転生令嬢 23
「洗礼の記録を作ってた時なんだがな・・・」
辺境伯は顎を撫でながら思わしげな顔をする。
「さすがに光魔法は希少過ぎる、っていう話になってな。じゃあどの属性なら良いか、ってシアが聞いてきたんだ」
「・・・それで、なんと答えられたのです」
「水属性は癒しの力に近い魔法もあるし、火属性なら俺と同じだから良いんじゃないかと言ったんだがな。・・・どうも本人が言うには、闇属性以外はイケるって言うんだ」
辺境伯は妻の目を見ながら言った。
「洗礼が終わったばかりなのに、だ」
普通は洗礼で自らの魔法の適性を知り、そこから学んでいくものだ。逆に言うなら、洗礼直後で自分がどの魔法を使えるのか知っているわけもない。
夫人は僅かに震える声で夫に尋ねた。
「それは・・・どういう事なのでしょう・・・」
辺境伯は肩をすくめて答えた。
「わからん。俺にわかるのは、シアは俺達の娘だ、って事だけだ」
洗礼後、急に大人びた目をするようになった娘。洗礼内容を聞いても全く動揺しなかった娘。
だが、間違いなく彼らの愛娘なのだ。
辺境伯には想像もつかないような何かを娘が隠し抱え込んでいるのはわかるが、無理に聞くのも違うと思う、と自身の考えを妻に告げると、夫人はため息をついた。
「シアは・・・多分怖がっているのです」
辺境伯は片眉を器用に上げて疑問の声をあげた。
「怖がる?そんな可愛らしいタマだったか?」
愛娘へのあまりな評価に夫人は半眼になった。
「あの子はまだ6歳ですよ?わたくし達の娘は確かに賢い子ですが、それでもまだ6歳なのです・・・あの子が何を隠しているかは知りませんが、多分知られたら嫌われるとでも思っているのでしょう」
その発想はなかったらしい辺境伯は目を丸くする。
「嫌われる?俺達に?」
「ええ、多分。・・・洗礼でのお話はわかりましたわ。後はわたくしが、シアに親の愛情というものを叩き込めばよろしいのですわね」
にっこり笑う妻が頼もしくも恐ろしい。
辺境伯は胸の内で呟いた。
(何を隠してるんだか知らんが、キリキリ吐いたほうが良さそうだぞ、シア・・・)
セシリアが目を覚ますと、見知らぬ部屋の天井が見えた。部屋の中は燭台の灯りが灯っているものの薄暗い。
(ここ、は・・・?)
そう思った瞬間、前世で神殿に隔離された時のことが脳裏に蘇ってセシリアは飛び起きた。
背中に冷たい汗が流れ、ドキドキと早い脈を打つ胸の辺りをギュッと抑えて何度か深呼吸する。
違う、ここは神殿じゃない。お母様と馬車に乗ってから眠ってしまったから、誰かが宿のこの部屋に運んでくれたんだろう。
ベッドサイドの棚に置いてある呼び鈴を鳴らすと、母付きの侍女がやってきた。セシリアの旅の供をしてくれた侍女だ。
「お嬢様、お目覚めですか」
「うん。寝たらスッキリしたわ」
部屋の灯りを次々に灯していく侍女に答えると、「疲れがお出になったのですね」と労られる。
「何か召し上がりますか?すぐご用意できますが」
確かにお腹は空いている。
少し考えたが、それより先に汗を流したいと告げると、侍女は頷いて浴室の準備をするために下がっていった。
(神殿を出てから3時間も経ってる。結構寝ちゃったなぁ)
時計を見て時間を確認して、セシリアはため息を漏らした。
(お父様はもう戻られたのかしら・・・戻られていたらきっと、お母様にも洗礼の話をされたわよね・・・)
母は、どう思っただろうか。
父も、まだセシリアが何かを秘密にしていると気付いているはずだ。
憂鬱な気持ちで窓の外をぼんやり眺めていると、侍女が戻ってきた。
「湯浴みの支度が整いました」
「うん、ありがとう」
汗を流すだけだから手伝いは不要だと言い置いて、セシリアは浴室へ向かう。
少し皺になってしまった洗礼の衣装を脱ぎ、髪を軽く纏め上げて手桶に汲んだ湯で身体を流し、浴槽に入った。少しぬるめの湯は心地よく、浴槽の縁に頭を乗せて手足を伸ばした。洗礼前にもお風呂には入ったが、こんな風にリラックスするのは久しぶりだ。
気鬱が少し晴れる気がして、ぷかりと浮かびながら目を瞑る。
(やっぱり、前世のことは、話せないなぁ・・・)
大聖女の生まれ変わりだなんて信じてもらえる自信もないし、セシリアはあくまでセシリアだ。光の精霊の愛し子であることを父がどう思ったかはわからないが、少なくともいつも通りの父に見えた。洗礼の内容が常軌を逸していた自覚はあるので、父が考えることを放棄した可能性はあるが、もしそうでも、洗礼内容よりも目の前にいるセシリアという個人を優先してくれたのだと思う。
母も、父から洗礼のことを聞いたとしても、多分変わらないでいてくれる。
それくらいには両親に愛されている確信が今のセシリアにはちゃんとあるのだ。
(よし。やっぱり、前世の記憶は秘密にしよう。私は私。もうルーナじゃないんだし)
こころがちくりと痛むのは無視して、セシリアは浴槽にざぶんと潜った。
セシリアが自分の心得違いを思い知るのは、もう少し後の事だった。
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