2人の令嬢〜婚約編〜 22
床に寝転がるセシリアの胸は荒い呼吸で大きく波打ち、額からは玉のような汗が流れ落ちる。
手足には迎撃し切れなかった礫による傷がいくつか出来て、僅かに血が滲んでいた。
エルドウィンがセシリアに歩み寄ってしゃがみ込み、「お疲れさん」と声をかけた。
兄との魔法練習を始めた時、実戦的な指導を望んだのはセシリアだ。母は渋い顔をしたが、それでも止めはしないでいてくれた。
「例え怪我をしても、私の精霊が癒してくれます。なので遠慮は無用です。ね、ルミエ?」
その声に応えて光の玉が現れて「うん、全部治すよ」と声を発するのを見た時は本気で驚愕したエルドウィンだった。別に疑っていたわけではないが、妹は本当に精霊の愛し子なのだと実感したのだ。
「・・・あくまで授業なので、報復とかは無しでお願いしますよ、精霊殿」
そんなやり取りの後、最初の『授業』でエルドウィンはセシリアに今使える魔法をやってみせるように言った。
「1番小さな魔法でいい。的に当てられる分だけ当ててみろ」
セシリアは言われた通りに、火の玉を喚べるだけ喚んで放ったり、水や風や土の魔法を発現させて的を攻撃した。かなりの精度で的を捉えられたので、どうだ!と兄を振り返ったのだが・・・。
その様子を腕組みしながら見た兄は一言、「遅い」と言った。
「そもそも発動が遅すぎる。ちょっと使える剣の使い手がいたら、あっという間に懐に入られてバッサリやられておしまいだな」
そもそも魔法師は最前線に立つものではないのだが、エルドウィンからすればそれは「頭でっかちで怠慢なだけ」らしい。
「で、でも、強力な攻撃魔法は必要な詠唱で魔法陣を描く必要もありますよね?補助魔法や治癒魔法だって・・・だから魔法師は後陣にいるのでしょう?」
それが魔法を使った戦い方のセオリーであるはずだ。
だが兄は首を振った。
「シア。お前の名は?」
「ぇ、と?」
「名は」
「セシリア・ヴェルリンドです」
「ヴェルリンドを名乗る者は、戦い方を型にはめたりしない。常に最善の結果を最短の道筋で得る」
兄の目は見たことがないくらい真剣だった。
「剣であれ魔法であれ、正道はある。それも間違いではない。だが、戦い方に常識という型を押し付けるのは正道とは言えない。特に魔法はな」
「・・・」
「さっきのシアの話を例に取るか。魔法師が後陣で大魔法の準備をしてるとする。前衛はそれまでの時間を稼ぐだろう。後陣の騎士は魔法師を守りながら戦うだろう。だがそこに、横から、あるいは後方から、もしかしたら上空や地中から、誰も知らなかった伏兵の奇襲や罠があったら?」
そんなことはない、とは言えないのが戦場だと兄は語る。
「並の魔法師ならそこでバッサリ斬られるか罠に嵌まって死ぬだろうな」
兄の言葉は厳しかった。でもそれは戦場を知る者にとっての真実なのだろう。
エルドウィンの言うことは正しい、とセシリアは否が応でも納得せざるを得ない。こんな事は教本や教師から教わる事はできないもので、これからのセシリアには必要な事だった。
「すまん、痛むか?」
容赦なく礫を放ってきた兄は、今は気遣わしげな顔をしてセシリアの傷口に手をかざした。
そうして、魔法の水が傷口を優しく洗い流すと、衣服を濡らす事なく消える。
「痛いですよ?でも、大丈夫ですーーールミエ、お願いできる?」
すると、セシリアの傍らに光の玉が現れて微かに明滅した。
「いいよ。ーーーこないだより怪我が少ないね?」
ふよふよと浮かんだルミエである光の玉は、セシリアの傷に触れては癒していく。癒されたあとはかすかな傷痕すら残らない完璧な治癒魔法だった。
ルミエの感心したような言葉にセシリアは拳を振り上げた。
「当たり前よ!私だって成長するんだから。いつかエル兄様に追いついてみせるわ!」
「そう簡単に追いつかれてたまるか」
軽口を叩きながら、とは言え、とエルドウィンは内心で呟いた。
自分とて今は全く本気を出していないが、セシリアの成長速度は目を見張るものがあった。まだ少女のセシリアの体力が魔法に追い付いていないのだとわかるだけに、将来的には自分と互角の戦いができるようになる素質が妹にはある。
「まぁ、今日の内容は悪くなかった。あとはもっと戦闘の流れを読んで、ついでに自分の流れを作るところまで持っていけたら『初級』としては合格かな」
なんだかさらっと言われているが、この兄相手に戦いの流れを自分のものにしろと言っているわけで、しかもそれが出来て『初級』合格と言っている。つまりは兄は鬼畜なんじゃないかとセシリアは思った。
半眼になったセシリアに気づかぬ風でエルドウィンはさらに続ける。
「あとはやっぱり体力だな。剣にしろ魔法にしろ身体を作るのは最低条件だ。とりあえずたくさん食べるんだぞ。大きな魔法を使えたとしても、その後に体力が尽きて動けなくなったら雑兵にすら討ち取られる。大抵の魔法師が後陣にいる理由の一つはそれだ」
結論として、ヴェルリンドの脳筋主義は正しいらしい、とセシリアは納得させられたのだった。
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