逆行令嬢 4
公爵邸の小さな応接室でのリリアナのささやかなお茶会は和やかに進んでいった。
話題は主にレオンの学園生活についてだが、話題というよりは主にリリアナが兄を質問攻めにしている。
「おにいさま、がくえんではこんどはどんなおべんきょうをされたのですか?」
「そうだなぁ・・・」
クッキーを食べ、リリアナの淹れた紅茶で喉を潤して、レオンはわずかに上を見上げて思い返す。
「夏の休暇前までは、貴族としての一般教養や政治学なんかの座学ばかりだと前に話したよな?」
問われてリリアナはこくこくと頷く。
「はい、たくさんおぼえることがあってたいへんだとききました」
「うん、その通りだ。私は公爵家である程度の基礎を学んでいたけど、平民出身の学生は大変そうだったよ」
王都にあるグランディス学園は、貴族のみならず平民でも一定の入学基準を満たせば誰でも入学できる国立の学園である。学力のみならず、剣などの武術、魔力量などの基準があり、それぞれの特性に特化したクラスがあるのが最大の特徴だ。入学後は更に成績ごとに上級・中級・下級のクラスに振り分けられることになる。前期、後期に試験があり、その順位によってクラスが変動する完全実力主義の実にヘビーな学校なのである。
学園に掛かる費用はすべて国が負担するため、貧しい家の出身でも実力とやる気さえあれば通うことができる。ただし学年末の進級試験、またはその後の追試験を突破できなければ退学となってしまうが、卒業さえ出来れば平民だろうと貴族の次男、三男などの継嗣以外だろうと、さらに言うなら女性であろうと立身出世が見込めるとあって、毎年の受験の倍率は凄まじい。
そんな学園に成績上位で入学を果たしたレオンですら、気を抜くことができないのが学園生活だ。その生活を思い返せば、思わず遠い目にもなる。
「おにいさま?」
話の続きが聞きたくてうずうずしている様子のリリアナに気づいて、思わずレオンは苦笑を漏らす。
「いや、なんでもないよ。それで、夏季休暇のあと、前期試験を受けてからだな。剣や魔法や魔術、薬草学なんかの実技の授業が始まったんだ」
「まほう?じつぎ?」
「魔法については、家庭教師の授業で教わらなかったか?」
「えぇと、まじゅつとまほうのちがいとかをならいました・・・でもよくわからなくなっちゃったのです」
情けなさそうに眉を下げるリリアナの髪をそっと撫でてやり、仕方ないさ、と慰める。
「まだ私の妖精には難しかったんじゃないか?焦ることはないぞ」
「でも、わたしもおにいさまのおはなしをもっとわかりたいのです・・・」
そうしないと、ずっと一緒にいた兄にどんどん置いていかれる気がして、リリアナは怖いのだ。
膝の上に置いた小さな手をぎゅっと握りしめて俯いてしまった妹の姿を見て、レオンは声をかけた。
「リリ」
「・・・」
「私は、休暇中も毎日学園の課題をこなさねばならないんだ」
「・・・はい」
「でもな、せっかくの休暇なのだから、家族との時間も大切にしたい」
「はい」
だんだんリリアナの顔が上向いてくる。
「リリアナさえ良かったら、私の勉強の復習に付き合ってくれると助かるな」
「ふくしゅう?」
「そうだ。復習はとっても大事なんだぞ? リリとの家族の時間を持ちつつ、私は復習の時間を作るんだ。 例えば、魔法や魔術についての知識の確認とかな」
軽く片眼をつぶって提案してきた兄の言葉を聞いて、ぱぁぁぁ!とリリアナの顔が輝いた。
「おにいさま、だいすきです!!」
自分の椅子から降りて抱き着いてきたリリアナを受け止めて、レオンは笑った。
「なんだ、やっぱりリリはまだ我が家のやんちゃな妖精のままか」
「わたしはしゅくじょです!!」
顔を上げて胸を張るリリアナの様子に、レオンは今度こそ声を上げて笑ったのだった。
レオンの帰還から数日後、王宮に外務卿として伺候していた公爵が公爵邸に戻ってきた。
まもなく迎える新年を家族で祝うのだ。
公爵が乗る立派な馬車の後ろには、荷馬車が20台も続いている。荷物の中身は、新年の宴に家族や公爵邸の使用人達に贈るプレゼント、また教会に寄贈する品々だ。教会は贈られた品々を管轄の施療院、修道院や孤児院に分配し、老いも若きも皆新年の贈り物を手に出来るようにするのが公爵領の慣例となっている。
公爵帰還の先触れを受けて、リリアナは出迎えのために玄関ホールに出向いた。母も兄もすでに待機していて、遅れてしまったかと少し小走りで兄の隣に向かう。
「おくれてごめんなさい・・・」
小声で謝るリリアナに、兄は笑って首を振る。
「遅れてはいないさ。母上も私もさっき来たばかりだから」
そう言って笑う兄は、普段の楽な服装とは違い、公爵令息として相応しい濃紺の衣装を身にまとっている。凛々しい表情と気品に溢れるその姿はリリアナの想像する『おうじさま』そのものだ。
「おにいさま、とってもすてきです」
「ありがとう。リリも今日は格別に可愛いよ」
今日のリリアナはふんわりとスカートが膨らんだ薄桃色のドレスを着ている。髪はハーフアップにした後に緩くお団子に結われており、ドレスと同じ色のリボンが編み込まれていた。
兄と妹がお互いの服装の感想を小声で言い合っていると、執事長がスッと動いて玄関の扉を開けた。
「お帰りなさませ、旦那様」
『お帰りなさいませ』
使用人達の挨拶を一身に受けながら、公爵が帰還したのだった。
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