2人の令嬢〜婚約編〜 4
洗礼の翌朝、朝日が昇る頃にセシリアは目を覚ました。昨晩たくさん泣いたせいか目が腫れぼったい。
(顔を洗うついでにタオルを濡らして、しばらく冷やさなくちゃダメね)
暖炉に火を入れて、寝室の隅に準備してあった洗顔道具で顔を洗う。いつも母に「ちゃんと使用人に仕事をさせてあげなさい」と小言を貰ってしまうが、自分のことは自分でやるのが我が家の家訓だ。早く起きてしまったのだから仕方ないだろう。
ベッドに腰掛けてタオルで目を冷やす。
(ルミエ)
心の中で相棒を呼ぶと、すぐに返事が返ってきた。
(なに?セシリア)
(貴方の事も、ルーナだった事も、ぜんぶお父様とお母様にお話ししちゃったわ)
(うん、知ってるよ)
タオルで顔を押さえながらセシリアはくすくすと笑う。
(お父様ったら、貴方に会ってお礼を言いたいって)
精霊から困ったような思念が届く。
(今はまだ僕は顕現出来ないからなぁ。もう少しセシリアが強くなってくれたら出来るけど)
そういえば、とセシリアは前世を思い返した。ルミエが目に見える形で顕現したのは、『ルーナ』が16歳になった頃だった。
(それって、私が大きくなれば、ってこと?)
(そう。もしくは、僕かセシリアがもの凄く強く願えば)
願い?今も会いたいと思っているのに。
セシリアの疑問を感じ取ったルミエが答えてくれる。
(命の炎を燃やすくらいの強い願いじゃなきゃ無理なんだよ。そうでないなら、セシリアの成長した身体が持つ生気が必要なんだ)
対価ってやつだね、と精霊が呟く。
なんだかルミエがさみしそうにしている気がして、セシリアは心の中で言った。
(じゃあ私、大至急強くなれるように頑張るね。ルーナの時より今の私の方がその辺りは有望よ?)
やや間があったと思ったら、精霊の笑い声が聞こえてきた。
(まったく、君ときたら!)
セシリアはふふんと笑った。
(私は貴方の相棒だもの。ひとりにはしないわ)
(うん、僕もだ。頑張ってね、セシリア。僕も君の目に映りたいよ)
(任せといて!)
胸を張るセシリアに、精霊は笑いながら気配を消したのだった。
しばらく冷やすと、目の腫れもだいぶ治まってきた。まだ少しショボショボするが、そのうち治るだろう。
タオルを洗面器で洗っているとノックの音がして、侍女が寝室に入ってきた。旅に同行していた侍女だ。
「おはようございます、お嬢様。今朝も早うございますね」
「おはよう。今日も良い天気になりそうね」
侍女は手早く香草茶の支度を整えてセシリアに差し出した。
「そうですね。冬とは言え、こちらは辺境伯領よりも暖かくて過ごしやすいですわ」
辺境伯領は王国の北限一帯に位置しているので、冬の寒さはとても厳しい。雪こそ少ないが、川や湖は完全に凍結してしまうし、吐く息すら凍ってしまうような土地なのだ。
「お父様は?」
「旦那様は、今朝早く騎士団にお戻りになられました。さ、お召し替え致しましょう?」
ヴェルリンド領へ戻る馬車の旅が始まるので、比較的動きやすいデザインのドレスを示される。細かいチェック柄の生地は厚手で暖かそうだ。足には編み上げのブーツを履いた。
髪は簡単に纏めるだけで、ドレスと同じ生地で包まれたバレッタを留める。
(普段からこうなら楽なのになぁ)
セシリアは鏡で姿を確認しながらこっそり胸の中で呟いたが、そうもいかないこともわかっているので口にはしない。
着替えを終えて食堂に行くと、母が既に着席してセシリアを待っていた。
「おはよう、セシリア。よく眠れたかしら?」
馬車移動があるとて、今日も母は完璧な貴族夫人の装いである。
「おはようございます、お母様。ぐっすり眠れました」
昨夜の事があるだけに、何となく気恥ずかしい。それでもいつも通りの母の様子に安心する。
母子で食前の祈りを捧げて朝食にする。アラモンド領での最後の食卓には、宿の自慢だという羊肉を使ったソーセージや、羊肉の団子が入ったポトフが並んでいる。香草がいい働きをしていて、臭みが無くてとても食べやすい。食べながらふと視線を感じて母の方を見ると、少し心配そうな母の顔があった。
「目が腫れていますね・・・」
セシリアににこりと笑って答えた。
「大丈夫です。これでもさっきまで冷やしてたんです。まだ少し腫れぼったいですけど・・・」
「では、馬車の中でも冷やして行きましょう」
母は厳しい人だが過保護のきらいのある人なのはわかっているので、セシリアは大人しく頷いた。
「今朝早く、ヴェルリンド領に向けて早馬を出しておきましたからね。帰ったら忙しくなりますよ」
「はい、頑張りますね!アラモンド領からヴェルリンド領まで、馬車だと10日くらいでしょうか」
「冬の旅なので、わたくしがこちらに来るにはもう少しかかりましたね。天候にもよるでしょう」
それもそうか。来た時のようにだんだん暖かくなる道筋とは違うし、ヴェルリンド領は今が1番寒い時期だ。
気は逸るが、焦っても仕方ない。
やる気に満ち溢れているセシリアの様子に、辺境伯夫人は苦笑を漏らした。
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