転生令嬢 17
大司教は、震える手を額に当てて目を瞑る。
「ルーナさん・・・私は、あの時、確かに貴女と目が合ったのに・・・」
苦渋の表情で大司教は言葉を紡ぐ。
「まだ神殿に入って間もない、なんの知識も力も無い見習いだった私は、貴女に何もしてあげられずに・・・」
ほんの少年だった見習い神官のトビアスは、あの時何が起こったのかわからなかったのだ。その後も、当時の神殿長があの光を唯一目撃したトビアスを放置しておくはずもなく、自分の管理下において厳しく情報を制限し行動も監視していた。少年が真実を悟ったのは、神殿長があの小神殿を離れ、トビアスもまた別の神殿に異動となり、そこで知識を得てからだった。『ルナーリア』という名の光の乙女は、間違いなくルーナだ。
それを悟っても時すでに遅く、ルナーリアはその希少な力を以て大聖女として認められており、また彼女を欲したあらゆる権力の策謀の渦中にあった。いち神官の手が届くわけもなかった。
『ルナーリア』を最後に見たのは、彼女が隣国の国王の正妃として嫁いだ結婚の式典の時だった。遠くからしか姿を見ることは叶わなかったが、婚礼衣装に身を包んだ花嫁である彼女からは覇気や生気といったものは感じられず・・・数年後、30歳に満たない歳で彼女は早逝した。
神官トビアスは、その時から・・・いや、ルーナの洗礼以降ずっと、消えない後悔を抱えてきた。
そして、もう2度と、幼い子どもが不幸にならずに済むようにと・・・今度は必ず守ってみせると誓って今の地位にまで上り詰めたのだった。
「大司教様」
セシリアは白い髭の老人に声をかける。その声に促されて大司教は後悔の涙に濡れた瞳を彼女に向けた。
「私は、死ぬ前に、『次があるなら、その時こそ自分のために生きる』と誓いました。そうして、今またこうしてセシリアとして生を受け、私の精霊は再び私に加護を授けてくれました」
紫の瞳に強い意志の力を煌めかせて、セシリアは話し続ける。
「私はもう誰にも利用されたくない。私は私の生き方を自分で選びたいのです。だから・・・」
ここまで言って、セシリアは言い淀む。セシリアの『お願い』は国の法に照らせば明らかな違法行為だ。大司教の後悔につけ込むような真似なのが今のセシリアには理解出来るが故に躊躇ったのだ。
大司教は、涙が滲む目元を指先で拭うと居住まいを正してセシリアに向き直った。
「ルーナさん・・・いえ、セシリア嬢。みなまで仰いますな」
「大司教様・・・」
「今この時、貴女の洗礼に私が携わりましたのは、まさに神のお導き。神は私に、後悔の海から立ち上がる機会を下さった・・・」
白い髭の老人はにこりと笑う。
「セシリア嬢の洗礼について、黙する事が出来る範囲で私は沈黙を守りましょう。束の間かも知れませぬが、貴女の自由を守る一助になると誓いましょう」
「よろしいのですか・・・?」
恐る恐る尋ねるセシリアに、大司教は笑って頷く。
「私ももう、あの頃のような見習い神官ではございません。貴女が大聖女ではないように」
「ありがとうございます・・・!」
喜色を満面に現すセシリアに、大司教はただ、と付け加える。
「あの場にいるのはセシリア嬢と私だけではございません。お父上もおられますが・・・」
セシリアは肩をすくめて笑ってみせた。
「お父様は、大丈夫です。何とかなります」
父は辺境伯であり騎士団長でもある。貴族であるがゆえの立場は確かにあるが、権力と家族を秤にかけた時に家族を取る人だと信じられる。
セシリアの信頼を見てとった大司教は優しく笑った。
「なるほど。良いご家族をお持ちになられておるのですな」
その時、空間を満たす光が急激に白い靄となって辺りを覆い出した。あっという間にお互いの姿が見え難くなっていく。
(ーーーーーセシリア、そろそろ限界だ)
ルミエの声が脳裏に響いた。時間切れのようだ。
突然辺りが見えにくくなって驚いた顔をしている大司教に向かって、セシリアは声をあげた。
「大司教様!間もなく繋がりが切れるみたいです!」
「洗礼の間に戻るのですな?」
セシリアは頷くと、大司教にひとつ言い忘れていたことがあることに気が付いた。今言わねば、次の機会はないかもしれない。靄の向こうに霞む大司教にむかって急いで叫んだ。
「大司教様!・・・私の精霊は、大司教様のことだけは覚えていました!私を心配してくれていたからって!ありがとうございました!」
前世の記憶は、洗礼以降は嬉しいことも何もない、ただただ苦しい記憶ばかりだが、あの時見習い神官がくれた黄金色の飴は確かに心細いルーナの心を紛らわせてくれた。その後もずっと気にかけてくれていたと知った。
前世では知らなかったからお礼もろくに言えていなかったが、時を超えて今やっと言えた。
大司教は驚いたように目を丸くした後、泣き笑いの表情でくしゃりと顔を歪めた。
「なんの、なんの・・・」
セシリアが大司教の姿を目視できたのはそこまでだった。
やがて、光の靄は辺りを完全に覆いつくし・・・セシリアの意識も飲みこまれていったのだった。
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