転生令嬢 25
「わたし・・・私、は・・・」
抱き締める母の身体に抱きついて泣き出したセシリアの背中を、辺境伯夫人はゆっくりと何度も撫でた。震えながら泣いている娘からは、洗礼以降感じていた壁のようなものが消え去ったようだった。
「ゆっくりでいいのよ・・・大丈夫、大丈夫よ」
優しく囁く母の声が胸に響く。
その声と背中を撫でる手の温もりに励まされて、セシリアはおずおずと話し出した。
「私の精霊・・・ルミエは、前も私に加護を与えてくれてた、の・・・」
「・・・前も?」
母の胸に抱かれながら、セシリアは小さく頷く。
「生まれる、前・・・私が、セシリアとして生まれる前の、人生で・・・」
ギュッと目を瞑って、言葉を絞り出す。
「私はルーナって名前の女の子だった・・・」
背中を撫でる手はそのまま止まらず、セシリアを胸に抱いた母は優しく問いかけた。
「それが、貴女の秘密?」
こくりと頷くと、父母の呆れたような温かい声が聞こえた。
「なんだ。それだけか」
「本当にねぇ」
・・・は?!それだけ、って!
思わず顔を上げると、苦笑する両親の顔が見えた。
「要するに、シアは、前の人生の記憶があるってことなんだろ?」
「珍しい話でしょうけど、今はシアですものね」
ポカンとする娘を夫妻は再び抱き締めた。笑いながら言葉を続ける。
「馬鹿だな、シア」
「馬鹿ね、シア」
「前世も精霊の加護も何もかも引っくるめてシアだろう」
「わたくし達の可愛い娘なのは変わらないでしょう?」
再びセシリアの目に涙が溢れる。涙とともに、心に刺さっていた不安や恐れという棘が溶けていく。
「ふ、ふたりして!馬鹿バカ言わないでください!」
両親は笑いながら、セシリアの涙と文句が止まるまでずっと抱き締め続けてくれたのだった。
セシリアは涙が止まると、両親の腕から抜け出して座り直した。改めて、両親に向かい合う。
「私の前世の話を、聞いてもらえますか?」
勿論、と頷いてくれる両親に、ぽつりぽつりと思い出した前世のことを話す。幸せだったルーナに起こったこと。ルナーリアとして、大聖女として生きた短い生涯・・・
一通り話し終えて両親を見ると、父は憤怒の表情を浮かべているし、母からは一切の表情が消えていた。怖い。
父が歯軋りが混じるが如く呻いた。
「良いだけ利用された挙句に早死だと?」
母も静かな声に怒りを滲ませる。
「大聖女様の逸話は数多く耳にするけれど・・・ひとの人生を何だと思っていたのかしら?」
そうやって怒ってくれる今生の両親の姿に、セシリアは『ルーナ』だった自分が癒やされていくような気がした。
辺境伯はふぅ、とため息を吐いて気持ちを落ち着かせると、しみじみとした様子で言った。
「大司教様があんなにも親身になって下さったのにも納得がいった。これぞ天の配剤ってやつだな」
そうしてセシリアに笑いかける。
「うちの子に生まれてきて良かったな、シア」
「それを言うなら、うちの子に生まれてきてくれてありがとう、ではなくて?」
「そういや、ルミエだったか?シアの精霊にも会って礼を言いたいもんだな」
「そんなおいそれと精霊の御姿が拝見できるわけありませんでしょう?お礼を申し上げたいのはその通りですけれど」
夫婦漫才のような両親のやり取りが続く。セシリアは前世も含めて全て受容れてくれた両親に、全力で抱きついた。
「大好きです、お父様お母様!」
そうしてその後は穏やかな夜を過ごしていた辺境伯一家だったが、セシリアはふと思いついた事を両親に相談した。
「私、とりあえず自分の力や魔法の事を学び直そうと思うのです」
前世の記憶があるから、もう少し思い出せば当時使えた魔法は使えるようになるだろうが、魔法の技術も日進月歩だ。どうせならちゃんと学んで自分の力にしたい。ルミエーーー精霊の事も、今生ではきちんと理解したいと思う。
「勉強か。独学じゃ無理があるだろうしなぁ」
父が頷く。
「なので、家庭教師をつけて欲しいのです。私、グランディス学園に行ってみたいと思います」
「あの学園は忖度なしの実力主義で、入学するのも進級するのも大変だと聞きますよ。その覚悟があるのね、シア?」
問いかけてくる母に頷きを返す。
「家に帰ったら、死ぬ気で頑張ります。だから、お願いします」
決意をたたえるセシリアの紫の瞳を見て、辺境伯夫人は軽くため息を吐いた。
「・・・家令に、早馬を出しておきましょう。優秀な家庭教師を手配するようにと」
ただし、と夫人は付け加える。
「淑女教育も欠かさず行います。よろしくて?」
剣の鍛錬もな、と父が笑いながら追加する。
どうやらセシリアは、文武両道どころか文・武・礼の三道に邁進せねばならないらしい。
のぞむところだ、と拳を握って気合いを入れるのであった。
転生令嬢編第25話を読んで頂き感謝申し上げます!
これにて転生令嬢編はラスト、次回からは2人の令嬢の婚約編、その後は学園編が始まります。
この後も楽しんで頂けたら幸いです。
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