転生令嬢 22
シルヴィアは自分に凭れて眠りに落ちた娘の寝顔を見る。まだ青白い顔をしているが、呼吸は穏やかだ。
自分が待つ控え室に娘と夫が戻って来たとき、洗礼で何かあったのだということはすぐに察せられた。夫は隠し事にまるっきり向いていない性格だし、娘は・・・一瞬別人かと思うほどに何かが変わっていた。
だが、娘の瞳の奥に怯えを見てとった時、そう思った自分を恥じた。何が変わろうと、セシリアは大切な可愛い娘だ。それは何があっても変わらない。
眠る娘はどこか不安そうな顔をしている。その頬をそっと撫でて、シルヴィアは囁いた。
「シア・・・母は、貴女の母ですよ。あまりみくびらないで頂ける?」
頑固で臆病な娘の口をどうやって割らせるか。この上なく物騒で優しい表情を浮かべたシルヴィアは、とりあえず夫から攻略することにした。
宿に着いてもセシリアは眠ったままだったので、辺境伯家の使用人が起こさないようにそっと抱き上げて寝室へ運んでいった。
「どうやら今までの疲れも出たようなの。このまま眠らせておいて、目覚めたら何か食べられるように準備をしておいてもらえるかしら」
「かしこまりました」
侍女のひとりが頷いて部屋を出て行き、辺境伯夫人は少し楽なドレスに着替えた。別の侍女がお茶を用意して差し出しながら尋ねる。
「奥様のお食事はいかがなさいますか?」
「もうすぐあの人が騎士団からこちらに戻っていらっしゃるから、戻られたら一緒に頂くわ」
それと、と夫人は特に言い添える。
「食事の間、あの人と話すことがあるから給仕は不要よ。呼ぶまでわたくし達2人にしてちょうだい」
「かしこまりました」
これで人払いは済んだ。何せ夫は明日から巡礼の護衛の任にもどる。あと1ヶ月は留守にするのだ。そんなに待つつもりは夫人にはなかった。
辺境伯が宿に戻ったのは母娘が到着してから1時間ほど後の事だった。
「今戻った」
「お疲れ様でございました、あなた」
どうやら雪が降ってきたようで、辺境伯の赤い髪に白い結晶が付いている。侍女が手渡したタオルで頭を拭きながら辺境伯は妻に尋ねる。
「シアは?」
「帰りの馬車で眠ってしまったので、そのまま寝かせてありますわ」
「そうか・・・」
心配そうな顔をする夫ににこりと微笑んで、夫人は告げた。
「シアには起きたらすぐに食べられるものを準備させております。あなたはわたくしと先に食事に致しましょう?」
「そうだな。アラモンド領は何が旨いんだっけか」
「この宿の自慢は羊肉料理だそうですわ。今日はそちらをお願いしてあります」
「久々に旨いもんが食えるな!」
ウキウキとした足取りで食事が用意されている食堂に向かう辺境伯の背中を、夫人は目を細めてじっと見つめていた。
妻の自分に対して言葉遣いが騎士団モードの粗野なものになっているということは、そこを気にする余裕がないということだ。まったく分かりやすい夫である。
辺境伯夫妻が食卓につき、ワインの栓を開けた使用人は一礼して退出した。食堂から応接室に続く扉は開け放たれ、応接室の扉の向こうに使用人達の姿が消える。
人払いがされたことに気付いた辺境伯は、ひとつ諦めのため息を吐いた。
「シルヴィア・・・」
「はい」
「とりあえず、話は食べてからでいいか」
「もちろんですわ。冷めないうちに頂きましょう?」
宿自慢の料理は確かに美味かった。味がわかるということは、自分の中で覚悟が決まったのだろう。
ワインを妻のグラスに注ぎながら、辺境伯は口を開いた。
「シアの、洗礼についてだがな・・・」
「はい」
「まず、最初に光の爆発があった。神からの祝福の光だそうだ」
辺境伯は喉にワインを流し込んで、驚きに目を見開く妻を見つめる。
「シアは光の精霊の加護を得たらしい。魔石板にはその他にも、膨大な魔力量と主に光魔法への適正が記されていたそうだ」
「光の精霊の加護、ということは・・・それではシアは!」
夫人は思わずテーブルクロスを握りしめた。
「落ち着け、シルヴィア・・・大丈夫だ、シアは我が家に留まる」
「・・・え?」
加護を得たのに?無言の疑問に答えるように辺境伯は語る。
「・・・大司教様が、シアの希望を聞き入れてくださった。嘘は言えないが沈黙は選べると仰ってな。加護についてはあの場だけの秘密だ」
「そんな・・・そんなことが、できますの?」
加護を得た精霊の愛し子はすべからく国の管理下に置かれるはずだ。それはどの国でも法で定められている。
「そこは、あの方を信じるしかないな。だが俺は、信じるに足る方だと思った」
夫人は震える吐息を漏らした。
「あとはな・・・」
「まだありますの?!」
「これがあるんだな・・・聞くか?」
軽い口調で訊いているが、辺境伯の目は真剣だった。夫人はその目を真っ直ぐ見つめ返して答える。
「聞きますわ。わたくしはあの子の母親です。当然ですわ」
さすが我が最愛の妻。見かけは美しくおとなしやかに見えても、その精神はそこらの男は足元にも及ばぬ剛の者なのがシルヴィアなのだ。
辺境伯の顔に満足げな表情が浮かんだ。
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