2人の令嬢〜婚約編〜 6
屋敷に到着した馬車の扉を、待ち構えていた侍従が開けた。
「お帰りなさいませ、奥様、お嬢様」
侍従の手を借りて馬車から降りる母に続いて、セシリアも馬車から降りる。別に自分ひとりでも降りられるが、我が家に帰ってきたということは淑女教育が再開しているということだ。
先導する侍従が屋敷の扉を開けると、家令や使用人が並んでおり、2人の姿を認めて一斉に頭を下げた。
『お帰りなさいませ』
辺境伯夫人はゆっくりと頷き、セシリアは「ただいま帰りました」と声をかける。
家令が進み出て、にこりと笑みをみせる。
「ご無事のお戻り、何よりでございます。長旅でお疲れでございましょう。晩餐までごゆるりとなさってください」
父よりも遥かに年上の隻眼の家令は、怪我で引退するまでは領の騎士団を率いていた人であり、父や兄達、セシリアにとっての剣の師でもある。先代辺境伯ーーー要するにセシリアの祖父である人の右腕として、戦場では鬼神の如き働きを見せていたという。
「セシリアは、晩餐まで部屋で休んでいなさい。わたくしは執務室に行くわ。留守中の報告を聞きます」
ひとたび屋敷に戻れば、母はこの屋敷の女主人であると同時に、父が不在の間は領主代行でもある。
「はい、お母様」
まだ子どもの私に手伝えることはないので、ここは部屋で大人しくしているべきだろう。
母が家令のアレイオスを従えて階段を登るのを見送って、セシリアもメイドと共に久しぶりに自室へと戻った。手に持った鞄を机の上に放り出して、ベッドに大の字で寝転がる。
「はー。やっぱり自分のベッドが一番ね!」
そんなセシリアを見て苦笑しながら、メイド達が小言を漏らす。
「まぁ、お嬢様。奥様に知れたら大目玉ですよ?」
「お疲れでしょうけど、そのままではドレスが皺になってしまいます」
母付きの侍女達ならこんなところを見ようものなら猛烈な勢いで叱りつけてくるだろうが、セシリアの部屋のメイド達はこの程度では動じない。
セシリアは片目を瞑って悪戯っぽく笑った。
「お母様に内緒にしておいてね?ドレスも着替えるから勘弁して」
「お着替えになられるのでしたら、湯浴みされてはいかがですか?マッサージの準備も整っております」
「本当?それなら、お風呂に入ろうかな」
馬車にひたすら揺られていたのでさすがに身体のあちこちが凝り固まっているし、足も浮腫んでパンパンだ。お風呂とマッサージは素直にありがたい。
「・・・お母様も、適度なところで休まれて欲しいんだけどな」
ぽつりと溢すと、メイドの1人がにっこり笑って「その旨、奥様の侍女にお伝えしておきます」と請け負ってくれた。
「さ、お嬢様。まずはお嬢様が湯浴みなさいませ」
メイド達のこの笑顔の感じだと、浴室にはセシリア丸洗い担当が待ち受けているに違いない。ひとりで入るのを諦めたセシリアは、大人しくメイド達について行った。
一方、家令を伴って執務室に腰を落ち着けた辺境伯夫人は、侍女が淹れた紅茶で喉を潤しながら留守中の報告書に目を通していた。
「魔獣の出没が随分多かったみたいね、アレイオス」
隻眼の家令は淡々と答える。
「はい、奥様。例年よりも3割ほどは多い率でした。お陰で領内の肉供給が潤っております」
魔獣は、この王国においては辺境伯領に隣接する大森林に最も多く出没する。普通の動物より大型であったり凶暴であったり、個体によっては魔法を使うものもある。危険ではあるもののその肉は辺境の民にとって貴重な食糧となる。
「3割・・・随分ね。何かの前触れでなければ良いのだけれど」
領民や領軍が対応出来るような個体であるなら問題はない。そもそも魔獣がどのように生まれ増えるのかもわからないのだが、鹿型や猪型ではなく、もっと攻撃性の高い種が出張ってくると厄介だ。
「現段階では警戒を強めておく程度でよろしいかと。探索には季節が良くありません」
アレイオスの言う通りで、冬の間は無理は出来ない。
そうね、とため息をついて紅茶を口に含む。領内の食糧の備蓄残量の確認や、領民からの嘆願などに一通り目を通す。
「そして、こちらが昨日までに届いた封書です」
家令が差し出した黒塗りの盆には、手紙が何通か載っている。家令の権限で捌けない案件のものだ。
その手紙の束の1番上にある封書の封蝋を見て、シルヴィアの顔が引き締まった。
(王家の封蝋・・・存外、早かった)
ペーパーナイフで封を切り、内容に目を走らせる。
「アレイオス。早馬の準備をお願い」
「護衛任務中の騎士団宛でしょうか」
手紙から目を離さずに辺境伯夫人は頷いた。
「ええ。これから手紙をしたためるわ。それを大至急あの人に届けて。あの人がこの手紙の事を人伝に聞いて早とちりするのが怖いのよ」
「・・・緊急事態ですな」
恐らくこの手紙は、有力貴族や今回の洗礼で王家に利用価値の高い力があると判明した子女の家に送られているはずだ。セシリアに限った話ではないと説明しないと、あの夫は王家に殴り込みをかけかねない。
馬車旅とはぜんぜん違う疲れが襲ってきて、辺境伯夫人は特大のため息を吐いた。
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