2人の令嬢〜婚約編〜 7
風呂に入り、メイド達による渾身のマッサージを受けたセシリアは自室のベッドにうつ伏せに倒れ込んでいた。
マッサージは、正直言ってめちゃくちゃ痛い。それでも揉みほぐされた後は血流が良くなって体が温かくなるし、浮腫みも取れてスッキリする。気持ち良かった、と言えるのはそのためだ。
「果実水はいかがですか?」
ぐでんと力なくベッドに横たわるセシリアに、メイドが苦笑しながら声をかける。
「ありがと・・・」
ベッドから起き上がってよく冷えた果実水の入ったグラスを受け取る。口をつけると柑橘の香りがほのかに香る水が喉に滑り込んでくる。
「そうだわ。便箋を何枚か用意してくれる?」
晩餐まで時間もあることだし、リリアナに手紙を書こう。
「かしこまりました」
メイドが机に便箋や羽ペン、インクを用意しているとノックの音が聞こえ、別のメイドがドアを開けると隻眼の家令がいるのが見えた。
「お寛ぎのところ、失礼します。奥様がお嬢様をお呼びでございます」
「お母様が?わかった、すぐ行くわ」
母がわざわざセシリアを呼び出すのは初めてのことだ。何かあったのだろうか、と思ったが行けばわかることだ。
メイドがテキパキとセシリアにドレスを着付けて、髪は横に流して緩く三つ編みに結ってくれた。
ドアの外に出ると、家令が待っていてくれた。
「奥様は執務室にてお待ちです」
先導する家令について歩きながら、滅多に入ることの無い執務室に向かう。比較的自由な雰囲気の辺境伯家だが、領主としての仕事部屋である執務室や来客を応対する応接室などには子ども達は立入禁止となっている。
程なくして執務室の前に着き、家令がドアをノックする。
「失礼致します。お嬢様をお連れ致しました」
「お入りなさい」
セシリアを残して家令は退出して、執務室には辺境伯夫人とセシリアだけが残された。
夫人は「ちょっと待っていて頂ける?」とソファを指して言うと、手に持った書類に再び目を落とした。
ひと月近く留守にしたので、仕事が溜まっているのだろう。
セシリアが大人しく座って待っていると、ふぅ、と息を吐いた辺境伯夫人は顔を上げた。
「呼び出しておいて、待たせてごめんなさいね」
「いいえ、お母様」
夫人はテーブルの横に置かれていたティーセットを取り上げると、お茶を淹れて持ってきた。セシリアの向かいの椅子に座る。
そうして、2通の手紙を娘に差し出した。
「読んでご覧なさい」
まず1通目の手紙を手に取ると、王家の封蝋がある。
思わず眉が寄ってしまったが、手紙を読み進めるともっとくっきりと眉間に皺が寄る。
セシリアはため息をひとつ吐くと、母に聞いた。
「この呼び出しは、我が家だけではなさそうですね?」
辺境伯夫人も眉間に皺を寄せてため息を吐く。
「恐らく、有力貴族はじめ今回の洗礼の結果をみて招待していると思うわ。・・・節操のない」
母の言い方は身も蓋もないが、セシリアも同じ感想しかない。
「王家からの招待なら行かないわけにもいかないので、出来るだけ地味なドレスをお願いします」
「今回ばかりは、そうするしかないわね・・・あとは、セシリア」
「はい」
「何がなんでも学園にお行きなさい。貴女がどうするにせよ、時間が必要でしょう?」
王家がここまであからさまに力ある子ども達の囲い込みに走っている以上、確かに学園は身を守る手段だ。
「頑張ります・・・」
母は頷くと、セシリアを安心させるように微笑んだ。
「大丈夫よ。いざとなれば貴女のお父様も黙ってはいらっしゃらないわ」
父どころか、辺境伯領の皆が黙ってない気がする。問題解決の基本手段が筋肉なので、うっかりすると戦争になってしまうが。
ちょっと遠い目になってしまったセシリアだったが、気を取り直して2通目の手紙を手に取る。封は切られていない。はて?と首を傾げると、母が微笑みながら教えてくれた。
「その封蝋は、アラモンド公爵家のものよ」
「・・・まぁ!」
セシリアの顔が喜びで輝く。王家からの手紙の不快感が吹き飛ぶような笑顔を見せる娘に辺境伯夫人は言った。
「そのお手紙はお部屋で読むといいわ。シアもお返事を書きたいでしょう?」
自室に戻ったセシリアは、早速手紙の封を切り、リリアナからの手紙を読み出した。
やや丸みを帯びた文字が並ぶ文面を目で追う。
『拝啓 セシリア・ヴェルリンド辺境伯令嬢様』
ややかしこまった書き出しの手紙は、読み進めるうちにリリアナらしい親しみを感じさせる文面になっていく。
手紙を読み終えたセシリアは、ふぅ、と息を吐いた。
ーーーどうやらアラモンド公爵家にも、例の王家からのふざけた招待が届いたらしい。
『もしその場でシアにまた会えたなら、そんな嬉しいことはありません』という一文には激しく同意するが、出来るだけ、王家の思惑からリリアナのことも守ってあげたい。
セシリアは机に用意されていた薄い青色の便箋を眺めて、よし、と椅子に座る。
インク壺に羽ペンの先を浸し、初めての友達への手紙を書き始めた。
『拝啓 リリアナ・アラモンド公爵令嬢様ーーー』
そうしてしばらくの間、セシリアは便箋に向かい続けたのだった。
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