2人の令嬢~婚約編~ 20
(もう一回、やってみて。リリアナ)
黒猫の触れたところから温かな思惟が流れ込んでくる。
「・・・ノアール?」
黒猫は喉を鳴らして紺色の目を細めた。
(そう、リリアナ)
「ど、どうして急に貴女の声が聞こえるの?!」
リリアナは動揺しつつも、小声で問いただすという器用な技を発揮する。
(今はリリアナの魔力がリリアナの手に満ちてる。魔力に触れて声を伝えてるの)
「私の魔力・・・」
側から見れば猫を相手にぶつぶつ言っている怪しい場面だが、動揺しているリリアナは気づくはずもない。
(水を喚び出したいのでしょう?もう一回、やってみて)
どうやら苦戦する契約者を助けようと思ってくれたらしい。聞きたいことは他に山ほどあるが、リリアナはひとまずそれらを呑み込んで、「わかったわ」と呟いた。
手に持ったグラスをじっと見つめて、その手に魔力を集めていく。そこにノアールの言葉が心に響いてきた。
(そう、上手。魔力は、糧よ。この力を糧にして、水に換えるの。大気に散らばる水の力を集めるのよ)
魔力を、水に、換える・・・
感覚が研ぎ澄まされる感覚は、ノアールが手伝ってくれてるのか。大気に存在するあらゆる力の気配がわかる。火も風も水も土も、光も闇も・・・
リリアナは目を閉じて、ゆっくりと『水』の波動に魔力を合わせる。手に持ったグラスに溜まった魔力が淡く輝いて、目を開けるとグラスには澄んだ水がなみなみと入っていた。
「で・・・き、た・・・」
初めて、魔法が成功した・・・!
「出来たわ!ノアール!」
満面の笑顔で黒猫のほうを見ると、クスクスと笑う精霊の声が脳裏に響いた。
(うん、リリアナ。とても上手だったわ)
それから、リリアナは黒猫を抱き上げてソファに腰掛けると、彼女を膝に乗せた。
さっきノアールが『魔力に触れて声を伝えている』と言っていたので、少し疲れるがノアールに触れている手に常時僅かに魔力を纏わせる。
(こうしていたら、私の声も届く?)
声には出さずに心の中で語りかけると、返事が返ってきた。
(ええ、リリアナ。聞こえているわ)
良かった、とリリアナは安堵の息を吐いた。
(あの日、貴女に夢で会えたことは私の想像だったのかしら、って思うこともあったわ)
黒猫は首を傾げた。
(リリアナは、ずっと私を感じていたでしょう?)
(そうだけど、自信が持てなかったのよ)
そう胸の中で呟くと、黒猫はすり、と頭を擦り寄せてきた。
(私は貴女の精霊よ。やっと見つけた、私の半身)
半身とはどういう意味なんだろう。疑問に思ったが、黒猫は独白めいた言葉を続ける。
(リリアナがうまく魔法を使えないのは、私のせいでもあるの。私が貴女の力を借りて、こうして顕現しているから。急ぎすぎたわ)
(・・・どういう事?)
(まだ時が至る前なのに、貴女を見つけたからどうしてもそばにいたかったの。ごめんなさい・・・)
言葉の正確な内容はしっかり理解できないが、どうやらノアールが自分の力を借りて猫の姿になっているために、リリアナは魔法で苦労しているらしい、というところはわかった。
膝の上でしおしおと項垂れる黒猫はその事をとても申し訳なく思っているということも。
リリアナはくすりと笑って、黒猫の頭を撫でた。
(私のそばにいるためだったのでしょう?)
リリアナが問いかけると、(うん・・・)とノアールの消え入りそうな声が聞こえる。
(私は貴女に会えて嬉しいわ。気づかなかったけど、ずっと傍にいてくれたのね)
黒猫を優しく撫でながらリリアナは言葉を続ける。
(今貴女が私に魔法のコツを教えてくれたみたいに、これからも教えてくれる?貴女なら、私がどうすればうまく魔法を使えるのかわかるのではない?)
そうしてくれたらとても嬉しいわ、と心で話しかけながらリリアナは黒猫に微笑みかけた。
果たして、黒猫はぴょこんと勢いよく頭を上げた。
(できるわ!私はリリアナがどうしたら力をうまく使えるか、方法がわかるもの。そうしたら、いつかこんな風にリリアナに負担をかけなくても大丈夫になるわ)
(じゃあ、これからよろしくね、ノアール先生)
黒猫とリリアナは顔を見合わせて、お互いに目を細めて笑いあったのだった。
夕食の時間が近づいてきて、別室に控えていたメイド達がリリアナの部屋にやってきた。
「そろそろ夕食のお時間です、お嬢様」
「わかったわ、ありがとう」
水の魔法を初成功させた後も、何度も練習していたので疲労感が凄い。魔法を使うというのはこうも疲れるものだとは知らなかったので、ノアールが止めてくれなければ倒れこんでいたかもしれなかった。
身体は疲れているが、それでもリリアナの気持ちは晴れ晴れしていた。才能がないのかと思いかけていた魔法も使えるようになりそうだし、なにより精霊と意思の疎通が図れるようになったのだ。
いつもより重たく感じる身体をなんとか動かして食堂に向かうと、ちょうど兄もやってきたところだった。レオンはリリアナを見て、少し眉を寄せる。
「随分疲れているな?馬車の疲れが出たのか?」
相変わらず鋭い兄の指摘を受けて、リリアナは軽く肩をすくめて笑った。
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