2人の令嬢〜婚約編〜 2
リリアナの洗礼から10日が過ぎた。
明日はレオンが冬季休暇を終えて学園の寮に戻る日だ。レオンは自室で荷造りをしていた。着替えはメイド達が詰めてくれているが、学園から持ち帰った教本やノート、文房具類は自分で確認しながら鞄に入れていく。
コンコン、とノックの音が聞こえ入室を許可すると、妹がドアの向こうから顔を出した。
「お兄様、少しお時間をいただいてもよろしいですか?」
薄い水色のエプロンドレスを纏い、髪にも同色のリボンを付けたリリアナの腕には、お揃いのリボンを首に付けた黒猫が抱かれていた。
あまりに愛らしい組み合わせに思わずレオンは破顔した。
「勿論だ、リリ。ノアールもようこそ」
部屋は少し散らかっていたが、メイドがサッと動いてテーブルとソファのあるスペースを片付けてくれたので、リリアナはソファに腰かけた。
「お忙しい時にごめんなさい。お兄様にお渡ししたいものがあって・・・」
「もう殆ど荷は詰め終えたから大丈夫だ。それより、渡したいものとは?」
黒猫を自分の膝に寝かせたリリアナが連れてきたメイドに目をやると、メイドはテーブルの上に持参してきた籠を乗せて、覆いを取る。中にはラッピングされた包みが幾つか入っていた。
「料理長に教えてもらいながら、クッキーを作ったのです・・・日持ちもするし、馬車の中とか寮のお部屋で食べて頂けたらな、と思って・・・」
恥ずかしそうにリリアナが告げる。レオンは驚きで目を丸くした。
「リリが?自分で作ったのか?」
「はい!材料を計ったり生地をこねたり、型抜きで抜いたりは私がやりました!焼くのは危ないから、って料理長がやってくれたのですけど」
リリアナは籠の中の包みを指差しながら、「赤いリボンがチョコチップで、黄色のリボンが胡桃で・・・」と説明してくれた。5種類も作ってくれたらしい。
リリアナの手作りクッキー。なんというご褒美なのだこれは。
レオンは内心感動に打ち震えながら、顔は穏やかに微笑んでみせた。
「ありがとう、リリ。とても嬉しいよ。今少し食べてみてもいいかな?」
リリアナはパァッと顔を輝かせて頷いた。
「もちろんです!味見用に別に用意してあるので、お茶と一緒にいかがですか?」
「もちろん頂くよ」
リリアナ付きのメイドがそれを聞いて部屋から下がっていった。お茶の準備を整えに行ったのだろう。
リリアナの膝の上では黒猫が身体を丸めて眠っていた。
「よく寝るなぁ、ノアールは」
仔猫らしく玩具にじゃれついて遊んでいることもあるが、基本的に寝ている事が多いらしい。まだ仔猫なのでそんなものだと猫好きのメイドが言っていたし、心配はないのだろうが。
リリアナはそっと仔猫の背中を撫でながら優しい目線を落とす。
「起きている時間より眠っている時間のほうが長いんです。起きてると、カーテンに登ったり本棚の上から降りられなくなってたりするので、大変なんですよ」
リリアナ以外にあまり懐かない仔猫だが、リリアナのメイド達はこの小さな黒猫に夢中なのだという。すぴすぴと聞こえる寝息が可愛い。
そうだ、と思い出したレオンは、勉強机の上に置いていた木箱を持ってきた。
リリアナは不思議そうに首を傾げて兄に尋ねる。
「お兄様、これは?」
「私が学園の入学試験の勉強に使っていた辞書と、教本とノートだ。少しはリリの役に立つかと思ってな」
まぁ!とリリアナは笑顔になる。
「ありがとうございます、お兄様!」
リリアナの試験のための家庭教師は来月から来てもらえる事になっているが、少しでも学んでおこうと図書室に通ってみたけれど試験の勉強というものがよくわからなくて困っていたのだ。兄が使っていた教本があれば学習範囲もわかる。
「私、きっと合格してみせますね!」
やる気満々といった様子の妹にレオンも笑いかけた。
「リリなら大丈夫さ。頑張れよ」
「私、またお兄様にお手紙を書きます」
「ああ、私も書くよ。手紙が届くのはいつも楽しみなんだ」
ここで、メイドがお茶の準備を整えたワゴンを押して戻ってきた。もちろんリリアナお手製のクッキーもある。紅茶を淹れてくれたメイドに礼を言って、レオンは早速クッキーに手を伸ばした。
手に取ったのは胡桃と干し葡萄の入ったクッキーだ。干し葡萄は酒に漬けてあったもので、生地は甘味が強くサクサクとした歯触りだ。チョコチップのクッキーは逆に甘さが控えめな生地でメリハリが効いていた。型抜きの時に少し型が崩れてしまったクッキーもあるが、それも手作り感があって良い。
兄が食べる様子を真剣に見つめているリリアナに気づいて、レオンは笑いながら言った。
「美味しいよ、リリ。貰ったクッキーも大事に頂くようにする」
レオンの言葉を聞いて、リリアナは胸を撫で下ろして笑う。
「良かったです。料理長のレシピなので間違いないと思ってはいましたけど、やっぱり心配で」
そうして兄妹のささやかなティータイムを過ごしていたが、リリアナはふと思い出した。洗礼があって忘れていたが、自分には初めての友達が出来たのだった。
胸に温かい気持ちがあふれて、リリアナは兄にもこの事を教えることにした。
「お兄様、私、神殿で初めてのお友達ができたんです」
「へぇ?」
兄は興味深そうに青灰色の瞳を瞬かせた。
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