2人の令嬢〜婚約編〜 19
すっかり雪が溶けた地面に緑が繁り、春の花々がそこかしこに咲き誇る暖かな季節がやってきた。
王都にあるアラモンド公爵家のタウンハウスでは、学園の寮から一足先にやってきた公爵家嫡男レオンが家族の到着を待っていた。
応接室でメイドが淹れた紅茶を飲んでいると、このタウンハウスを預かる執事がノックの音の後に静かに入室してきた。
「レオン様、間も無く公爵家の馬車がこちらに到着すると知らせが参りました」
「そうか、すぐ行く」
学園の休日に合わせて開かれる王太子殿下の誕生の宴と、その前の昼間に開かれる懇親会はいよいよ明後日に迫っていた。
グランディス学園でも今回の懇親会の話題で持ちきりで、招待された者達はどこか自慢げな様子だった。貴族の子女は早めに自分の家のタウンハウスへ一時的に移動する者が多かったので、寮は随分と静かになったくらいだ。王太子殿下とーーーひいては王家と懇意にするチャンスと捉えている貴族が多いということだろう。
(我が家の分まで他家の皆には頑張ってもらいたいものだな・・・)
何せレオンの目的は『王家からの関心を必要以上に引かないこと』だ。我が妹は幼いながらも可愛いらしく、将来的には大変な美女になるだろうから、無関心まで持っていくのは無理だろうが…
そんな風に、レオンが兄馬鹿全開な思考に耽っていると、執事がスッと動いてタウンハウスの重厚な玄関扉を開けた。
『お帰りなさいませ』
使用人が一斉に頭を下げて出迎える中、両親と妹の姿が見えた。レオンも頭を下げて礼を取る。
「お帰りなさい、父上、母上」
そうして妹の方を見てレオンは微笑んだ。
「お帰り、リリ。元気そうで良かった」
「お兄様こそ!お元気そうで何よりです!」
お互いに歩み寄って抱擁を交わして、レオンは両親に向き直った。
「私の方は昨夜到着していましたので、勝手ながら今夜の夕食の手配は私の好物を頼んでしまってます。父上のお好きなワインも準備してあります」
公爵夫妻は笑いながら頷いた。
「そうか、ありがとう」
「今日は荷解きで終わってしまうから、懇親会の準備は明日致しましょうね。レオンはまた背が伸びたみたいだから、衣装も少し手直ししなくては」
「はい。まずは応接室へいかがですか?リリも行こう」
レオンが差し出した手を取って、リリアナはにっこり笑った。そしてこそりと兄に小さな声で耳打ちする。
「お兄様の衣装、とっても素敵なんですよ!楽しみにしていてくださいね」
目を輝かせるリリアナに笑ってレオンは頷いた。
「明日のお楽しみだな?」
そうして公爵一家は応接室に向かい、久しぶりの家族の団欒の時間を過ごしたのだった。
タウンハウスのリリアナの部屋は、淡いブルーの壁紙が貼られ、ホワイトアッシュの家具で統一された可愛らしい部屋だった。
応接室から部屋に行くと、既にメイド達によってリリアナの荷物は荷解きをされていて、暖炉の前にはクッションが置かれていた。その上にはリリアナの黒猫の姿もあった。
ほんの10日ほど公爵邸を留守にするだけだったが、リリアナは両親に頼み込んでタウンハウスまでノアールを連れてきたのだ。
小さな仔猫だったノアールはあれからだいぶ大きくなって、小さかった頃よりもリリアナ以外の者の世話を受け付けなくなっていた。それを理由にして連れてきたのだった。
精霊のノアールとの不思議な邂逅はあれきりなかったが、それでもこの黒猫があのノアールだとリリアナは思っている。人目がない時には、ノアールはこちらの言うことを理解している様子を見せることもあるし、彼女との間に、言葉にするのは難しい不思議な繋がりが強く感じられるようになっていっている気がするのだ。口では説明出来ないが、それは確かなことだった。
「夕食まで少し勉強したいから、あなた達は席を外してくれる?」
「かしこまりました」
メイド達に退出してもらってひとりきりになると、ノアールが机の上に飛び乗ってきた。
「ミャ」と短く鳴いて首を傾げる仕草が可愛くてリリアナは笑みをこぼす。
「新しく頂いた教本を確認しておきたいの。ほら、見て」
机に積まれた数冊の本の中から1冊を取り出して、机の上に広げる。
「一応、全属性の魔法について書かれている本なのよ。あと、これ」
もう1冊を手に取って、ぱらぱらと中を見てみる。
「これは、火・風・水・土の魔法の初級編。学園の入学試験に初級魔法の実践もあるから、そろそろ少しは出来るようにならないとね・・・」
洗礼以降、リリアナなりに頑張って学んだおかげで、魔法とはどういうものかの知識はある程度身についたと思う。自分の中に息づく魔力の流れも、おおよそ感じ取れるようになった。
だが、魔法の練習を始めてから1ヶ月程経つ今も、リリアナは簡単な魔法と言われるものすら発現させることができずにいた。
「私は、水の魔法に適性があることになってるから・・・まずは水から」
そう呟いたリリアナは立ち上がると、サイドテーブルに置いてあったグラスをひとつ持ってきた。
そうして椅子に座ると、グラスを片手に目を閉じる。
(まずは、このグラスに水をためてみよう)
その程度の魔法なら、特に詠唱も必要ないはずだ。
身のうちにある自分の魔力をほんの少しグラスに集中させて、ここに水をーーー
・・・しかし、いくら集中してみても水がグラスにたまることはなかった。
リリアナはため息をつく。
「もしかして私って才能ないのかしら・・・」
何度挑戦しても、教師にコツを教わっても、一向に出来ないのだ。流石に落ち込んでくる。
そんなリリアナの手に、黒猫が鼻先を触れさせてきた。
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