達を呼んできてくれるか」
かしこまりました、と答えた家人が学者たちを呼びに行く。
ほどなくして現場にやってきた学者達は、赤い石の鉱床があちこちに見える様子に目を丸くして、3者がそれぞれ調査作業を開始した。サンプルを採ったりあちこちを計測したりする様子をドミニクはどこか鋭い目付きで見つめていた。
「これは素晴らしい!」
「これだけ良質な紅玉が多く含まれる鉱床はめったに見られませんよ」
「地盤も安定しているようですし、採掘の準備さえ出来れば長い期間の産出が見込めそうです」
興奮した様子の学者達に、ドミニクは「それは何よりですな」と答えてやる。
学者達はその後数日に渡って調査を続け、ドミニクはその全てに同行して資料の整理も手伝った。
そうして、調査は終了となり、学者達は帰路につく。
「お気をつけて帰られよ」
「ご協力に感謝致します、首長殿」
「調査報告を領主様に提出して、早ければ来春以降にまたこちらにお伺いするかと思います」
学者達に頷きを返し、出立した背中を見送りながらドミニクは呟いた。
「馬鹿どもめが」
学者達には、気づく術もなかった。
案内された坑道が、最初に掘られた仮坑道ではなかったことを。
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