転生令嬢 16
窓から差す日の光が僅かに夕陽の色を帯びてきた頃、セシリアのいる待合室に神官がやってきた。
「セシリア・ヴェルリンド辺境伯令嬢様、お待たせしました。洗礼のお時間です」
もうこの部屋に残っていたのはセシリアだけだ。奇しくも洗礼の順番が前世と同じく最後のひとりらしい。
「はい」
セシリアはゆっくりとソファから立ち上がり、神官に続いて部屋を出た。礼拝堂へ続く通路を歩きながら精霊に心で話しかける。
(洗礼が始まったらよろしくね、ルミエ)
(了解だよ、セシリア。あんまり長い時間は無理だから、話は手短にお願い)
手短に、か・・・説得に掛けられる時間はそう長くないらしい。
それでも、普通ならそんな時間を取ることすら無理なのだから、ここはチャンスを活かすべく頑張らねば。
ルミエは大司教は『ルーナ』を知っていると言っていた。大聖女として認知された時には『ルーナ』は既に『ルナーリア』という貴族の名前だったから、神殿に属する大司教が大聖女ルナーリアを知っているのなら理解できるのだが・・・。
でも、精霊たるルミエは嘘は言わない。だからセシリアは自分が『ルーナ』であったことを彼に納得してもらえばいい。
あの神殿長以外で、『ルーナ』を知っている神官・・・
考え込みながら歩くうちに、前を歩く神官が立ち止った。
「こちらが洗礼の間になります。中で大司教様がお待ちです」
「あんない、ありがとうございます」
セシリアが礼を述べると、神官は頷いて洗礼の間の扉を押し開いた。
「セシリア・ヴェルリンド辺境伯令嬢をお連れ致しました」
案内してくれた神官は一礼すると退室し、洗礼の間に入ったセシリアは一礼する。
「セシリア・ヴェルリンドです。よろしくおねがいします」
「どうぞ顔を上げてください、セシリア嬢。此度の巡礼の旅にお付き合い頂いていたそうですな。大変だったのではありませんかな?」
落ち着いた穏やかな声に促されて顔を上げると、父である辺境伯の隣に、白く豊かな髭をたくわえた小柄な老人が微笑んでいるのが見えた。
年老いた皺深い顔だが、その榛色の瞳は生き生きと輝いていて、不思議な懐かしさを感じる。
「いえ、きしだんのみなさまにおきづかいいただいて、とてもたのしいたびでした」
(この方が、大司教様・・・)
「ほっほっほ、それは重畳。ーーー随分お待たせしてしまいましたが、これより洗礼の儀を執り行わせて頂きますぞ。どうぞ、こちらへ」
大司教に促され、不思議な光を放つ水盤の側へ歩み寄る。
大司教が手に持った錫杖を床に打ち付け、シャン!と涼やかな音を立てる。
セシリアは手を組んで、祈りを捧げた。
「セシリア・ヴェルリンド。聖水にて手を清め、魔石板に触れなさい」
清らかな水をたたえる水盤に、セシリアはゆっくりと手を差し入れる。
(いよいよだわ・・・頼んだわよ、ルミエ!!)
深く息を吸い、水に濡れた指を魔石板へ伸ばしーーーその指先が触れた瞬間、真っ白な光が溢れ出て洗礼の間を満たしたのであるーーー
目も眩むような神の祝福の光が迸った瞬間、大司教トビアス・ウッドフェローは驚愕していた。
何せ本日2度目の光の洪水である。驚かないほうがおかしい。
しかし、今感じたこの光は、先刻のものよりも何故だか既視感がある。これは、忘れもしない、大聖女ルナーリアの・・・いや、あの哀れなルーナの洗礼の時に洗礼の間から漏れ出た光に良く似てはいないか。
ややあって大司教が目を開けると、そこは洗礼の間ではなく、どこまでも白い空間であった。
「ここは、一体・・・」
周りを見渡しても何もない。キョロキョロと周りを見回す大司教の後ろから、軽やかな少女の声がかけられた。
「大司教様」
振り返ると、共に洗礼の間にいた少女が立っていた。
銀の髪の少女はゆっくりと大司教に歩み寄って頭を下げる。
「急にこんな所にお呼び立てして、申し訳ありません」
「ここは・・・セシリア嬢、貴女が私をここに?」
セシリアは軽く肩をすくめた。
「正直、私もここがどこか知らないんです。私の相棒は、大司教様と私の心を繋ぐから、そこで話せ、と」
「相棒、とは」
「・・・光の精霊です」
大司教は榛色の瞳を見開いた。僅かに震える声で呟く。
「光の精霊、とは・・・よもやそんな・・・」
「・・・大司教様。私は、自分の加護と力を出来るだけ秘密にしたいのです。法の定めには逆らう事だとわかっています。でも、私はもう、誰からも利用されたくはないのです」
両手を組んで懇願するセシリアに、大司教が気にかけてきた少女の姿が幻のように重なって見える。
「・・・ルーナ、さん・・・」
ため息のように微かに囁かれたその名前に、セシリアは目を細める。ルーナをさん付けで呼ぶ年老いた神官の榛色の瞳。
セシリアの脳裏にひとりの見習い神官の姿が浮かぶ。
「・・・あの時、ポケットから飴をくれたのは、貴方だったのですか・・・?」
それは、見習い神官トビアスが、洗礼前に不安そうにしていた女の子を慰めようとした時のことだ。それを知るのは、トビアス本人とーーールーナだけだ。
大司教の目から、とめどなく涙が溢れてきた。
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