転生令嬢 14
「ルーナよ、喜ぶがいい!」
神殿長は、部屋にやって来るなり大声で言った。
そんな大きな声を出さなくても聞こえるのに、と思うが、神殿長の声も、目の前にいるはずのその姿も、ガラスの板で隔たれているかのようにどこか虚ろでぼんやりとしか感じられない。
「ルーナ、そなたは2週間後、この神殿を離れて東の侯爵家に行くことになった。ここで学んだ事を活かし、さらに精進するのだぞ」
侯爵家・・・なぜ?
疑問を感じても、すぐに諦めの気持ちがやってくる。
父さん母さんのいるあの家に帰れないのは変わらない。ならばどこでも同じだ。
「はい・・・」
だから返事はいつだって「はい」と「わかりました」でいい。
「なに、心配はいらん。ここを離れたとて、私はそなたの師であり父であるし、侯爵家の方々もそなたを大事にしてくださるだろう」
「はい」
無表情のまま機械的に頷くルーナに、神殿長は不満げな顔をする。
「ルーナよ・・・これからは、そなたは貴族の仲間入りを果たすのだ。そのような顔では要らぬ誤解を招きかねぬ」
顔?
私は自分の頬に触れてみる。
「そうだ。笑え。微笑むのだ。おとなしやかに、穏やかに見えるように」
笑う?
母さんは、『たくさん笑いなさい、ルーナ。そうしたら、悲しい事は思い出になるし、ちゃんと楽しい事と幸せな事がやってくるから』と、近所の子とケンカして泣いていた私を抱きしめて言っていたっけ。
もう笑い方なんて忘れてしまった。でも神殿長は笑えと言う。頬に手を当てたまま、ゆっくりと僅かに口角を上げてみた。
「そうだ、ルーナよ。これからは常にそのように微笑みを浮かべていることが肝要だ。忘れるな」
「はい、神殿長様」
「侯爵家は、そなたの為に新たな名を用意してくださったぞ。そなたはこれからルナーリアと名乗るのだ」
私はルーナだ。新しい名前なんて要らない。
でも、嫌だと言っても無駄なんだろう。
「わかり、ました」
神殿長はルーナの様子に満足すると、これからは簡単な行儀作法も練習するように、と言いつけて部屋から出て行った。
ルーナは、部屋でぼんやりとしたまま、心の中で呼びかけた。
(ルミエ、いる?)
(なに?ルーナ)
(私ね、名前が変わるんだって)
(ふむ?)
(ルナーリア、が新しい名前なんだって)
ルーナの精霊は不思議そうに言い返してきた。
(ルーナはルーナであろう?)
(うん、私は、ルーナだよね?)
(我のルーナだ。なにも変わらない)
ルミエがそう言ってくれて、ルーナは安堵した。ルミエだけは私の味方でいてくれる。
(ルミエ。ずっと一緒にいてね)
(もちろんだ、我のルーナ)
(これからも何かを壊したり人を傷つけちゃダメだよ?)
(ルーナが望むままに)
そうして、『ルナーリア』となったルーナはそれから2週間後、東の侯爵家が寄越した迎えの馬車に言われるままに乗り込んだ。微笑みを顔に貼り付けて。
その後、生涯に渡って、いかなる時もルーナは微笑みを絶やす事はなかったのだ。
セシリアは、過去の記憶の海から戻って目を開けた。
(昔の私って馬鹿なのかしら・・・)
あの当時は、心の中に閉じこもるしか自分を守る方法がなかったが、ルミエもいる事だし、いつかどこかのタイミングでもう少し何とかなったはずだ。
でも、それこそ全てを諦め切っていた『ルーナ』にはどうすることも出来なかったのだ。
馬鹿なのか?と思えるのは、『セシリア』だからだ。貴族として教育を受け、過去の何が間違っているかが分かる今の自分だからそう思えるのだ。
だから、セシリアはもはや『ルーナ』ではない。
セシリアは再び、相棒に心で語りかけた。
(ルミエ)
(なに?ルーナ)
(私はね、今はもうあの頃の『ルーナ』じゃないの)
(でも、君はルーナの魂を持ってる)
相変わらず頑固な相棒だ。堅苦しい言葉遣いを直すのには四半世紀かかったが、この件については可及的速やかに修正してもらわねば。
(今の私は『セシリア』よ。魂が同じでも、私はルーナとは別の人間なの)
(・・・)
(私はルーナとは違うわ。今の私は馬にも乗るし剣も使う。魔法についてはまだよくわからないけど・・・)
(ルーナは、刺繍が得意だった。蛇が苦手で、寒いのも苦手だった)
ルミエの台詞に少し笑ってしまう。
(そうね、私とは違うわ。それでもーーー)
セシリアははっきりと問いかけた。
(私でいいの?ルーナではない私に、ルミエは加護を授ける?)
対して、ルミエの答えも明快だった。
(もちろん。僕の半身たり得るのは君の魂だけだから)
ルミエの言う『半身』というのがどういう意味なのか、前世の自分にはついぞわからなかった。ルーナにとってはわからなくてもどうでも良かったからだ。もちろんセシリアにも今はまだわからないが、今生では理解したいと思う。自分のためにも、ルミエのためにも。
(わかった。ありがとう、ルミエ。これからまた、よろしくね)
(うん、こちらこそ。よろしく、セシリア)
こうしてセシリアは、今生でも再び光の精霊の愛し子となったのだった。
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