転生令嬢 12
家に帰れない・・・?
帰る場所はここだと言われても、ルーナにはとても受け入れることが出来なかった。
呆然とするルーナに、神殿長は更に言葉を重ねる。
「そなたは最早、親の元では生きていけぬのだ。精霊の愛し子の話を聞いたことはないか?」
その言葉にハッとする。
「そなたの魔石板には精霊の加護が読み取れた。だが、洗礼のあの瞬間、凄まじい光があの場を満たした。神殿長たる私ですら見たことが無い事象だ。万が一、その光が神の怒りの現れであってはならん。故にそなたをこの部屋へと運ばせた」
「・・・」
「あの光については、大神殿に報告して調べねばならんのだ。そしてそなたは、学ばねばならん」
「・・・まなぶ?」
「そうだ。その為に、これからは神殿がそなたの家となり、私がそなたの師となり親となろう」
「わたしは、いえに、かえりたいんです・・・」
父母を呼びながら、ついに涙を零すルーナを見ながら、大神官は告げた。
「自分が何者かもわかっておらんそなたが家に戻れば、いずれはそなたの家族にとってそなた自身が災厄になるであろうな」
「さいやく?わたしがわるいことをするっていうんですか?!」
「そなたの望みでなくとも、そなたの力は害悪になり得ると言うておるのだ」
「そんな・・・」
泣きながら俯いてしまったルーナだが、そうなり得る事をルーナは既に知っている。何せ先程ルミエはここを破壊するか?と当たり前のように聞いてきたのだ。ルーナが止めなかったら本当にそうしていただろう。
神殿長は俯くルーナに視線を合わせるように片膝をつくと、その両肩に手を置いた。
「案ずることはない。私が、そなたを導いてやろう。そなたは私の言葉を信じてついてくるが良い」
肩を抱くその手が気持ち悪いが、今のルーナにはその手を振り払うことが出来なかった。家に帰りたいが、そうしたら自分が家族を傷つけてしまうかもしれないのだ。大神官は学べと言った。そうしなくては自分は災厄となってしまう・・・
本来なら精霊の愛し子は国の保護を受けて然るべき教育機関で学ぶものだが、平民でまだ子どものルーナはそんなことは知らなかった。
今頼れるのは大神官だと、誤認してしまった。
帰りたい。でも帰れない。
両親が、家族が好きだ。大神官はどこか気持ち悪い気配がする。
父さん母さんに会いたい。でも迎えにも来てくれない。
でも、でも、でもーーーーー
そうして、ルーナは無意識に、心の中に閉じこもった。現実に何があったか、何を言われてるかはわかる。知っている。それらには機械的に反応を返すが、心はそこには無かった。
絶望から自分自身を守るためには、幼いルーナにはそうするしかなかったのだ。
それからのルーナは、言われるままに文字を学び、言葉を学び、与えられた書物をひたすら読んだ。大神官が手配した魔法師について魔法を教わり、治癒師に治癒の技を習った。
『保護』されてから半年後には、口答えもせず従順に言うことを聞くようになったルーナに神殿長は大いに満足し、ある程度の教養がルーナの身に付いたところで、王国東部の大貴族に宛てて密書を出した。
『貴殿を見込んで是非お願いしたい案件がある』
大いに何かを匂わせる文書を見た貴族は、視察を装って小さな神殿を訪れ、そこでルーナと引き合わされた。
「お願いとは他でもない、この娘の事でしてな」
ルーナは感情を映さないガラス玉のような瞳で静かにその場に佇んでいる。
「この娘は?」
「少し事情があり、我がもとで養育しておる娘です」
神殿長は貴族の近くに歩み寄り、小さな声で耳打ちした。
「・・・この娘、光の魔力と癒しの力を有しております」
貴族は目を見開いた。
「なにぶん、この小さな神殿ではこの娘に何もしてやれません。貴殿ならば、この娘を託せるのではと思った次第です」
厭らしい笑みを浮かべる神殿長を見て、貴族はその目的を悟る。
「・・・なるほど。流石は神殿長。この娘の将来を憂いておられるということですか」
この娘と引き換えに望むものがあるのだろう。神官とはいえ人間だ。望みは金か、それとも出世か・・・
「詳しい話は、私の部屋で致しましょう。・・・ルーナよ、そなたは下がるがいい」
「はい、神殿長様」
一礼して部屋から出て行く娘を見送り、神殿長は貴族を自分の部屋へと誘った。
神殿長の部屋は一見して神職にある者の部屋とは思えないような豪奢な調度類で溢れていた。
天鵞絨張のソファに腰を落ち着けた貴族は、それで、と目線で話の続きを促す。
神殿長は飾り棚からグラスと琥珀色の液体の入ったビンを取りだし、テーブルに置くとソファの向かいに置かれた椅子に腰かけた。
「先程の娘は、先ごろの洗礼の儀に訪れた平民の娘でしてな」
「親はどうしたのです」
「なに、多少騒いでおりましたが、神殿に保護するとなれば何もできません。神殿から去ってからは音沙汰もありませんよ」
神殿長はにんまりと笑みを浮かべた。
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