転生令嬢 21
娘を抱き上げて回廊を歩きながら、辺境伯ーーーロベルト・ヴェルリンドはチラリと娘を見やった。
洗礼でよほど疲れたのか、顔色がやや悪い。あの光の爆発があって、水盤に寄りかかるようにして意識がない様子の娘を見た時は本当に肝が冷えた。通常ではあり得ない事象の只中にあったのだから、疲れるのも当然だろう。
本来なら控えの間まで神官が再び案内してくれるのだが、ロベルトは予めそれを断っていた。場所はわかるし、わざわざ神官に手間をかけさせるまでもないと思ってのことだったが、今となってはその判断は正解だった。
娘に聞きたいことは山ほどあるが、ロベルトはそれを無理に聞き出そうとは思わなかった。
セシリアは賢く聡い娘だ。言わないなら相応の理由があるのだろうし、必要なら言ってくるだろう。
精霊の愛し子である前に、セシリアは自分の可愛い娘なのだ。娘を信じられなくてどうする。
もう少しで妻の待つ控えの間に着こうかという時、腕の中の娘が声をかけてきた。
「お父様・・・そろそろ下ろしてください。自分で歩けます」
「大丈夫か?」
「正直今すぐ寝てしまいたいくらいですが、このまま抱かれていったらお母様が何事かとお思いになります」
それは一大事だ。
辺境伯はそっと娘を下ろす。
再びふたりで並んで歩きだすと、セシリアがぽつりと漏らした。
「お父様・・・洗礼のこと、なんですけど・・・」
「なんだ?」
詳しく話す気になったのだろうか。そう思った辺境伯だが、セシリアの気がかりは別にあった。
「お母様に、どうお話ししましょう・・・」
ビシリと辺境伯の顔が固まった。
「わたし、お母様に隠せる自信がまるでないのですが・・・」
それは自分にもない。自分の中のどこを探してもない。そんな自信を持っている者がいたら秘訣を教えて欲しいくらいだ。
辺境伯夫人シルヴィアの目を誤魔化せる者がいるのなら是非お目にかかりたい。
「・・・どうしましょう?」
困惑に揺れる瞳で見上げてくる愛娘を見ながら、辺境伯は内心で盛大に頭を抱えた。
「戻ったぞ」
夫人にどう言い訳するのか上手い方法も思いつかないまま、親子は控えの間に到着した。
「お疲れ様でした、あなた。シアも」
「うむ」
「ただいま戻りました、お母様」
内心の緊張を隠して母に笑顔を向けたが、そんなセシリアを見て夫人の顔が曇る。
「まぁ、シア・・・顔色が良くないわ」
娘に歩み寄って心配そうにその頬に手を当てる妻に、辺境伯が寄り添った。
「シアが最後の順番だったしな。待ち時間も長かったし、疲れたんだろう」
「そうね。ひとまず神殿をお暇して、宿に戻りましょう、あなた。今夜はあなたも宿に泊まられるのでしょう?」
夫を見上げて聞いてくる妻に、「洗礼の事を聞かれたくないから騎士団に戻る」とは言えない。久しぶりに取れる夫婦の時間でもあるのだ。辺境伯は頷いた。
「俺は少し騎士団の連中に指示を出してくる。シルヴィアとシアは先に馬車で戻っていてくれるか」
明日からまた巡礼の旅が始まるので、指示と確認の必要があるのは本当だ。
「わかりましたわ。ーーーシア、少し休む?それとももう宿に戻る?」
気遣わしげに聞いてくる母を安心させたくて、セシリアはにこりと笑って答えた。
「宿に戻りましょう、お母様。お腹も空きました」
「まぁ。でもそうね、もうこんな時間ですもの。では、戻りましょうか」
そうして辺境伯一家は控えの間を出て近くにいた神官に辞去する旨を伝えると、神殿前に待機していた馬車へ向かって歩き出した。
今のところ、母は洗礼のことを何も訊いてこない。その事に少し安堵したが、さすがに母に全てを秘密にすることは無理だろう。母は聡い人だし、今後の事を考えると父と同様に母にも知っておいてもらったほうがいいとは思う。
(びっくりさせちゃうだろうなぁ・・・)
無いとは思うが、母が自分を見る目に恐れが混じる可能性が怖い。父は戦う事を知っている人だが、母は怒ると怖いだけであくまで普通の女性なのだ。
前世の記憶があることは、父にも言えていない。それも、怖いからだ。
洗礼を乗り切ることばかりに意識を向けていたのは、内心の恐れから目を逸らしていたからだと気づく。
(私、こんなに怖がりだったっけなぁ・・・)
なんだか情けなくて、思わずため息が漏れた。
「シア?大丈夫?」
母が顔を覗き込んでくる。
「大丈夫です、お母様・・・ちょっと疲れちゃっただけです」
「なら良いけれど・・・宿に着いたら、一旦ベッドに横になったほうがいいわね」
「はい、そうします」
母娘が馬車に乗り込むと、辺境伯は「そんなに遅くならずに宿に行けるようにする。シアは寝てろよ」と言って扉を閉めた。
ガタガタと揺れる馬車の振動を感じながら、セシリアは目を閉じた。やっぱりちょっと身体が辛い。
隣に座る母が、そっとセシリアの身体を自分に凭れさせた。
「わたくしに寄りかかっていなさい、シア。眠かったら眠ってしまうといいわ」
「はい・・・」
母の体は温かく、セシリアの意識が遠のいていく。
(私が何でも、どうか嫌わないで・・・)
そのままセシリアは深い眠りの沼に落ちていったのだった。
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