転生令嬢 20
「さて、さて。それでは、セシリア嬢がやりたい事、またはやるべき事を見出すまでの時間を作る必要がございますな」
セシリアの意思を確認したところで、大司教がさらりと話を切り出した。
「そのような方策があるんですか?」
辺境伯の疑問に、白い髭の老人は朗らかに笑って答える。
「神殿と国への報告の内容を、洗礼の一部に限ればよろしいかと」
「一部に?・・・いや、確かにそうですが。全部を報告すればシアは王家か神殿に掻っ攫われちまうし・・・」
貴族らしからぬ言葉遣いが出てしまっている辺り、父は外面を取り繕う暇もない程真剣に考えているのだろう。
「そんな事をしては、大司教様にもご迷惑をかけるのでは」
「どうぞお気遣いなく。私は神職にあります故、嘘は申せませんが黙することは許されております」
大司教の返答には淀みがない。セシリアとの約束を守ろうとしてくれている。
「・・・かたじけない。私は、そして我がヴェルリンド家は、このご恩に必ず報います。魂にかけて誓いましょう」
辺境伯は深々と頭を下げた。
大司教は、部屋に用意されていた水晶板に手をかざす。これからセシリアの洗礼について神聖力を用いて記すのだ。
「セシリア嬢の加護については、当然ながら伏せさせて頂きましょう・・・」
「では、記す内容は」
「魔力量については隠しようもないと存じます。これはそのまま記します」
大司教の神聖力に呼応するように水晶板が仄かに光を放って文字が刻まれていく。
「魔法の適正についてはいかがしましょう」
大司教はセシリアのほうを向いて尋ねた。
光魔法への適正も出来れば隠しておきたいところだ。セシリアはうーん、と考え込んだ。
ルーナの時はとりあえず大体の魔法を使えたし、多分今生でも出来る気がするが、それも珍しい話なので出来れば隠しておきたい。
「お父様、1番実戦で役に立つのはどの適正ですか?」
「優劣はそれぞれだが、見た目が派手で攻撃力に長けてるのは火と水だな。・・・シア、お前なんでそんなこと聞くんだ」
「ぇえっと・・・」
「お前まさか全部イケるのか?」
答えにちょっと迷ったが、セシリアは正直に言うことにする。
「はい、多分・・・。ぁ、でも闇魔法は無理です」
娘の答えを聞いた辺境伯は呆れた顔をしてみせた。
「多分って、お前な・・・」
片手で額を抑えながら首を振る。
「お前みたいな危険物を野に放つわけにはいかんな、やはり」
仮にも自分の娘に対してどういう言い草だ。ムッとして頬を膨らませるセシリアに、辺境伯は助言をくれた。
「水は、治癒の力に似た魔法もある。光魔法を隠したいのなら避けたほうがいいかもな。実戦で、って想定なら、シアの場合は火の魔力適正あり、って話の方が良いように思う」
俺が得意なのも火属性魔法だしな、と言われて、セシリアは頷く。魔法属性は遺伝的要素もあると言われているし、父と同じなら違和感もないだろう。
「では、火属性に適正ありと記させて頂きますぞ」
正確には火属性に「も」適正があるという話だが、嘘ではない。全部を記さないだけなのだ。
水晶板に洗礼内容を記し終えた大司教は、セシリアの魔石板に手をかざし、その神聖力によって魔石板は丸い小さな玉となった。
「こちらがセシリア嬢の守り石です。どうぞお持ちください」
セシリアの手のひらに渡された守り石を見ながら、ルーナの時はこんなの無かったなぁ、と思う。魔石板そのものが神殿に保管されていたと思うのだが、時代の変化とはこういうことなのだろうか。
でも、そのおかげで洗礼内容を秘密に出来るのだからこういう変化なら大歓迎である。ついでに精霊の愛し子への対応も変わっていてくれたら良かったのに、と思わず考えてしまうが、精霊の力の大きさを考えるとそれは無理な話なのかもしれない。
そんな事を取り留めなく考えていたセシリアと辺境伯に、大司教が居住まいを正して声をかけた。
「これにて、洗礼の儀は滞りなく終わりました。ーーー此度の洗礼に立ち会えました事、誠に光栄でした」
辺境伯親子も深々と頭を下げた。
「こちらこそ、娘の洗礼を執り行って頂いたのが貴方で良かった。心から感謝申し上げる」
「ありがとうございました、大司教様」
大司教はにこりと笑った。
「神殿と国への報告はお任せくだされ。セシリア嬢に神の恵みのあらんことを」
洗礼の間を後にして、回廊を親子で歩き出すと、セシリアの口から深いため息が漏れた。
(とりあえずの関門は突破できたわ・・・)
一生加護や力の事を秘しておけるとは思っていないが、時間稼ぎはできた。そう思って安堵すると、洗礼の瞬間に受けたダメージによる疲労が今更ながらキツく感じられた。今すぐベッドに飛び込んで寝てしまいたいくらいだ。
すると、不意にセシリアの身体がふわりと抱き上げられた。
「お父様?」
娘を左腕だけで軽々と抱き上げた辺境伯は、前を見据えたまま口を開く。
「疲れてるんだろう?」
本当は、セシリアに聞きたいことがたくさんあるはずだ。でも、なにも聞かずにいてくれるのは父の優しさなのだと思う。
「落っことしたりしないから、このまま抱えられておけ」
こくりと頷いて、父の逞しい首に腕を回す。辺境伯はそのまま、夫人が待つ控えの間へとゆっくりと歩いていくのだった。
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